負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第08話02 守護神

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 情報を聞くに、参加人数は昨日より多く、
 しかし総額は昨日より少ない。
 昨日圧倒的な強さを見せたビッグケットだが、
 まだ今日2戦目だ。
 噂を聞いてやって来た初見組含め、
 まだドカンと賭ける対象ではないということか。

〈さて、気になるベット先情報ですが!
 昨夜のチャンピオン、ビッグケット選手に賭けた方は
 この中の3割に留まりました!
 昨夜から続いて見ている方が少ないのでしょうか?
 それとも…

 対抗馬のイフリート選手に賭けた方が4割!
 数字上はこちらの方が期待値が高いようですね!
 結果は一体どうなるのでしょう!!〉

 高らかに響き渡る実況のアナウンス。
 サイモンは思わず両目をひん剥く。
 おっ、おいおい3割だって?!
 思った以上に低い!

 隣の貴族男は嬉しそうにガッツポーズを取り、
 おい今の聞いたか小僧!!
 などと吠えているが、むしろこれは好都合だ。
 あんなんを見てなお3割しか賭けないのは
 悔しいっちゃ悔しいが、
 しかしその分取り分がゲロゲロに美味しい。

 えーと、今日の観客の数が4万2千?731人だったかな。
 その3割がビッグケットに賭けた…てことは
 1万2千819人。
 それで12億を割ると…………。

 手近な手すりに指で脳内の計算式を書き、答えを弾き出す。

 よし、9万3千611エルス!

 思っていたより低い?
 いや、実はこうなる気がしていた。

 今日の観客数と総返還額は事前にわからないが、
 ある程度の割合がビッグケットに賭けることと
 最後頭数で割ることを考えると、
 やたら高額賭けるとあんまり戻ってこない。

 サイモンの金貨袋にはまだ数十枚残っている。
 全額賭けたら逆に減るところだった。
 危ない危ない。

 ま、金貨1枚が金貨9枚以上に化けるなら大勝ちだろう。
 ボブさんも喜んでくれるはずだ。
 黙ってにやにやするサイモンを見て貴族男が
 おい、聞いているのか!?
 なんて言ってるが、無視だ無視。

〈その他選手の割合は図の通りとなっております、
 参考にして下さい!
 さぁ今日はどうなるのか!?
 まもなく試合開始です!!〉






(強いトロルとやらが向かって左奥…
 コボルト女は右奥…
 その間に羽持ち…右にも他の奴…
 ま、間に合うか)

 試合開始前の少しの間。
 ビッグケットはざっと自分たちの立ち位置を確認した。
 コボルト女性の場所はビッグケットからだいぶ離れた。
 しかし、この程度なら本気のダッシュをすれば余裕で一番乗りだ。

〈…では、運営側の準備が整いました!
 選手の皆様いいですか?!始まりますよー!〉

 今日の試合が始まる!

〈レディーー!!ゴォ!!!〉

 昨日も聞いたアナウンスのコール。
 今日はこれが明確に“開始の合図”だとわかっているので、
 ビッグケットは迷わない。
 ゴゥ!と言われた瞬間ドレスを翻し、
 コボルト女性カーネに向かってダッシュした。
 会場が沸き、

「速い!」

 同時に誰もが息を飲んだ。
 翼と明確な殺意を持つハングリーよりも、
 5倍のダッシュ力を持つイフリートよりも。
 風のように駆け抜けたビッグケットが一番速く、
 危なげなくカーネの元に辿り着いた。

〈まずはビッグケット選手、カーネ選手の元にダッシュ!
 これは同じ女性同士、他の男に手を出させないという
 優しさの現れか!
 仁王立ち!他の選手を迎え撃ちます!!〉

 エルフの実況が響き、

『かかってこい!』

 気合充分。
 そこに襲いかかるのは
 目下カーネに一番近かったゴブリンのシャドウ。
 しかしこんなチビはビッグケットの敵ではない。
 こちらを掴もうと伸ばされたシャドウの細い手首を掴み、
 そいつを身体ごと一回転させる。

