負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

文字の大きさ
上 下
10 / 137
第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第02話02 二人きりの食べ歩き

しおりを挟む

「ほいよ、ライ麦とハムとチーズのサンドイッチ2つ」
「あんがと」

 メインストリートの一角、出店エリア。
 人が行き交うざわめきを聞きながら、人の良さそうな犬の獣人、
 コボルトのおっちゃんから出来立てサンドイッチを受け取る。
 後ろのビッグケットに手渡すと、立ち上る微かな湯気に目を輝かせた。

『黒麦のパンだ!美味そう!』

 両手で大事そうに受け取り、かぶりつく。

『うまーい!』

 にこにこ頬張るビッグケットを見て、
 コボルトがへへ、と下卑た笑みを浮かべる。

「おっ、兄ちゃん可愛い猫連れてるね。
 “コレ”かい?」

 軽く揺らされる小指。サイモンは苦い笑いを返した。

「違う違う。こいつはさっき出会ったばかりなんだ。そんなんじゃないよ」

 慌てて手を振ると、コボルトが大げさに肩をすくめる。

「なんだ、違うのか。じゃあ上手く捕まえとけよ。
 人間ノーマンならどの種族とでも子供こさえられるだろ?
 いいなぁ、可愛いネーチャンと子作り出来て」

「ん、ああ……そうだな」

 サイモンは内心イライラしたが、顔には出さないでおいた。
 彼女とか。子供とか。うるせぇんだよ。
 ただ誰かと交流するのに、一々属性や肩書きがいるのか?
 つーか、人のプライベートに土足で踏み込んでくんな。こいつは…


 俺の一生の、仕事のパートナーなんだよ。


『はー美味かった♥ごっそさん!』

 少し会話している間に、ビッグケットがサンドイッチを食べ終わったようだ。
 だがサイモンはここで食べる気になれない。
 行こう、と促して場所を変えることにした。

『どうした?』
『イヤ。…ナントナク』

 ジルベールの語学力は意外だったが、
 ケットシー語をわかる人間などそうはいない。
 そもそも彼らは絶対数が少ない。
 亜人獣人の天国シャングリラといえど、きちんと訳せる奴などそういないだろう。

 だから目の前で悪態をついてやろうかと思ったけど、やめた。
 自分の格まで落とす必要はない。

『次ハ飲ミ物。何ガイイ?』
『この街は何が飲めるんだ?サイモンは何が好き?』

 はぐれないようたまに隣を見ながら歩く。
 長らくない感覚だ。

『ウーン、イツモ街デ飲厶物…エール?』
『何それ』
『安酒。麦、ノ?
 デモ今日ハ金アル、シードルモイイナ』
『それは?』
『リンゴ酒。コッチノガ飲ミヤスイカナ』
『美味しそう!』

 途中サンドイッチを頬張りながら、連れ立ってアルコールスタンドに向かう。
 アルコールと言えど、それを売る店はいわゆる酒場ではない。

 正確にそうというわけじゃないが、人々はジュースと同じ感覚で酒を飲む。
 上流貴族ならいざ知らず、貧民に清浄な水は与えられなかった。
 汚い水より安い酒。これが常識だ。

 いわゆるワインは金持ちの飲み物だったが、
 エールやビールやシードルは庶民の御用達アルコールだ。

「シードルミドルサイズ二杯」
「はいよぉ」

 ここの店番は小柄なハーフリングの若者だ。
 いや、見た目は人間ノーマンの子供なのだが。
 違いは大きな耳に穴を開け、リボンをつけている所。
 これは彼らの「成人している」証で、
 まだ青年であることを示す青と白のラインが引かれている。

 ハーフリングは愛想よく1つ2つカップを取り、樽の栓を開けた。
 そしてちらりとこっちを見て、ふいに背後に気づいたようだ。

「おや、可愛い猫ちゃんだね」
「どうも。前の店でも言われたよ」
「いいねぇ、人間ノーマンは背が高いからモテるだろう」
「いやぁ、そういうわけでもない。出会いがなければおんなじさ」

 似たような軽口を叩かれ、またテキトーに返答する。
 女連れはこうもからかわれるのか。面倒だな。
 ため息をつきたいのを堪えながら、革袋の中の銅貨を掴んだ。

 実はこれ、ジルベールのところで金貨一枚だけ両替してもらった。
 どこの店で出すにせよ、突然どんと金貨を出したら驚かれる。
 だから一枚分だけ、目下の生活費としてバラすことにした。

 革袋は銀貨も交えたとはいえ、かなりずっしりしている。
 あまりじゃらじゃら音を立てると、
 耳のいい獣人のスリなんかに聞かれてしまう。
 細心の注意を払う…。

 チリリ。小さな手に銅貨数枚を乗せる。

「はい、まいどあり。猫ちゃんの分はオマケして増やしておいたよ」
「ああ、ありがとな」

 カップを受け取って、近くの長椅子に二人で腰掛ける。
 少し重い方がビッグケットの分。
 やや軽いのが自分の分。手渡してぐびっと飲む。

『わぁあ!爽やかな味!これ美味いな!!』
『フフ、美味イバッカリ』

 またビッグケットが破顔した。
 長い尻尾の先が小さく揺れている。ご機嫌の仕草だ。

『いやホント美味いぞ!人の街は美味い物がいっぱいあるなぁ!』
『ソレハヨカッタ。オ前ノ金、イッパイアルゾ。タクサン美味シイ物食オウ』
『うん!』

 そしてこれから先、ある程度仕事してお金が貯まったら。
 グリルパルツァー亭に行ってお金を返そう。
 あそこで飯を食おう。
 こいつとならやれる。
 そうだ、後で少しクエストの張り紙でも見てくるか…。

 サイモンが明るい未来を夢見て瞳を閉じる。
 さっきのを見る限り、簡単なモンスター討伐系ならなんなくこなせるだろう。
 これからは力仕事の依頼だって片付けられる。
 ああ、仕事が出来る。嬉しいな…。


「オイ。」


 突然、野太い声がかけられた。
 驚いて目を開けると、目の前に大きな影が落ちている。
 ごつい体躯につるりとした長いしっぽ。
 これはトカゲ。リザードマンだ。

 視線を上げると、細い舌を出し入れする凶悪な面と目が合う。
 強靭そうな長い口、瞳孔の細いギラギラした目。そして…

「オマエ。金モッテル。面カセ」

 隣にさらにでかい奴がいる。
 大型人種にして、会話が出来る唯一のニンゲン。
 トロルだ。
 大きすぎて意味がわからない。
 サイモンよりはるかに高い身長に、圧の強い筋肉。
 そこに居るだけで伝わってくる戦闘力の高さ。…なぜだ?

(なんでこいつらにバレたんだ?)
しおりを挟む

処理中です...