負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第01話01 プロローグ

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 彼がこの世に生を受けて18年。
 親元から離れて3年経つが、今でも時々思い出す父の言葉がある。

「人間死んだら終わりだ。やり直せなくなるからな」

「卑怯な手を使ってもいい。生き延びる事を負けだと思うな。
 なぁに、世間の噂なんてすぐ消えてなくなるさ。だからー」


 「惨めでいい、とにかく生きろ。か…」


 静かに目を開ける。
 灰がかった薄緑の瞳に暗く狭い自室の天井が映る。
 彼の耳に静かに降る雨の音が届き、一層憂鬱な気分になる…
 今日は雨か。

 だるい体に鞭をうち、身体を起こして伸びをした。
 ええと、何日飯を食ってないんだっけか。

 そろそろ仕事しなきゃな。

 全く金がないわけじゃないが、あれは虎の子だ。
 本当に本当に困った時に手を付けると決めてるんだ。


(仕事…俺に何が出来るんだろう…)


 なんとか寝床から抜け出して、比較的綺麗と呼べる服に手を伸ばす。
 白いシャツに紺の長衣。
 袖に通す腕はやせ細ってガリガリだ。
 元々肉体労働が得意なタイプじゃないが、
 彼自身酷い有様だと思った。

 ギリギリで食いつないで生きている今。
 こんな俺を両親が見たらなんて言うだろう。

 一通り服を着て鏡を覗き込む。
 痩けた頬。顔色も良くない。
 それでも伸びた髪に櫛を通して、顔を洗う。

 少しでも見栄えが良くなるように。
 ため息が出そうになるけど我慢我慢。
 仕事が入ればまたしばらく食えるようになるさ。

 トントン。

 ふいに外から戸を叩く音がした。来客だ。
 …と言っても、多分仕事の客じゃない。
 正直溜めた支払いがありすぎて、どの取り立てかわからない。
 嫌な予感がしつつ扉を開ける。

「…はい…?」

「ちょっとサイモンさん、生きてる?
 最近出入りしてる気配がないから、
 もしかして死んでるんじゃないかってみんな噂してるのよ」

「いや…生きてます…」

 扉を開けても人影がなく、視線を下に下ろす。
 そこに居たのは子供サイズの小さなヒト。
 しかし子供ではなく、完全におばさんの顔をしている。
 非人類の人類、亜人“ノーム”の大家だ。

「あらま、生きてた。良かった良かった。
 あらでも、あなた顔色が悪いわ?
 それに随分痩せてる。いつからご飯食べてないの」

「…そっスね…3日くらい…?」

「3日!3日も!!馬鹿じゃないの!!!」

 ふわふわと長く伸ばされた大家…
 確かアメーリアさん。の髪が逆立つ。目も真ん丸だ。

「だって先月の家賃も払ってないし…」

「だからって!ご飯3日も食べてないの!そんなにお金ないの!?」

「お金あったらとっくに食べてるッス…」

「そう、そうね!そうよね!!仕方ない子!
 ちょっと待ってなさい!!」

 そう言うと、短い足を必死に動かして去っていった。
 えーと、ここで待てばいいのか?
 しばし待ちぼうけを食らった後、
 アメーリアさんが必死な形相で戻ってきた。

 両手には鍋が握られている。

「はい!うちの残りで悪いけどシチュー!食べなさい!!
 人間ノーマンは身体が大きいんだから、ちゃんと食べないと!
 好き嫌いないわよね?!」

「え、はい…」

「家賃の支払いなんてお金入ったらでいいから!
 とにかくちゃんと食べて生きて寝なさい!!
 親御さん泣いちゃうわよ!!」

「はい…」

「それじゃまたね!!!」

 ガン!!!!
 大家は鍋を力一杯床に置くと、また忙しなく帰っていった。
 手ぬぐいで覆われた両手鍋からは、
 柔らかな湯気といい匂いが漂ってくる。
 …シチュー…美味そうだな…。
 ノームって確か菜食寄りの食事だっけ?
 でも肉も食べないわけじゃなかったはず…。

 恐る恐る蓋を開けると、肉だ。
 ちゃんと肉が入ってる。この匂いは鹿かな?
 あとは大根、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも…根菜中心か。
 それらが牛乳たっぷりのスープで煮込まれていて、
 弱った身体に優しそうだ。
 た、たべたい。

(よし、今日はとりあえずこれを食べて…
 それから仕事の事を考えよう。
 それからでも遅くない、そうしよう、うん)

 彼、サイモンは手ぬぐいで鍋を掴んで部屋に引っ込んだ。
 久しぶりの食事。ありがたく食べさせてもらおう。

「ゼウスの恵みと女王陛下に感謝。いただきます」

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