負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第05話07 これからの未来

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「…こんくらいでいいか……?」

「そッスね…。ありがとうございました、
 おかげで一人より早く終わりました…」

 しばし後。
 狭い部屋とはいえ、少しの荷物を残して空っぽにしたあげく、
 綺麗に掃除まで終えた二人。
 すっかりくたくたになって座り込んでしまった。

 大した物はなかった。
 しかし寝台テーブルタンスと全部外の敷地へ運び出すと、
 それなりの疲労がたまる。
 今までほとんど出来ていなかった完璧な掃除までこなせばなおさらだ。

 …ふと時間が気になる。
 やらなければならないことはまだまだあるからだ。
 そこでなんとなしに疑問を口にする。

「今何時だろ…」
「さぁ、昼くらい?昼前か?」 

 二人で空を見上げると、太陽が大分高くなっていた。
 もうすぐ昼ってとこか。
 まだもう少しかかるか?こうしちゃいられない。

「あんがとございます。
 じゃあ、俺もう出ます。飯も食いたいし」
「そうか。じゃあな。今までそれなりに楽しかったぜ」

 恐らくこれが最後の挨拶。
 サイモンが頭を下げると、ハゲ面のオッサンもにかりと笑う。
 サイモンはそれに小さく笑い返し、
 残した荷物の中から金貨を一枚出した。

「はい、どうぞ」
「ああ。この程度で金貨一枚とはありがたいね」

 それを受け取り、満足気に握りしめるボブ。
 そんな彼を見たサイモンはあ、と声を上げた。

「もし興味あったら、今夜の闇闘技場来てください。
 俺の相棒に賭けてくれたら絶対損させませんよ」
「おっ、いいねぇ。名前はなんてェんだ?」

「ビッグケット。ケットシーの混血です」
「ケットシーの混血ぅ…?なんだか弱そうだけどな…」
「それが嘘みたいに強いんですって。だから昨日勝てたんです」
「まぁ、勝てたんだからそうなんだろうな…」 

 ケットシーといえば、100センチにも満たない
 二足歩行の温厚な猫たちだ。
 それを知っているのだろう、訝しげに首を捻るボブ。
 しかもビッグケットは女だ。

 でも強い。べらぼうに強い。
 その戦いぶりをサイモンは比較的間近で見た。

 昨晩案内されたオーナー席。
 出場選手の戦う舞台と地続きの一階、かぶり付きの特等席。
 そこである程度離れているが確かに、
 あらゆる選手の首や身体がぽんぽん飛ぶのを見たのだ。
 あの光景はきっと一生忘れられない。

「ま、気が向いたらでいいんで」 
「いや。そこまで言われたら行くぜ。
 お前の相棒とやらを拝んでやる」
「じゃ、また夕方に会うかもですね」

 そこまで話して、サイモンは改めて頭を下げた。
 もう行こう…次は挨拶回りだ。
 一時間もあれば終わるはず。気合い入れろ!












「えっ、このお金どうしたんだい!?」


 またドラゴンライダーを雇い、借金返済行脚をしていると。
 大概上記の言葉が返ってきた。
 それもそのはず、これまであちこちに頭を下げまくり、
 借りまくってなんとか暮らしてきたサイモンだ。
 突然全額返しますとやって来ても戸惑う人間の方が多かった。

「いやぁ…闇闘技場で馬鹿勝ちしたので…」

 嘘をつくのも気が引けて、
 へらへらしながらどストレートな真実を告げる。
 ある者はドン引きの表情を浮かべ、
 またある者は「ああ~」と同意の声を上げた。

 なるほど、あっという間に財産を作るならそれくらいしか方法がない。
 しかし、人が派手に死にまくるのをわざわざ見に行ったのか…。
 一般人の感覚はどちらかというとこちらだった。
 サイモンの少ない人徳が減る音が聞こえる気がした。

(くっ…そうだよな…
 俺だって、人死になんて見たくないから
 一度も闘技場行ったことなかったんだ。
 あんな下品な娯楽、見るもんじゃないよな…)

