負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第07話06 貴族の男

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「いらっしゃいませ。勝ち抜き戦への出場ですね」

 意気揚々と辿り着いた地の底。
 受付の男は今日も澄ました静かな笑みを浮かべていた。
 後ろから着いてきたボブが未だに
 信じられない、と言いたげな顔で
 サイモン達と受付を交互に見ている。

 …そうか、受付が今あっさり勝ち抜き戦って言ったんだもんな。
 うわぁ~、こいつが本当に勝ったんだーーって思ってるんだ。
 全く愉快なことこの上ない。

「ああ、よろしく頼む。
 じゃあボブさん、またどこかで。
 うちのビッグケットをよろしくです」

 受付に参加の意思を示し、サイモンが奥の扉へ向かう。
 取り残されたボブは少し不安そうだったが…

「おう、勝てよ!ホントにこれ全部つぎ込むからな!!」
「楽しみにしてて下さ~い」

 サイモンは去りながら軽く片手を上げるに留める。
 そんなに心配なら今夜の試合、じっくり見ててくれよな。
 早すぎてあっという間に終わるだろうから。
 瞬き厳禁!て奴だな。

 そのまま小ぶりな扉に手をかけ、それを潜ると
 ビッグケットもついてくる。
 今日は恐れるものなど何もない。
 他の参加者のクソみたいな喧嘩も全力で買ってやる。

 ちらりと後ろを見る。
 暗い蝋燭の灯りの下、引き結ばれる真っ赤な唇。
 そしてビッグケットの大きな金の瞳が煌めいている。
 …今日は、昨日叶わなかった分まで。
 出来るだけ周りの悪意からこいつを守ってやりたい。
 衛兵の介入上等だ。

『…モウスグ着クナ。準備ハイイカ』
『ああ、万全だ』

 それはあらゆる覚悟も?
 そう聞きたかったが、その前に選手たちの控室に辿り着く。
 昨日も来たここ。そして…

「げぇーーーっ、小僧!今日も来たのか!
 来なくてよかったのに!!」

(ん?)

 どこかで聞いたことがあっただろうか。
 知らないおっさんの声が洞窟状の控室に響く。

 …いや。

「ああ、昨日の…バルバトスかムーンチャイルドのオーナーさん」

 サイモンとビッグケットが入った先、
 真正面に仁王立ちしていたのは、
 貴族然とした出で立ちの髭を蓄えたオッサンだった。

 昨日の試合終了後、真っ先にサイモンにケチをつけてきた男。
 今日も来たのか…ってそれはこっちの台詞だ。
 ビッグケットに負けるとわかってまた生贄を連れてきたのか。

「いやいや、また来たのかーって言いたいのはこっちですよ。
 趣味悪いですね~、うちの猫に負けるとわかって連続出場なんて」
「はぁ?!今日は負けないね!
 バルバトスの仇、絶対討たせてもらう!!」

 鼻息も荒く、豊かな腹を揺らして貴族男がこちらを指さしてくる。
 なるほど、バルバトスのオーナーか。
 そりゃ本命の本命だ、悔しかったかもしれないが…

 そこまでやりとりすると、
 貴族男は突然ハッと何かに気づいたように周りを見回し、
 ごほんごほんと咳払いをした。
 …何かを誤魔化している?

「さっほら、出場者の皆さん?
 可愛い猫の獣人女が来てくれたぞ!
 みんな頑張ってこいつをメタメタにするんだ、
 期待してるからな!!」

 すすすと下がり、
 他の出場者にビッグケットが見えるよう移動する貴族男。
 そこでようやく今日の他の出場者と登録者たちが見えた。
 今日の面子も昨日とあまり変わらない。
 いや、正確には全員違う奴らなのだが…

「おっ、可愛い子じゃん。
 ドレス着てくるなんて、随分気合い入ってんな」

「脚丸見え!これで俺達に勝とうっての?
 随分ナメられたもんだなぁ」

 ひひひ、と笑う出場者たちの人種はおおよそ昨日と似たようなものだ。
 筋骨隆々、2メートル近くの体躯と力が自慢の人間ノーマン
 荒事ならお任せあれなこれまたでかい蜥蜴男リザードマン
 背は低いが腕力だけなら人間ノーマン以上かもしれないドワーフ、
 牙を剥き出しにした犬人コボルト
 ボロボロで汚いちびのゴブリン。そして…

「ふふふ、今日は勝つぞ!
 少々シャクだが小僧のやり方を真似させてもらった。
 今日はお前もこいつに賭けてくれていいぞ!」

 貴族男がふんぞり返る隣にうずくまる、でかい影。
 これは昨日見た奴以上に獰猛な顔をしたトロルだ。

「は…?俺のやり方って何?」

 このトロルとビッグケットに何かの繋がりがある、だと?
 全然わからないんだけど。
 サイモンが眉をしかめると、
 貴族男はにやにやしながら小突いてくる。

「またまたぁ。とぼけるんじゃない。お前もやってきたんだろう?

(…魔術加護エンチャント)」

「何それ?」

「そうだよな、混血と言ってしまえば詳しい経歴は問われない、
 明らかに元の種族から逸脱した能力を持ってても
 反則扱いにならない。
 マジックアイテムもアクセサリーの加護もルール違反、
 ならば!強くするためにはこれしかないだろう!!」

「…いや、だから何それ?」

 自信たっぷりにぺらぺらまくし立てる貴族男を前に、
 サイモンが手を振ると。

「…ご存知ない!!!??
 いや、知らないフリか、そうかそうか。
 それが賢明だよな、
 バレたら即刻反則ギロチン処分だもんな!!ははは!!!」

「………」

 話が通じていない。
 …いや、正確にはなんとなくならわかる。
 アクセサリー類で強化出来ない代わりに、
 魔法で能力を底上げしてきたんだろうという話だ。

 しかしエンチャントとは?
 いわゆる“バフ”とは違うんだろうか?別物か?
 名前が違うのはどういうことだ?

 …うーん、魔法素人の俺にはわからない。
 黙り込んだサイモンと入れ違いに、

「新しい出場者が来たか。身体検査するぞ…って、
 ウワッッ」

 扉を開けて話しかけてきたのは、
 昨日も会ったごつい髭面の検査官だ。
 こちらの顔を見るなり、一気に顔を青くする。
 ははぁ、昨日のビッグケットの“活躍”をバッチリ見たんだな。
 ビビってやんの、ザマァ見ろ。

「アッ、昨日の…。
 どうもいらっしゃい、あの、検査しますのでこちらへどうぞ」

 昨日の横柄さはどこへやら、今日はさすがにへこへこと腰が低い。
他の出場者たちが訝しげに検査官を見ている。

「おい、こんな細い女相手になんだその情けねー態度は」

「昨日の?
 昨日出た奴が今日も来てるって…女だぞ?
 まさかだろ」
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