負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第07話04 大食いチャレンジ

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 振り返ると、オーダー表を抱えた若い店員が立っている。
 ああ、こいつ。
 赤毛にソバカスのこの男は、名前をニコラスという。
 過去何度も話したことのある顔馴染みの店員だ。

「よう、久しぶり。また食いに来たぞ」

「おっ、やっぱりサイモンだったか!
 えーーー、なんでしばらく来なかったんだよ~?
 心配してたんだぞ~」

「いやー、ちょっと前までめちゃくちゃ金欠でさー。
 でももうこの通り、
 髪切って服新調するくらい金持ちになったから。
 今日はガッツリ食べさせてもらうぜ」

「おーおー、食ってけ食ってけ!
 …で、このネコチャンは誰?」

 そこで視線がビッグケットに向かう。
 この男はさすが飲食店の従業員、肝が座ってるというか。
 普段仕入れなどで身近に接するのだろう、
 獣人に抵抗がないらしい。

「えーと…仕事のパートナー、かな…」
「仕事?今調子いいの?
 …あ、とりあえず座って。何食べる?
 いつものにする?」

「今日はグレードアップしま~す」

 つらつら会話しながらニコラスが空いてる席を示すので、
 ビッグケットの肩を叩いてそちらに向かわせる。
 席について、机に置かれたメニュー表を手に取る。
 今日はずっと金があったら食べたいと思っていたメニューを頼もう。

「じゃ、今日はトマトと鳥のリゾット。
 コートレット(牛肉の薄切りカツ。ソースで煮込むのが定番)をつけて。
 こいつにはピラフとコートレットのチャレンジメニュー出して」

「え、このネコチャン女のコじゃないの?!
 あれを食べるの!?」

「大丈夫、こいつグリルパルツァー亭で
 金貨10枚分ステーキ食べた女だから」

「ひええ~~~っ!!!」

 そこで一旦会話が途切れ、
 戦々恐々といった面持ちのニコラスがビッグケットを見つめる。
 澄まして黙っている分には、ビッグケットは
 クールビューティーと呼ばれる部類の顔をしている。
 目元と唇を赤く強調した今は尚更だ。

 日が傾くのに合わせて少し膨らんだとはいえ、
 縦長の虹彩をした猫の瞳が見知らぬ人間の姿を捉え、
 離さない。
 その美しい顔面の圧に耐えられず、
 ニコラスはサッと目を逸らした。

「…ホントに?ホントにこんなに綺麗なネコチャンが
 あれを食べるの?冷やかしじゃなく??」

「いや、むしろガチで完食目指すから。
 いいから注文厨房に伝えてくれよ」

「はい…」

 ニコラスがそこで奥に引っ込む。
 ビッグケットはそれを見送り、ようやく口を開いた。

『あれは馴染みの店員か?随分楽しそうに話してたな』
『ソウダヨ、金ガ多少アッタ時ハ大体ココデ飯食ッテタンダ』
『へぇ~』

 そこでふと舞い降りた間。
 あんまりキョロキョロされると
 周りが嫌そうな視線を向けているのが見えるんじゃないかと
 肝を冷やしていたが、
 ビッグケットは特にそうすることもなく、
 サービスで出されたエールをちびちび飲んでいた。
 …口に合わないのかな?

『麦ノエールハ不味イカ?』
『うーん、不味くはないけど……
 やっぱりりんごのシードルの方が美味しかったかな。
 もったりして甘すぎる』
『アア、コレハ慣レダカラナ。仕方ナイ』

 そんなことを話していると、もう早料理がやってきた。
 大衆食堂は料理が出るのが早いのも魅力だよな。
 まずはニコラスがビッグケットの前にドデカイ皿を置く。

「…チャレンジメニュー、
 ピラフとコートレットと芋のサラダの特盛です。
 完食したら無料、残したら銅貨6枚。
 ルール厳守でお願いします。
 あとトマトリゾットとコートレットね」

 次いでサイモンの前にも皿が置かれる。
 こちらは通常メニュー、通常サイズ。
 しかしビッグケットの前に置かれたのは、
 明らかに尋常じゃない量の山盛りピラフとその他メニューだった。

『わぁ~、美味そう!すごい量!!』

 ビッグケットは嬉しそうに目をキラキラさせてるけど…
 これ、大丈夫か?

『…頼ンダオレガ言ウノモ悪イケド、
 闘技場前ニコレ食ベテ大丈夫?
 ソノドレスハチ切レタリシナイ?』

『全然大丈夫!むしろこれだけ食べたら絶好調で動けそう!』

『エッ…本当…??』

 とんでもない奴だ。
 普通の人なら“チャレンジ”して腹をパンパンにする量なのに、
 こいつはこれをウエスト絞ったドレスを着ながら
 平然と食べるという。
 ば…化け物だ…。

『そんなことより、せっかく引いてもらった紅を
 落とさないように食べることの方が大変だよ…
 頑張るぞー。いただきます!』

 そして、ビッグケットは。
 紅を落とさないというミッションがありながら、
 呆気にとられるサイモンの前で本当にもりもり食べ進め、
 普通の人間が普通に食べるような時間で
 なんなく皿を空にした。
 むしろ、呆然とそれを見ていたサイモンの方が遅いくらいだ。 

 恐ろしい食欲、恐ろしい胃袋。
 ビッグケットが笑顔でエールを飲むのを見ながら、
 サイモンは背筋が凍るような気持ちで自分の料理を食べた。

「…えっ、まさか。ネコチャンこれ、完食したの…?」
「ああ、したよ。めっちゃ豪快にもりもり食べてたよ」

 しばし後、サイモンが自分の皿を空にしたくらいのタイミングで。
 先程のニコラスがこちらの様子を見に来た。
 ビッグケットの皿は見事に空っぽだ。
 あれだけ山と料理が積まれていたのに。

「…嘘でしょ?完食だけでもヤバいのに、早くない?
 どっか捨ててない??」

「気になるなら窓の外でもゴミ箱でも探してみろよ」

「…いや、チャレンジメニューは不正のないよう
 必ず誰かが見てることになってるから…
 多分、食べたんだよな…すごいな…」

「うん、こいつヤバいよ。色々ヤバい」
「怖…」
「ごめん…」
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