負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第08話03 獲物

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 それは観客が見る限り、
 「二人の額をぶつける」という動作だった。
 しかし一方で、
 彼女が自分の両手を合わせようとしたようにも見えた。

 男二人分の頭蓋骨が激しく圧縮され、砕け散る。
 真正面から成人二人の大動脈破裂出血を浴びたビッグケットは、
 全身ずぶぬれの真っ赤に染まった。

〈ディアマンテ選手、バウワウ選手これにて退場!!
 ビッグケット選手は早くも鮮血でずぶ濡れ!
 ドレスもビチャビチャでビジュアルが台無しだ!!!〉

『まだ!!』

 油断は出来ない。
 多対一に手こずるビッグケットの隙をついて、
 クリストファー、ホワイトブレス、ハングリー、
 そして新たに到着したオークのブラッディムーン、
 殴打から復活したイフリートがカーネを取り囲んでいる。

〈目の前の敵を排除したビッグケット選手、
 残りの選手を片付けに向かう!一方他の選手は…ッ〉

『!!』

 多分その気になれば、
 ビッグケットが他の相手をしている間に
 誰か1人がカーネを殴る時間くらい、
 いくらでもあっただろう。

 しかしそれぞれの心のどこかに、
 「自分だけはオイシイ思いをしたい」
 という気持ちがあったのかもしれない。
 幸いなことにカーネは無傷のまま、
 男同士で小競り合いをしていた。

〈おーっとこれは!共闘解消かぁ~!?
 せっかくチャンスだったのに!
 カーネ選手を殺すのは、あるいはお触りするのは自分だと
 醜い争いを繰り広げている~~!!!〉

 ハーピー男ハングリーの脚を掴み、
 床を転げ回る人間ノーマンのクリストファー。
 そして強化トロルであるイフリートが
 ホワイトブレス(リザードマン)とブラッディムーン(オーク)相手に
 大立ち回りしている。

(た、助かった…) 

 思わずサイモンが安堵の息をつく。
 もしも全員が同じ目的に沿って動いていたら…
 協力しあってビッグケットを妨害し、
 まずはカーネを殺す。という方針で戦っていたら、
 サイモンとビッグケット二人の願いは叶わなかった。

 だがそうならなかったのは、
 これがバトル・ロワイアル形式だから。
 10人全員が敵であり、
 些細なきっかけの共闘などすぐ終了してしまう。
 それは彼らにとって非常に好都合だった。

『よし、ありがとな!』

〈あっ来た!
 その隙にビッグケット選手が態勢を整えてしまった!
 情けないぞ今日の男性陣!
 ちゃんとストールを剥ぎ取らんかー!!!〉

 無責任に煽る実況の意味は全くわかっていないだろう。
 意気揚々とそこに乗り込む、
 濡れそぼったドレスから真っ赤な血を垂らしたビッグケット。
 白い腕から脚から他人の血を滴らせる姿に、
 カーネは真っ青な顔をしていたが、
 必死に縋るようにビッグケットを見上げる。

『次に死にたい奴はどいつだ!!』

 高らかに叫んでも誰も答えない。
 ケットシー語がわからないから当然だが…
 その目がしっかとハーピー男、ハングリーを捉える。

(そうだ、この中で明確にカーネを狙ってるのはそいつだけだ)

 まずはそいつを殺せ。
 サイモンが胸の中で指示を出すと、
 まるでそれが聞こえているかのように
 ビッグケットがハングリーの脚を掴んだ。

 両手でしっかりと。
 虚をつかれる反対の脚を掴んだクリストファー。
 その目の前で、

『グルルルルゥウウウ!!!!!』

〈ビッグケット選手!?何をするの!?
 脚を、掴んだハングリー選手の脚をっ、〉

 なんということだろう。
 あまりの「あり得なさ」に、
 その場のほとんどの出場者が、
 ふと目に入った「それ」を唖然としたまま凝視した。
 ビッグケットは


 ハングリーの膝関節を握り潰し左右に引きちぎった。


 ブチン!!!!