 とはいえ、娯楽の少ない時代に生きる彼らである。
 品性下劣、最低!と罵る人間は一人として居なかった。
 それはいいのだが。

「そうなの、じゃあこれからはある程度安定した
 穏やかな暮らしが出来るのかしら?」

 一昨日サイモンに本の整頓を申し付けてくれたショージョーの老婆。
 彼女には何度か借金返済の
 肩代わりをしてもらっていた経緯があるのだが…
 静かに、しかし暗に
 「もう荒事には首を突っ込まないのか?」
 と聞かれてサイモンの胸が痛む。

「…どうでしょう。俺もまだ若いので、
 手に入ったお金でただ安穏と暮らすことはないと思います」
「そう……」

 きっと老い先短いその身でサイモンの未来を案じてくれていたのだろう。
 老婆は少し寂しそうに笑った。

「若い若い人間ノーマンの坊や。
 楽しく生きるのはけっこうです。
 けど、たまには立ち止まることを覚えてね。
 後先考えず走っていくと、いつか大きく転んでしまうわよ」

「…ありがとうございます。肝に銘じます」

 借金返済回りはこれで最後だ。
 その最後の最後に、なんだか考えさせられる言葉をもらった。
 後先考えず走り続けるな、か。

(でも、立ち止まれるかよ)

 俺とビッグケットの未来はこれからだ。











 さて、昼にしよう。
 ドラゴンライダーには一旦帰ってもらった。
 空を見ればいい時間だ。
 だがまだ物件漁りと買い物関連がある。

 買い物は身支度を整える程度というか、
 目下こだわって買うつもりはないが。
 それでも早いに越したことはない。
 今日の昼は出店でガレット(そば粉のクレープ)を買うか。

「まいど!」

 人間ノーマンが住む西部ノーマンエリア、
 そして亜人獣人エリアの東部が交わる場所…
 中央セントラルの北エリア。
 ここは活気溢れる東部のメインストリートとは打って変わって、
 「閑静な」とか「穏やかな」といった言葉がふさわしい場所だった。

 大まかに分類するなら、
 中央北部が亜人獣人たちの中でも比較的富裕層の住宅街。
 中央南部が人間ノーマンの商店街。
 そして東部のメインストリートを挟んだ向こう、
 最東部が亜人獣人の貧民街。

 この街の構造はおおよそこんな形になっている。

 中央セントラル北部。
 正直サイモンはほとんどここに来たことがなかったが、
 この中にも中央通りと呼べる道があるようだ。

 比較的幅がある均された道の両端に、軽食の出店が並んでいる。
 覗き込んでみると、紅茶やガレット、
 見たこともない丸く色鮮やかな菓子が売られている
 (看板には“マカロン”と書かれていた)。
 さすが中央セントラル北部。
 売られている物もなんだかお洒落だ。

 サイモンは売られているそれらの中から、
 比較的腹の膨れそうなガレットを選んだ。
 野菜と魚が巻かれ、ビネガーのドレッシングがふられたそば粉の薄焼き。
 それを手渡してくれる、愛想良く笑う店員は…

 驚いた。なんの変哲もない人間ノーマンの男だ。
 ノーマンエリア以外の屋外で、散々様々な人種を見てから
 突然人間ノーマンを見るとちょっと心臓に悪い。

「あんた人間ノーマンだな。こんなとこで何やってんだ」

 思わず店員に話しかけると、男は瞳を細めてからから笑った。

「え?嫌ですね~、商売ですよ商売!
 ここならまだ治安もいいですからね。
 自分みたいな弱い人種でも安心して仕事が出来るってもんです」

「あーなるほど、ここなら安心安全に金稼ぎが出来ると」
「はい!自分も昔は王都で料理してたりしてたんですけどね。
 料理長と喧嘩したらあっという間に干されて、
 気づいたらこんなとこに流れ着きました」
「はぁーー、あんたも大変だな」

 やっぱりワケアリ。
 この街にいる軍人以外の人間ノーマンはこんなんばっかりだ。

「お兄さんは普段何してるんです?」

 サイモンがガレットを食べていると、逆に話題を振られた。
 何を?これまで大したことはしてきてないんだよな。
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