負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第08話06 墜ちる者、救われる者

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 金貨と引き換えにカーネを俺にくれ。

 サイモンが床に金貨を撒くと、
 登録者であるゴロツキ男は
 顔面を歪ませた。

「う、ぐっ…!」

 ゴロツキ男の年の頃は、
 頑健な壮年をさらに越えて
 もう少しで老齢になろうかというところ。
 一方サイモンは、成人してたった数年の18歳だ。

 明らかに若造。
 その若造相手に目の前の床の金を拾うということは、
 床に手をつき頭を垂れろということである。

「ぐぐ、ぅっ…」

「おやぁ、この金欲しくないのかぁ?
 こんなとこに出入りする身分の低い奴なら、
 みんな喉から手が出るほど欲しい額のはずだけどな…。
 それとも、」

 深くなる眉間の皺。
 サイモンは怒りと言える表情を浮かべた。

「ビッグケットに頼んで力ずくで奪えばいいのか?
 お前を殺すことなんて、当然簡単なんだけどなぁ~」

 そう言った途端、ゴロツキは弾かれたように這いつくばった。
 床の金貨を慌ててかき集める。

「こ、これ、全部俺のものなのか!?」
「ああ、全部集められるならな」
「!?」

 ゴロツキが驚いてこちらを見る。
 その目の前で、サイモンは小声でカーネに話しかけた。
 2度、3度、小さく頷くカーネ。

「な、なにを…ぐあっ!?」

 次の瞬間、カーネが脚を大きく持ち上げた。
 ズン!!
 かさかさに干からびた男の手をカーネが踏みつける。
 そのまま体重をかけて踏みにじる。
 カーネの目は冷ややかだった。

{死ねばいいのに糞野郎。
 この人から金貨もらおうなんて烏滸おこがましいんだよ。
 獣人差別。レイシスト。
 何様だよ、地獄に堕ちろ}

 コボルト語で次々に紡がれる罵詈雑言。
 内容がわかるサイモンは、思わず小さく肩を震わせた。

「………ッッ………!」
{ちょっと、笑わないで下さい?!こっちは本気ですよ!}
{ごめん…つづけて…}
{やりにくいです!!!}

 そんなやりとりをしていると。

「揉め事は困ります皆様。」

 昨日も会った後処理係が、小切手を持ってやって来た。
 おお、遅かったな。

「皆様、全員揃っていますね。
 配当金、勝利報酬及び登録感謝料の小切手をお持ちしました。
 名前を呼びますので、それぞれ受け取りにいらして下さい」

 這いつくばってるゴロツキのことはちらっと見ただけで、
 あとは無視して…

「小切手を受け取り次第本日の日程は全て終了です。
 ご参加ありがとうございました。
 サイモン・オルコット様」

 サイモンは今日もトップバッターだった。
 もしかしてこれ、チャンピオンは最初という
 決まりがあるのかもしれない。

「あーい」

 今日の額はおおよそ見当がついている。
 小切手をめくる…やっぱり。
 返還金9万と勝利報酬7万で16万7千111エルス。
 ひゅーっ、美味い美味い。
 懐に紙切れをしまい込む。
 これ明日また銀行持ってかなくちゃな。

 にまにま一人で笑っていると、
 背後にビッグケットが立つ。
 思わず振り返り、Vサインをしてみせた。
 ビッグケットも満足そうに微笑む。

「……しっかし、くそーーーー。
 今日もしてやられたー!!
 小僧の猫娘強すