負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第03話02 お節介な獣人たち

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 訝しげに降りてくる客を追いかけるように、その店員が急いで階段を駆け下りる。

 客が降り、こちらを一瞥した後ぎょっとした顔で離れていくのと入れ違いに、
 女店員がこちらにすがりつく。

 黒いストールをすっぽり被って、
 しかし迂闊にも顔を上げてしまったビッグケットに。

「わぁっ、どうしたのこの血…ッ怪我!?
 大丈夫!?」
「ごめん、これ返り血なんだ…本人は無事…」
「え、返り血!?どういうこと!!??」

 慌ててビッグケットの両肩を掴んだその女は、
 長く尖った耳に角のある頭。
 獣人だ。
 ただ上半身はほぼ人間。
 そして下半身は太ももが露わになるほど
 短いスカートを履いた、多分ヤギの脚。

 こいつはサテュロスか。
 剥き出しの蹄が地面をかく。

「返り血!?え、こんな量、が!?」
「ごめん、余計混乱するよな。
 いやでも色々あって…色々…説明しにくい…」

「と、とりあえず店に入って!おかみさんに何か拭く物ないか聞いてみる!」

「あっいや、俺たちは忘れ物を取りに…」

 途中まで説明したが、相手はこちらの言うことを聞いてない。
 サテュロスの女店員はまたダッシュで階段を駆け上ってしまった。

『アア…行ッチャッタ…』
『あの女、なんだって?』

 呆然とその姿を見送ると、ビッグケットが話しかけてくる。

『オ前ノ顔ヲ拭ク物モラッテクルッテ』
『お、やったじゃん』
『喜ブナ』

 仕方ない、腹をくくるか。
 明日にはまとまった額の金が入る。
 血さえ綺麗にしてもらえるなら、
 ここで一旦食事を取るのもやぶさかではない。
 昼あれで夜また来るの、めちゃくちゃ恥ずかしいけど…。

 そうこうしてると、

「おかみさん、こっち~!」
「ハイハイ、チョット待ッテ」

 さっきの女店員と、低い女の声が聞こえてきた。
 おかみさん…?
 ここの店主、オークの男だった気がするんだけど…
 共通語の発音が濁ってるし、奥さんかな?

「マァ、スゴイ!」
「これどこまで汚れてるの?ちょっとストール脱いで」

 予想通り、低い女の声はオークの女性(多分)の物だった。
 裾の長いワンピースを着ている。
 豚というか猪というかがちゃんと服着てるの、
 笑っちゃいけないけど面白いな…。

 そしてその横にサテュロスの女。
 青い髪が珍しい。
 二人は慌てた顔でビッグケットの前に仁王立ちする。
 ストールに手をかけようとしたので、慌てて制した。

『ビッグケット、コノ人タチ血ガドコマデツイテルカ見セテ欲シイッテ』
『もう脱いでいいのか?…はい』

 サイモンの通訳を聞いて
 ビッグケットがはらりとストールを脱ぎ捨てると、
 二人がヒュッと息を飲む。

 あまりにも、全身ずぶ濡れだ。

 正確には上半身全体が全滅で、下半身にも垂れていってる感じ。
 サテュロスが唇を震わせているのがわかる。
 うん、怖いよな、こんなに全身真っ赤だったら。

「こ、これ本当に大丈夫…?
 えと、本人は無事なんだっけ?着替え…は…?」
「そう、それ。
 今日の昼間ここに忘れたんじゃないかってこいつが言い出して」

「ェ、昼間?忘レ物?
 モシカシテ、昼間騒動ヲ起コシタ猫チャンカシラ?」
「その節は大変申し訳ありません」

 オークのおかみがア、と声を上げるので、
 サイモンは反射的に深く頭を下げた。
 うわ、店主の奥さんにまで話がいっている。ヤバイ。

「アラアノ猫チャン!
 ソウソウ、荷物置イテッチャッタノヨネ。
 ドウシヨウカト思ッテタ。
 取リニ来テクレタノネ」

「あの、まだありますか?」
「アルワヨ!チャントシマッテアル!」
「ありがとうございます!!」

 オークのおかみがにこりと笑い(多分)、サイモンはまた頭を下げた。
 なんと懐が広いのか。
 食い逃げした女の荷物を、
 もしかしたらまた来るかもとちゃんと取っておいてくれた。
 いい人たちだ。

「ジャア、セッカクダカラ店ノ中デオ湯使ウ?
 コレ水ジャ取レナイデショ。
 着替エガ荷物ノ中ニアルナラ着替エチャイナサイ」
「わ、ありがとうございます…!」

 てか、メチャクチャいい人だ。
 こっちは何も言ってないのに、
 ビッグケットのド失礼な願望通りになってしまった。
 仕方ない、今夜はここで飯食うか…。

『ビッグケット、店主ノ奥サンガ中ニ入レ、オ湯使エッテ。
 荷物ニ着替エアルナラ着替エロッテ』
『やったー!!』

 通訳をして、ビッグケットにも頭を下げるよう後頭部を押す。
 ビッグケットは嬉しそうに何度も頭を下げ、またストールを羽織った。
 それを見たサイモンは、ため息をつきながら口を開く。

『俺決メタヨ、モウココデ飯食オウ。
 今ハソレシカ恩返シ出来ナイ』
『マジ?!肉だいぇーーーい!』

 肉の気配を察した
 ビッグケットの両耳がぴんと立つ。
 長い尻尾が痺れるように震えた。
 はぁ…なんでこんなことに。

 ひそかに頭を抱えつつ、オークのおかみ、
 サテュロスの女店員の後を追って階段を登る。
 手すりを掴んで、二人に聞こえるように声を張った。

「あの、何から何まですみません。
 実はあの後、ある程度お金を手に入れる事が出来まして。
 昼間の支払いは後日の予定なんですが…
 もし良ければ、ここでご飯をいただけますか」
「アラ!食ベテクレルノ?アリガトウ!」

 おかみが笑う。サイモンはその純粋な反応に苦笑を浮かべた。

「はい、今度は食い逃げしません。ちゃんと払いますから」
「ソウ、フフ!ジャアマズハ猫チャンヲ綺麗ニシナクチャネ」
「お世話になります」

 振り返ると、ストールを掴んだビッグケットがきちんと後を着いてきていた。
 目線を上げれば大きな木の扉。
 ここがグリルパルツァー亭。
 ずっと食べてみたかったステーキの店。

「いらっしゃい、ようこそグリルパルツァー亭へ!」

 サテュロスの声が晴れやかに響く。

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