負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第02話05 闇闘技場へようこそ

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 シャングリラでひそかに毎日毎夜開催している、裏闘技場、
 または闇闘技場。
 そこでは金持ちによる金持ちのための、
 金持ちと馬鹿の遊びが繰り広げられていた。


 殺しあり。一戦10人参加。
 バトル・ロワイアル形式で、生き残った一人が勝者。
 観客はその日誰が生き残るか賭ける。
 賭けに負けた人間の金は全て賭けに勝った人間の懐に入る。
 単純明快な賭博システムだ。


『デ、ソコニタマニカ弱イ女ノ子ガ放リ込マレル』
『なんで?客はバトルを見に来てるのに?』

『ソウ、デモ違ウ。弱イ女ノ子ガ無惨ニ殺サレルノヲ見タイ奴ガイル』
『はぁ、なるほど』
『泣ク、叫ブ、引キチギラレル。強姦シテカラノ時モアル』

『…………』

『ゴメン、デモ本当ノコト』

『…で?私はそういう馬鹿な野郎共をブチのめせばいいのか?』
『派手ニ殺ス。ソウ。デモ…』

 暗い地下。下に伸びる長い長い螺旋階段。
 転がり落ちないようゆっくり下りながら、
 サイモンは小声で会話を続けた。
 彼は成人済み故ここに来る権利があったが、
 これまで一度たりとて来たことがなかった。
 来ようとも思わなかった。

 人の血なんて、死ぬところなんて見たくない。
 まぁ、賭ける金もなかったけど。

『コレカラオ前ヲ出場者トシテ登録シニ行ク。
 ソノ時、サッキミタイニ布ヲ被ッテ下ヲ向イテクレ。
 イイ言ウマデ顔上ゲルナ』
『うん?』

『顔ヲ上ゲル時モ、怖カッテルミタイニソーット上ゲロ。ソレッポイナライイ』
『………うん?』

『儲カルタメノ伏線』
『はぁ』

 床が見えてきた。地底の底だ。
 この檻の向こうで何人の猛者が、
 何人の罪なき人々が死んでいったんだろう。
 まるで鎮魂と祈りの炎のように、
 壁に等間隔で蝋燭がかけられている。

 終着点であるここは、いっそう明るくおどろおどろしい。

「…いらっしゃいませ。観覧ですか?」

 洞窟のように岩肌が剥き出しの空間。
 その奥の扉の前に、仕立ての良い、
 しかし召使い然とした服を着込んだ男が立っている。

 この男、恐らくこの闘技場主催者の使用人だが、
 今のサイモンよりずっと上質な服を着ている。
 なんと呆れた悪趣味か。

「いや、観覧じゃない。出場登録だ」
「…それは、後ろの方が…ということでよろしいでしょうか?」
「そうだ」

 そこまで言って、後ろを振り返る。
 受付の男に聞こえないようひそひそ声でビッグケットに話しかける。

『今カラ俺ハ演技デオ前ヲ乱暴ニ扱ウ。ゴメン、許セ』
『承知した。大丈夫だ』

 返答を聞き次第、即ぐいっとビッグケットの腕を引っ張った。
 小さく悲鳴が聞こえる。演技なら上等だ。

「こいつは滅多にいないケットシーの混血だ。
 見ろ。顔も一級品だぞ」

 かなぐり捨てるようにストールを剥ぎ取り、
 髪を掴んで強引に前を向かせれば、
 驚いたような顔をするビッグケット。
 血にまみれた頬、見開かれた金の瞳、不安げに揺れる尻尾と猫耳。
 受付が薄く笑った気がした。

「ほう、これはこれは」
「こいつ郊外の森で一人うろうろしてたんだ。
 しかも金も持ってるときたもんだ。
 俺はピンときたね。ここに出すっきゃないって!」
「…ありがとうございます。では登録手続きを」

 サイモン渾身の「小物っぽい悪そうな演技」が刺さったのだろうか。
 受付は扉の傍らの小窓から板を出してきた。
 紙が乗っている。

「お名前、ご住所、年齢、性別、職業。連絡先。
 あれば報酬を振り込む銀行口座の情報を。
 なければこちらが手続きさせていただきます。
 勝っても負けても報酬はきちんと振り込みますので、
 ご安心ください」

「ああ、頼むぜ。出場登録料。楽しみにしてるからな!」
「はい、出場試合が終了し次第、また連絡させていただきます」
「いやっほぉーーう!!これで金が入るぜー!!!」

 サイモンは小躍りし、用意された用紙に個人情報を書きなぐった。
 一応演技だ。情報以外は。

「では、出場はいつになさいますか。
 今夜の分はもう締め切っております。
 最速は明日になりますが」
「そんなもん!明日だ明日!即出てもらう!
 そして俺は金をゲットする!!」

「かしこまりました。
 あと、一応出場ネームというのを伺っているのですが」
「え?うーーーん」

 出場ネーム。名前。
 普通は勝ち上がることを想定して、
 かっこいい名前をつけたりするのだろう。
 連勝すれば畏怖と羨望の的になるからだ。
 けれどこいつの場合は…まぁ、これでいいか。

「じゃあ、ビッグケットで」
「かしこまりました。ビッグケット…」

 書類に名前が書き込まれる。
 やがてペンが止まると、受付の男は静かに微笑んだ。

「ご登録ありがとうございます。
 では、こちらルール説明の書類となります。
 明日までに目を通し、記載の時間通りにこちらにいらしてください。
 それではまた。」

 また小窓から紙が出てくる。
 それを覗き見ると、数枚に渡ってずらずらと
 長ったらしい文章が並んでいた。
 噂によると、この闇闘技場では価値数億の金が動くらしい。

 億って金貨何枚だろう?
 ステーキ何枚食べられるんだろう??

 書類を受け取った瞬間、本気で下品な笑みが漏れた。
 …後ろのビッグケットには見えてない。許せ。

「おう!あー楽しみだな!明日が楽しみだ!!
 オラッ、歩け猫女!行くぞ!!」

 内心ごめん!!と平謝りしつつ、
 サイモンがビッグケットのふくらはぎを蹴り飛ばす。
 ビッグケットは衝撃で軽くよろめきながら、
 ふらふらとサイモンについていった。
 思ったより演技上手いじゃんこいつ。やばい。


(うおお、明日みんな度肝抜かれるぞ…!そうさ、だって…)


 こいつはこの世のどの男より強い。
 トロルが一撃で葬れるなら、どんな力自慢も戦い自慢も勝てるまい。


 無闇に他人の命を奪うのは気が引けるが…明日!絶対!




(もらうぜ億の掛け金………!!)





 世界は闇に落ちていた。
 金に光る満月が煌々と輝いている。






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