負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第03話05 一夜を共に

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 ベッドに倒れ込むビッグケットを見て、
 サイモンは唖然とするが。

 そうか、疲れていたのか。
 色々察するに、今日は彼女にとって
 シャングリラ滞在一日目なんだろう。
 最愛のばあちゃんが死んで、ここまで辿り着いて、
 よくわからないまま飲食店で怒鳴られて、俺に出会って…。
 思わず小さな笑みが溢れる。

 お疲れ様、大丈夫。これからは俺がそばにいるから。

「じゃあ俺も寝ます。
 本当に何から何までありがとうございました。
 今度また必ず来ます」
「イイエ、大丈夫ヨ。オヤスミナサイ」
「おやすみなさい」

 オークのおかみが手を振り、扉を閉める。
 閉まったのを確認して内側から錠をかける。
 サイモンとて、充分すぎるほど疲れていた。
 さぁ、とっとと寝よう。

 ふとビッグケットを見ると、布団が身体の下だ。
 起こさないようそーっと引っ張る…
 うん?こいつ重いぞ?全然動かない。

「んーーっ、んんんんんん!!!」

 仕方なく全力で引っ張ってやっと引っ張り出せた。
 こいつどんだけ重いんだよ。
 身長だけで言うならサイモンより普通に低いし、
 やたらに太ってるようにも見えないのに。

「熱い…」

 何気なく触れた腕がとても熱い。
 熱があるわけではない、昔からだって言ってたっけ。
 こいつが馬鹿みたいに怪力なのと何か関係があるのか?
 筋肉が違うとか?

(とりあえず、軽く上にかけといてやろう…)

 暑がってもいけないし、腹から先にだけ布団をかける。
 ビッグケットは起きない。

 強い意志を宿した瞳が閉じられて、
 薄く開いた唇から寝息が聞こえる。
 肩までだっただろうか、
 真っ黒な髪が枕に無造作に散らばる。

 それはまるで幼い子供のような幸せな寝顔だ。
 ふっと静かに息を吐いて安堵する。
 さて、黒猫の布団も無事かけられたし改めて。
 俺も寝よう。


(……寝れるかな………)


 親元を離れて3年。
 「ちゃんと」誰かと空間を共有して寝るのは多分初めてだ。

 しかも女。

(ダメ。考えたらドツボにはまる。
 寝る。寝る寝る寝るぞ俺!)

 余計な事を考えないよう、ベッドに飛び込んで布団をひっかぶる。
 寝る。寝る。
 明日はビッグケットの闇闘技場デビューなんだから。


 ………


(勝てるよな、こいつ?)

 負ければ相棒を失い、また無一文になる。
 いや、そんな未来あり得ない。信じろ。
 トロルもあっさり殺す女だ。

 はぁ…

 どうなってくんだ、俺の未来。

 ワクワクするような不安なような、
 そんな高揚が脳をかすめては消えて、落ち着かなくて。
 しかし気がつけばサイモンも眠りに落ちていた。

 広くない部屋に二人分の寝息が響く。










「…………ッ」

 ぱちりと目を開ける。

 朝、朝だ。朝なのか?
 今どれくらいだ?えっ…

「今何時っ…!?」

 慌ててサイモンが身体を起こすと、視界の端にもぞりと動く影があった。
 向かい、つまり隣のベッドにビッグケットが寝ている。

『ふぁ…おはよう…』
『オハヨウ!今何時ダ!?』
『なんだよ~、まだこんなに陽が高いじゃないか…
 焦るなよ…』
『イヤ、全然朝ジャナイゾ?!
 少ナクトモ昼過ギテル!!』

 ベッド横の窓、そしてカーテン越しに光が差し込んでいるが、
 これはどうも橙がかっている。
 やばい、午後だ!

『ええ…うーん…うーんと…』
『寝ボケテル場合ジャナイ!俺マダ紙読ンデナイ!
 ナンカヤバカッタラドウスンダヨ?!』
『大丈夫…』
『大丈夫ジャナイ!!!!』

 不毛なやりとりが続く。
 あーもーどうすんだよ!?
 サイモンが焦っていると、扉がトントンとノックされた。
 誰だ?!

