負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第08話05 踊る金貨

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〈おっとぉ?オーナー席から誰かが声をかけていますね。
 これはオーナーさんでしょうか?
 言語はよくわかりません、これはケットシーの言葉…?〉

 そこで魔法の鏡にサイモンの顔が大映しになる。
 反射的に思わず小さくしゃがみこんだ。
 ちょ、ちょっと待てそんなんアリ!?
 観客に俺の顔見られるの絶対やだよ、
 トラブルの元だから!!!!
 しばらく黙っていると。

〈あっ!ビッグケット選手、戦意喪失!
 ブラッディムーン選手に背を向けました!〉

 どうやらサイモンの言葉が届いたようだ。
 場内アナウンスでビッグケットが
 ブラッディムーンを見逃したことを知った。
 あとはカーネにも降参してもらうだけ!

{カーネ!!!コボルトさん!!!
 いまだ、こうさんするんだ!
 ビッグケットになぐりかかって!「参りました」っていって!!!}

 小さくしゃがんだまま、またしても大声を出す。
 カーネに届いてくれ!
 最後あんたを助けられなきゃ意味ないんだ!!

「………ッ!」

 もう鏡に映されてないよな?
 少しだけ頭を出して確認する。
 …よし、鏡はカーネとビッグケットを映している。
 サイモンはようやくふぅ、と立ち上がった。

〈ビッグケット選手のオーナーさん、
 どうやらカーネ選手にも何か助言したようですね。
 カーネ選手が立ち上がりました。降参宣言でしょうか?〉

 カトリーヌが胡乱げな声を上げている。
 会場中の観客に見つめられながらなんとか立ったカーネは、
 しかしブルブル震えていた。
 ビッグケットが貸したストールを羽織り、必死に前を合わせて…

{あの、お願いします!えーい!!!!}

 そして、意を決したように繰り出された彼女渾身のパンチ。
 ビッグケットは無表情のままそれを掴んだ。
 途端にカーネの表情がこわばる。

「ッ、マイリマシタ!マイリマシタ!!!!」

 完璧な降参宣言。
 ビッグケットはその手を離し、
 ふわりと抱きしめるようにカーネに両腕を回した。
 抱きしめはしない。
 べったり血がついてしまうから。
 しかし、彼女は確かに優しい声、優しい瞳で言った。

『…もう大丈夫だ。よく頑張ったな』
{う、うっ…ううわぁん…!!!}

〈ぐっ、降参宣言!降参宣言です!
 ビッグケット選手はこれも受け入れました!
 これにて本日の勝者確定!
 降参2名、勝者1名!

 本日で2連勝…
 ケットシー混血の女性、ビッグケット選手が
 2連勝を収めました!!!〉

 わあああああああああ!!!!!!

 カトリーヌのどこか不満げなアナウンスが響き、
 不満半分、おめでとう及びやったぜ及びいい話だなぁ半分。
 会場に大きな歓声がこだました。











〈では確認です、本日の観客数は………返還総額は………〉

 カトリーヌのアナウンスはまだ終わってないが、
 もうそんなものには興味ない。
 サイモンはこちらに駆け寄ってくるビッグケット、カーネ、
 そして立派に生き残ったブラッディムーンに手を振った。

『オメデトウ!今日モ楽勝ダッタナ』
『もうちょっと歯ごたえが欲しかった…』

『マァマァ。ア、ブラッディムーンヲ見逃シテクレテアリガトナ。
 恩ニ着ル』
『…私やこの人(カーネだな)に殴りかかってたら絶対殺したのに』
『ヤメロ、無駄ナコトハ』

 ぶつぶつ文句を垂れるビッグケットの背中を、
 サイモンがポンポン叩く。
 背中側はまだ比較的マシだ…血の粘り気がしない…。
 頭から鮮血を被ったビッグケットから若干目を逸しつつ、
 功労者の相棒を労う。
 そして、

{おめでとう。ぶじかえってこれてよかった。
 「参りました」がちゃんといえてよかった}

 コボルト語でカーネに声をかける。
 カーネはまたストールを羽織って、深々と頭を下げた。

{あの、本当にありがとうございました。
 貴方がいなければあんな…っ
 私も、あんな風になってたんですね…っ}

 途端にガクガク震え始めるカーネ。
 目の前で見せられた血の惨劇が相当ショックだったみたいだ。
 …いや、あんなん普通にトラウマものだけど。

{ごめん、もうこんなことないはずだから。
 わすれて。きょうのこれはあくむってことで}
{無理ですぅ…!!}

 鼻をぴすぴす言わせて涙目のカーネ。
 ま、親父の言葉じゃないけど、生きてりゃやり直せる。
 この記憶もリセットしていつか幸せになれるさ。
 あとは…

【アンタ。登録者ト上手ク折リ合イツケラレソウカ?】

 茫然自失といった表情のブラッディムーンに、
 オーク語で話しかける。
 ブラッディムーンは両目を落としそうなくらい真ん丸にして驚いた。

【うわっ、お前オーク語も話せるのか!?すご…きもっ…】
【オイ、ビッグケットニ今スグ八ツ裂キニサセヨウカ?】
【すみません、俺はアンタの豚です奴隷ですお見逃し下さい】

 サイモンが両目をすがめて睨むと、
 ブラッディムーンはコンマ1秒で床に這いつくばった。
 おまけにそのまま動かない。

【セッカク登録者ニワカラナイヨウ話シテ、
 不都合ナ内容ガ聞コエナイヨウ配慮シテヤッテンノニ…】
【ありがとうございます、こんな豚にもったいないほどの配慮です。
 先程の無礼な発言はどうかお忘れ下さい】
【ヨロシイ】

「…なぁ小僧、お前もしかして今豚語喋ってる?
 もはや変態じゃない?言語オタクすぎない???」

 そこでヒソヒソ話しかけてきたのは貴族男だ。
 その声に顔を向けると、
 彼の背後には昨日も見たパターンのオーナーたちの表情。
 ほとんどの人間がイライラして、
 しかしサイモンのそばに守護神たるビッグケットが控えてるので、
 下手なことは言ってこない。

 さぁて、こうなれば有象無象には興味ない。
 目下用があるのは…

「なぁ、カーネを登録したオーナーはどこだ。
 俺と話しようぜ」

 サイモンが腕を組み周囲を見回すと、動く影がある。
 先程見たゴロツキの人間ノーマン
 ひょこりと頭を出したそいつは、
 苦虫を噛み潰したような顔をしてサイモンを睨んだ。

「…おい、どうしてくれんだ。
 俺は登録料独り占めした上で
 そいつが派手に死ぬのを楽しみにしてたのに。
 犬の獣人なんて汚ねぇの突っ返されても困るんだよ」

「はーん。じゃあこうしよう」

 サイモンはにんまり笑い、
 肩から下げた鞄の中、
 金貨袋からザクッと金貨を掴み出した。


 ジャラジャラジャラ!


 それを躊躇なく床にばら撒く。
 けっこうな量だ。
 貴族男、そして他の登録者たちが息を飲む。
 サイモンは静かに顎を持ち上げ…
 冷たい目でゴロツキ男を見た。

「おい、これ拾え。全部お前にやる」
「あ!?」

「代わりにカーネを俺にくれ。
 金で買うんだ、これなら文句ないだろう?」
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