負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第05話08 金持ち

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 ガレット屋の何気ない質問に、サイモンが肩をすくめる。

「今まで何を?
 万屋よろずやのつもりだったけど、大して稼げてなかったよ。
 最近心強い相棒が出来て稼げるようになったけど」
「へぇ……」

 せっかく答えたのに、男の返答はそっけない。
 その代わり、
 そういやこんな話知ってます?
 と小声で囁いてきた。

「お兄さん、闇闘技場ってご存知です?」

 …知ってるも何も、昨日行ったけど。

「ああ、噂くらいは…。それがどうした?」
 
「これも噂なんですけど、昨日の試合。
 超絶大番狂わせがあって、超高額配当金が飛び出したらしいんですよ。
 なんと、6億」

「…6億!!」

 それ俺!俺がゲットした奴だよ!!!
 だがそうは言えない。
 向かい合う男の目が怪しく揺らいでいる。
 あくまでそれは噂。噂ということにしておかないと、
 こいつに何かされそうだ。
 そんな異様な雰囲気。

「いいな…一晩で6億…。
 さぞや人生変わるんだろうなぁ。
 そんなお金あったら自分、ガレット屋なんて辞めますわ」

 そうだろうな!普通の人間ならそうだろうな…!
 サイモンは内心滝のような汗をかく。
 いやもう行こう。
 こいつの話に付き合ってたら寿命がいくらあっても足りない。
 この男はきっと現状がメチャクチャ不満なんだ。

「…ああ、そうだな、いいなぁ。
 俺も6億欲しい。俺も闘技場行ってみようかなぁ」
「あ、それいいな。自分もちょっと行ってみたいです。
 ミラクル…ミラクルがあればこんなとこ…」

 それ以降、男は何か不明瞭な言葉を呟いている。
 行くなら今だ。一応一言告げてから立ち去る。

「じゃ、俺行くから。お互いいい事あるといいな」
「そうですね…目指せ6億…」

 ガレットをひっくり返すヘラを両手に持ち、
 ぼんやりと虚空を見つめるガレット屋。
 サイモンは慌てて彼から離れ、次の目的地を目指した。
 あー怖かった。しっかし…

(闇闘技場で6億勝った話、もう外に出回ってるのか)

 …それもそうか。
 あんなミラクル、あの場に居合わせていたら絶対他人に言いたくて仕方ない。

 「この街の誰かが一晩で6億手にした」。

 これほど面白くて盛り上がる話題もあるまい。

(…下手に金遣い荒いと目をつけられるかな…?)

 だがもう何人にも金を配ったし、引っ越しの手筈も整えてしまった。
 いつか、誰かが。
 サイモンとビッグケットの二人に金をくれと襲いかかってくるだろうか。
 あるいはどうにか分けてくれと縋ってくるだろうか。

(…前者ならまだ扱いも楽なんだけど)

 もし、巧妙に取り繕う後者が現れたら?
 …俺たちは、上手くかわせるだろうか。
 …ちょっと心配だ。

 とりあえずガレット美味かったな。
 あのガレット屋、もっと自信持てばいいのに。











「いらっしゃいませ、どのような物件をお探しですか?」

「えーと、値段は問いません。
 とにかく中央セントラル北部、極力新築、
 寝室2つともう一つ部屋、
 そしてリビングが別にあって
 広い場所を探してます」

「はい、中央セントラル北部の物件ですね」 

 東部の上流エリア。
 もっと言うと東部内の北部は、比較的綺麗な店が並んでいる区画だ。
 朝行ったドラゴン屋もこのエリア。
 そして今サイモンが足を運んでいるこの不動産屋も、
 ここ東部の北側にある。

 店内では穏やかな人魚が、
 脚とヒトの身体を得た女性の人魚が微笑んでいる。
 なんでこんなとこに人魚がいるんだ。
 突っ込みたい気持ちを抱えつつ、
 しかし絶対込み入った事情があるから聞けない。
 そんなムズムズを抱えつつ話を聞き続けた。

「うーん、値段を問わないのでしたらいくつかあるのですが…
 オススメはここですね。
 先月出来たばかりの高層高級マンション、
 5階建ての最上階。
 鍵もマジックロックで本人認証なので、
 泥棒よけ他とても安心できますよ」