「オ二人共~、起キタカシラー?」

 オークのおかみだ。
 たまたま通りがかって声に気づいたんだろうか?
 まさか待っていた?だとしたら申し訳ない。

「あっ、すみません起きました!今何時ですか?!」
「今…今ネ、昼過ギテ3時」
「寝すぎだろ~~~~~!!!!」

 まさかの時間。ほとんど夕方だ。
 確かにビッグケットは気疲れもあって疲れてただろうし、
 俺も体力落ちて弱ってるところに一日中何かしら動き回ってたけど!
 寝すぎ!!

 緩みきった己の酷さに呆れつつ、サイモンがベッドを降りる。
 スリッパに足を通し、扉を開ける。
 そこには予想通りオークのおかみがにこにこしていた。

「イヤァ、別ニイイト思ウワヨ?若イオ二人ダシ…」
「は?」
「イエアノネ、一晩散々オ楽シミダッタノカシラッテ…」
「違う!そっちじゃない!!!!
 普通にメチャクチャ寝てただけッス!!!!」

 あらあらうふふ、と意味深に肩を叩いてくるのを力一杯跳ね除ける。
 もうヤダみんなして下ネタばっかり!!!
 若い男女だからって全部そっちに持ってくのやめて!!!

「エ?アナタ若イト思ッテタケド違ウノカシラ?
 ソレトモ…若イノニ不能ナンテ可哀想トカ…ソウイウ…」
「違います!そっちじゃないし、
 ついでに男色ホモとかそういうんでもないですから!!」

「アラァ~」
「俺たちは!そういう!関係じゃないんです!!!」
「マァ~」

 うるせぇわ!!!!

「あの、それよりご飯とかっ、どうなってるんですか?
 これから食べられますか?」

 ぐいぐい食い下がってくるので強引に話を変える。
 そもそも大食いっぽいビッグケットが、
 空腹のまま闇闘技場に出るなんてことになったら目も当てられないぞ。

「ア、ゴ飯?食ベタイナラ今カラ作ルワヨ。
 残リ物トカト合ワセレバソコソコ早ク出来ルト思ウ」
「じゃあすみません、今からお願いします。
 俺たちは支度出来次第行きますから。上ですよね?」
「ソウヨォ。ジャ、待ッテルワネ」
「はい」

 意外と下世話だったおかみはやっと立ち去ってくれた。
 はーーーーーっ。深いため息をつく。

『…どうしたサイモン、おかみに何言われた?』

 疲れ切った様子のサイモンを心配してくれたのか、
 ビッグケットが神妙な様子で話しかけてくる。優しい奴だ。

『イヤ…大丈夫…。
 モウ少シシタラ飯出来ルッテ…食ベニ行コウ』
『うん!』

 その言葉を最後に、各々身支度を整える。
 そういや昨日の朝着たまんまの服で一日過ごして寝てたんだな。
 あーあー、上着がシワになってる。
 まぁしゃあないか…。そこでふと目線を上げると、

「もーーーーっ!!!!!」

 思わず振り返り、手元にあった枕を投げつけてしまった。
 元々ベッドの横にあるドレッサーに腰かけていたのはサイモンだ。
 その鏡越し、
 男の隣で平然とパンツ一枚以外すっぽんぽんになる女がいるなんて!!!

『なんだよ、着替えてるんだけど?』
『黙レ、マジデフザケンナ!!!!!』
『何怒ってるんだよ~』
『俺ガオカシイッテ言ウナ!オ前!ガ!オカシイ!!!』
『もーーーー』

 結局サイモンはいいと言われるまで目を閉じていた。
 なんだこいつら。俺がおかしいのか。なんなんだよもう。

 その後「いいぞ」と言われて目を開けた先に居たのは、
 昨日とほとんど同じ。
 ぴたりと身体のラインが露わな軽装だった。
 脚も腕も丸出し。
 なのに、妙にほっとしたのはここだけの話だ。
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