負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第07話05 変身後の再会

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 押し黙るサイモンとニコラスをよそに、
 ビッグケットは暗くなり始めた窓の外を見ている。
 …いや、顔の角度を何度も変えている。
 窓に映っている自分の顔を見ているようだ。

『なーサイモン、口紅取れてないか?』

 いー。と歯を剥き、唇を引っ張り、左右から紅の色を確かめる。
 その仕草は色気の欠片もなかったが…

『…大丈夫…少シ取レタケド、
 アンナニ食ベテソンナニ残ッテルナラ上出来』
『よーし、じゃあ闘技場に行くぞ!』
『マジカ…本当ニピンピンシテル…スゴイナ…』

 よっこらせ、と立ち上がったビッグケットを見ても、
 特にどこかの幅が増えた様子はない。
 グラマラスとは程遠いが、
 すらりとした美しいウエストラインを保ったままだ。

 仕方ない、これは考えても時間の無駄だろう。
 今後はこれくらい食べられると考えて食料を用意してやらねば。
 サイモンも続いて立ち上がる。

「あんがと、ごっそさん。会計頼む」
「えっ、あ、うん…ありがとうございます………」

 傍らのニコラスに伝票を渡すと、
 彼はぎこちない仕草で伝票に何か書き込んだ。
 それは恐らく完食の文字。
 いやまぁこんなん、誰にも信じられないよ。
 相棒のサイモンにですら無理だったのだから。

『…ヤッタ、本当ニ会計俺ノ分ダケダ!』
『良かったな。あれすごく美味かったぞ、また食べたいな』
『アア、マタ来ヨウナ』

 会計後。連れ立つ二人の足取りは軽い。

 そして…ついに決戦の時がやってくる。

 闇闘技場2回戦。その開始時刻が迫っている。












 午後5時、開門の時間。


『少シ早イケド、モウ行ク?』
『まー、もうやることないしな。
 何かするには時間が足りない。もう行くか』

 ビッグケットが後生大事に持ってきた黒いストール。
 彼女はそれを肩から羽織り、堂々とした足取りで闘技場に向かう。
 夕日に染まる街角、橙色の空の下。
 並んで歩く二人の影が伸びる。

『今日は最初から堂々としてていいんだよな?』
『アア。今日ノオ前ハ勝チ抜キチャンピオンダカラナ。
 好キニシテロ。周リノ話ガ聞キタイナラ通訳スルゾ』
『…いや、それは要らない』

 昨日の喧騒を思い出したらしいビッグケットが顔を歪めるが、
 まぁ…
 昨日の勝者と知ってビビリ散らかす他の出場者は
 ちょっと見たいんだよなぁ、などと思いつつ。
 本人が嫌がるならやめておくか。

 もう少しで大階段に続く隠し扉に辿り着く。
 一応関係ない通行人に見られないように…
 なんとなく周りに人がいないか見回すと。

「おい兄ちゃん、女連れで闇闘技場とは随分イイ趣味してんなァ」

 聞き馴染みのある下卑た男の声が聞こえた。これはもしかして…

「ボブさん。本当に来てくれたンスね」

「げっ、お前もしかしてサイモン!?嘘だろ!!?」

 それは昼間別れた元隣人のボブだった。
 こんなところで会うとは奇遇も奇遇だ。

「うわっ、めちゃくちゃ小綺麗だから気づかなかった。
 随分様変わりしたな!」
「へへ、どうも。金の力で変身しました」

「うええ、羨ましい!…で、そこのお嬢チャンは?」
「ああ、こいつが例のビッグケットです。可愛いでしょ」
「…はぁ!!??」

 例のごとく、とりあえず背中を押してビッグケットの顔を見せる。
 例によってわけがわからないビッグケットは、
 眉間にシワを寄せつつサイモンを見た。

『誰だ?この汚いオッサンは』
『ボロアパート住ンデタ時ノ隣人。
 今日引ッ越シノタメノ掃除ヲ手伝ッテモラッタンダ』
『ふぅーん…じゃあ私からも礼を伝えてくれ』
『わかった。』

 「ボブさん、
 こいつが引っ越し手伝ってくれてありがとうございましたって」
「いや、全然そんな顔にゃあ見えないけどな…」
「すいません、こいつ人見知りなんスよ」

 真っ赤な嘘だけど。
 懐疑的な視線を寄越すボブに、適当な嘘をついて笑うサイモン。
 何せビッグケットは気に食わない相手をすぐ殺す癖があるから…
 あまり険悪な雰囲気になられても困る。
 内心緊張しつつ、相手の言動を見守る。

「しっかし、随分とでかい嘘をついてくれたな。
 勝ち抜き戦に出るのが女の獣人だと?
 勝て、るのか?
 でもお前が金持ってるのは事実だよな。うーん…」

 そこで上から下まで、
 ジロジロと無遠慮にビッグケットを見つめるボブ。
 開いた胸元に、露わな太ももに、
 時折熱い視線を向けているのをビッグケットは確かに感じ取って、
 澄まして黙っているが尻尾を左右に大きく振っている。

 …あ、イライラしてるな。

「…すいません、そろそろ時間なんで。もう行きますね。
 とにかく、こいつに賭けてくれたら絶対勝たせますから。
 昨日の結果を知らない奴や、
 まだ信じきれない奴がいる今夜が勝負です。
 つぎ込んで下さい」

「…まぁ、お前がくれた金貨、せっかくだから使うけどよ。
 がっかりさせんなよ」

 それまでのイメージと比べて、
 あまりに細く荒事と無縁に見えるビッグケットを見て、
 不満げな様子のボブだが。

 まぁ見てろ。今夜も観衆全員あっと言わせてやるぜ。

『ビッグケット、行コウ』
『もういいのか。じゃあ行くぞ』

 何の変哲もない住宅街の、奥まった一角。
 その影に知る人ぞ知る隠された扉がある。
 苔むした小さなツマミをくるくる捻ると、
 鈍い石がぶつかる音がする。

 がこん。

 さらに少し凹んだ隙間を押せば、
 砂と石が擦れるような重い音を立てて少しずつ、
 塀が左右に分かれていく。

「何度見てもすごい仕掛けだよな、これ…」

 やがてぽっかりと闇が、人一人入れる程度の空間が現れる。
 下を見れば、地下へ降りる階段が口を開けている。
 ある人にとっては名誉と栄光の、
 またある人にとっては避けられぬ死に向かう
 長い螺旋階段。

 今日は1ミリの恐怖もない。
 梳かされた金髪を靡かせて、サイモンは強気の笑みを浮かべた。

『ヨシ、行コウ!』
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