 マジックロック。
 初めて聞いたが、魔法による最新の治安対策なんだろう。
 店員が出してきた書類には、
 緻密な風景画と室内のイメージが描かれている。

 …うん?これ、家具が描かれてるけど…

「あの、そういえば。
 家具が全部備え付けで置かれてると助かるんですけど」
「ああ、この絵ですか?ここは家具も既に置いてありますよ。
 王都の有名なデザイナーさんに作ってもらいました」

 決定。
 いや、それだけで決定にしたい。
 それくらい魅力的だ。

 えーと間取りは…左右に大きな寝室。
 南向きに大きな窓とベランダ。
 北側に玄関、小さな部屋。水回りもこっちだ。
 ビッグケットと二人で暮らすなら、最低限寝室を分けたい。

 そんでキッチン。
 おお、ここキッチンがあるぞ。
 最近の金持ちの家にはカマドがリビングの暖房と別にあるらしい。

 そして風呂。
 うわっ風呂だって…。
 昨日湯浴みして感動したばっかなのに…湯浴み専用の場所。
 風呂がある。金持ちだ。
 この物件、とても金持ち専用だ。

 あっ冷蔵スペースがある。
 食品が魔法で保存出来るんだって、すげーっ。
 え、洗濯は共用スペースで、風と水の魔法使って自動で終了?
 嘘だろ、そんなんあんのかよ。
 てか各階までの移動は魔法陣で一瞬です!って…すごすぎだろ。

 便利で綺麗で贅沢で。
 今体験できる最高級の居住空間がここにある。
 なんてすごいんだろう、夢のようだ。
 書類を見てるだけでテンション上がる。
 サイモンが力一杯紙を握りしめていると、
 店員が申し訳無さそうに声をかけてくる。

「あの、お客様。
 他にもオススメはありますが、ご覧になりますか」
「見る!!見ます!
 とにかくお金はいくらかかってもいいので!出来れば家具つきで!」

「かしこまりました、即入居をご希望なのですね。
 では、こちらはいかがですか。
 ロイヤル路線のお屋敷になります。召使いもつきますよ」
「いや、そんなに広いのも召使いも要らないです。
 あと家具がド派手すぎて無理です」 

「ではこちらはいかがですか。
 ワーウルフの衛兵が守る堅牢な城塞が」
「いや、うち侵入者対策には困ってないんで…」

 あれやこれや。
 店員が次々出してくる書類に目を通し、候補を絞っていく。
 色々協議した結果、最終的に候補は2つになった。

 一つ目は最初に見せられた所。
 先月出来た新築で、設備も最新式。
 カマド(キッチン)、風呂、冷蔵スペース、自動洗濯システムがあり、
 設えられた家具は清楚上品路線。
 男のサイモンにも、女のビッグケットにも、
 比較的気持ちよく暮らせそうな見た目。
 天国のような物件だ。

 ただ、質の良い静かな暮らしを追求するあまり、
 立地は北部の中でもかなり北寄りだ。
 他とのアクセスが多少悪いかもしれない。

 対抗馬のもう一つは、北部の中では南部の
 人間用商店街ノーマンマーケットにほど近い場所。
 この立地だと東部の亜人獣人エリアにも行きやすい。
 その上で、家具付き寝室二部屋+
 一部屋+リビングの条件を満たし、
 なおかつ開放的で明るい内装。

 正直、これまで貧しい生活をしていたので、
 風呂やキッチン、冷蔵スペースなんかなくても普通に広ければ…。
 というのがこちらの物件だ。

 便利VSアクセス。
 これはあとでビッグケットに聞いてみよう。

「ありがとうございました。
 あとは同居人に選んでもらいます。
 で、決まったら契約させて下さい。
 今日から入居したいので」

「かしこまりました。
 営業時間内ならいつでもかまいません。お待ちしております」

 人魚の女性は美しい微笑みでサイモンを見送ってくれた。
 よーし物件探し終了!
 なんならあとで実物見に行ってもいいし。あとは…

「服と、髪!なんとかするぞ!」

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