 グシャン。

〈あーっとシャドウ選手、早くも脱落!!
 ビッグケット選手が玩具のように振り回す!床にぶつける!!
 この出血は即死コースだー!!!〉

 頭から床に激突。
 勢いよく鮮血が飛び散り、会場が一気に盛り上がる。
 昨夜自分より重くでかいワーウルフすら
 片手で投げ飛ばしたビッグケットだ。
 チビで軽いゴブリンなど、
 子供がぬいぐるみを振り回しているようなものだ。

 頭部はもう原型を留めていない。
 首から下だけがヒトの形をして転がっている。
 次の瞬間、

『!』

〈あっと、次の相手は混血トロルのイフリート選手!
 トロルだが速い!これは筋肉のなせる技か!!〉

 もうイフリートがビッグケットに飛びかかった。
 宙を舞う濁った唾液。
 今にも噛みつこうとする巨大なトロル。

『汚えな!!!』

 思わずビッグケットが横面を張り倒すと…

「ッ!?」

 千切れない!
 見守るサイモンが息を呑んだ。

 トロルは殴られた衝撃こそ凄まじく、
 遠くにふっ飛ばされたが、
 床の上をバウンドした後すぐさま動いている。
 ビッグケットの一撃を耐えたのはこいつが初めてだ!

〈ビッグケット選手の痛烈な張り手!
 昨日ならこれで顔面が砕ける場面ですが、
 そうなっていない!
 強い!強いぞ混血イフリート!!〉

『ビッグケット、マダ来テル!』

 トロルに一瞬気を取られている間に、
 他の奴らがカーネに群がろうとしている。
 ビッグケットは弾かれたように態勢を立て直した。

『触るなクズが!!』

 必死に小さくなっているカーネに伸ばされる
 ハングリーの鋭い鉤爪。
 ビッグケットがこの足首を掴み、
 隣のクリストファー(人間ノーマン)、
 ホワイトブレス(リザードマン)ごと投げ飛ばす。

 ヒト一人ぶつけられ、
 崩れるように倒れたその肉団子を越えて、
 さらにドワーフのディアマンテが手を伸ばし、
 コボルトのバウワウが跳躍。
 二人に襲いかかる。

〈混戦!混戦です!!
 全員がカーネ選手に向かい、ビッグケット選手がそれを防衛!
 これは完全にカーネ選手の味方だ!
 守りきれるか!?〉

 響く実況、唇を噛むサイモン。
 …くそ、こいつら無意識だが全員共闘モードに入っている。
 誰かがビッグケットを押さえれば誰かがカーネを殺せるからだ。
 いかに一撃が強いビッグケットといえど、
 カーネを狙われては一人殴る一瞬すら惜しい。
 守ることに時間を割かねばならない。

 昨日の奴らはビビリすぎて順番に殺されたが、
 こいつらは他の奴を盾にして攻撃を入れてこようとしている。
 1対(1人死んで)7。乗り切れるか。

(…思ったよりキツそうだな…)

 ハラハラするサイモンの視線の向こう、
 ビッグケットはそれ以上にイライラしていた。
 捻るように伏せられた両耳。
 見開かれた金の瞳。
 闘志に燃えたその顔は、短気な彼女がキレた証だ。

『ああああああああ、ウッゼェなぁ!!!!!!!』
「「!?」」

 咆哮が轟き、
 ディアマンテとバウワウが一瞬身体を硬直させた直後。
 ビッグケットは大きく両腕を持ち上げ、
 眼前の二人の頭を鷲掴みにした。

『ウゥラアアア!!!!』


 ガヅンッッッ!!!!!


〈あっ!?ビッグケット選手、
 ディアマンテ選手とバウワウ選手の額を!頭部を!
 一気に砕いた!!
 素晴らしいパワープレイ!
 男性二人の頭部が粉っごなだー!!!!〉
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