〈引きちぎったーー!!!
 なんて怪力!なんて腕力!!!凄まじいです!!!!〉


 そのまま膝から下を放り投げる。


「ギャアアアアアアア!!!??」

 
 当然片脚を失ったハングリーが大絶叫を上げる。
 目の前が赤い噴水と化したクリストファーは、
 その光景がさぞや恐ろしかったのだろう。
 咄嗟に飛び退き、
 それまで大事そうに掴んでいた片脚をあっさり離した。
 その「間」をビッグケットは見逃さない。

「シネ!!!」

〈ああっ、次の獲物はクリストファー選手!
 まるで本物の猫のように全身で相手を捕えます!!〉

 眼前の、宙に持ち上がったクリストファーの上半身。
 それに組み付き、押し倒すように両肩を床に叩きつける。
 馬乗りの体勢で大きく振りかぶられる右腕。

(あっ、こりゃ「入った」な)

 思わずサイモンにもわかるほどの「完璧な間合い」。


 ゴシャン!!!


〈華麗な正拳突き!!
 ビッグケット選手の一撃が綺麗に決まるぅ!!!
 クリストファー選手退場!!〉

 ビッグケットの拳がクリストファーの顔面をぶち抜いた。
 吹き上がる鮮血。こいつはこれでおしまい。
 すぐさま態勢を立て直し、三つ巴の戦いに乱入する。

〈続いては三つ巴、
 イフリート、ホワイトブレス、ブラッディムーン
 各選手の元に向かいます!
 逃げて皆さん、鬼が!鬼がそっちに近づいてますよ!!!〉

「ウ、ウワッナンダコノ女…!」

 切迫した実況の声に、バッとそちらを見る3人。
 それまで各々戦いに集中してたから気づかなかったのだろうか。
 その中でもリザードマンのホワイトブレスが
 一瞬もたついたその隙を、ビッグケットが見事に急襲する。


 ドスンッ!!


〈あーーーーッ間に合わなかった!
 ほぼ飛び膝蹴り!そして美麗なハイキック!!〉

 またもや両肩に飛びつき、
 勢いもそのまま重い膝蹴りを鳩尾に入れる。
 残りの二人が目を丸くしている間に連撃。
 ふわりと両手を離し、華麗なハイキックを横からお見舞いした。


 ガスッ!!!!!


 昨夜の魚人アプカルルほどは綺麗に首が飛ばない。
 しかし見る間にめりめりと筋繊維が引きちぎれ、
 結局こいつも大木に斧を突き立てたみたいに
 首が真っ二つに裂けた。

 片足上げた状態で立て続けに蹴りを放ったので、
 多少威力が落ちたのだろうか。
 逆に言うと、空中から繰り出した蹴り一発でも
 太い首を捩じ切る威力があるのだ。恐ろしい。

〈飛ばない!首が飛ばない!
 しかしやっぱり捩じ切れた!
 恐ろしい蹴りのパワー!
 ホワイトブレス選手退場!!〉

 頭部との接続を絶たれたホワイトブレスの肉体が
 ぐらりと傾ぎ、ゆっくり倒れる。
 ぐちゃん。
 汚い音を立てて赤い海にダイブする。
 もう彼は動かない。

『これであとはお前たちだけか』

 エンチャントトロルのイフリート。オークのブラッディムーン。
 泡を吹いて失神しそうなカーネを背に、
 面食らう二人の目の前に立つビッグケットが口元をぐいと拭う。

〈ついに残り4人!早くも残り4人です!…いやっ、〉

 と、右上部からかかる影。

『!?』
「「!!」」

〈本当に残り4人か!?こ、これは…!!〉

(生きてたのか!!)

 いや、正確には生物というのは案外しぶとく生き続けるものだ。
 片脚を千切られたハーピー男ハングリーが、
 血を止めどなく垂らしながら宙を飛んでいる。

〈ハングリー選手!戦意喪失しつつ息絶えるかと思ったが!
 生きてるし戦う気満々だ!!
 なんという根性でしょう、すごい!!痛そう!!〉

 そうか、普通の人間なら痛みもあって立てないが、
 こいつは空を飛べる!移動出来るんだ!

「糞がッ、死ね!!!!」

 残った片足、光る鉤爪がビッグケットに迫る。
 ビッグケットはそれをつまらなさそうに見つめ…

『片足じゃ寂しいなら両方千切ってやる』



 ブチン!!!!!



 恐れ一つなく眼前に迫るその脚を掴み、
 グイッと引き寄せると、
 またもや膝から下を捩じ切った。
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