負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第03話01 二度目のグリルパルツァー亭

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 地上に戻ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
 先程ビッグケットが真っ二つにすると豪語していた
 石灯籠にも灯りが点っている。
 表通りを歩く人々の列は未だ途切れず、
 むしろ夜の商売はこれからが書き入れ時といったところか。

『ハー、晩飯ドウシヨ。
 デモ買ッテ帰ルシカナイカ…』

 闘技場に行く前のようにビッグケットの手を引いて歩きながら、
 サイモンが独りごちる。
 連れの外見が酷い有様なので、どこかの店に入れるとは思えない。
 早く血汚れを落としてやりたいし…出店で買うかな。
 そんな事を考えていたら、ビッグケットが小さな声で尋ねてきた。

『なぁ、晩飯食べたらお前の家で寝るんだよな?』
『アア、ソノ予定ダヨ。ドウシタ?』

『私…思い出した。
 この街に来る時持ってきた荷物、昼間の店に置いてきた』

「えっ…」

 昼間の店。グリルパルツァー亭か。

『私、あの時知らない言葉で怒鳴られて慌てて飛び出したから、
 手荷物なんて持つ余裕なかったんだよな。
 取りに行っていいか』

「えーーーーー…
  えぇーーーーーー……?」

『なんだよ』
『ホントニィ?アノ店ェ??』
『ホントも何も、お前と会ったあの店だよ』
『オ前ノ荷物、マダアルカナ~?』
『それを見に行くんだろ』
「くっ…」

 メチャクチャ正論を言われて口ごもる。
 いやしかし…昼あれで夜また行くのも、
 しかもビッグケットがこんな外見なのも気が引ける。
 …が、どう考えてもそれしかない。

 ていうか、それが事実なら
 そんな状況でもなんとかケットシーのお金をひっ掴んで飛び出してくれて
 良かったと言うべきか。

『行クノカ…オ前血マミレナノニ…』
『頼んだらお湯もらえないかな?』
『オ前ドコマデ恥知ラズナノ???』
『いや、血まみれで入るなって言うならアリかなって…』
『ナシダヨ、ナシナシ』

 ビッグケットがあまりにも平然と失礼なことを言い出すので、
 サイモンは真顔で手を振る。
 だからって行かないという選択肢もない。
 仕方ない、とりあえず一人で入って荷物の件だけ聞いてくるか。

『行クシカナイカ…』
『行くんだな、悪い』
『モウイイヨ』
「グリルパルツァー亭…は」

 昼間の記憶を頼りに進み、脇道に入る。
 暗い路地に二人分の足音が響く。
 …あ、そうか、このままだと裏に出るのか。
 昼間の出来事を思い出して適当に一本ずらす。
 ここからなら表に出るのかな?

 そんなことを考えていると、やがて温かな灯りが見えてきた。

『ココカ…』「グリルパルツァー亭」
『あ~~~いい匂い!!!』
『コラ、荷物取リニ来タダケダゾ』

 辿り着いた店は、大振りな木の看板が打ち付けられた、
 どこか豪快な印象を受ける店構えだった。
 まぁオークが店主だしな…こんなもんか。
 見上げた頭上の扉、その両端に松明が掲げられている。
 どうやら一階が店主の家、二階が店舗のようだ。

『ジャアオ前ココデ待ッテロ。
 今ナラ暗イカラ誰ニモ気ヅカレナイダロ』
『わかった』

 ビッグケットに言いおき、階段の手すりに手をかけると。

「ありがとうございました~!!また来てね!!」

 ガチャ!と店舗の扉が開き、元気いっぱいの若い女の声が降ってきた。
 やばい、他の客が帰るんだ。
 咄嗟に身を捻ったサイモンだったが、女店員が二人を見つける方が一歩早かった。

「あら、お客さんかな?どうぞ入って入って!」
「あっいや、俺たちは…そのっ」
「あら!?どうしたのあなた!その顔!!」

 ヤバイ、気づかれた。
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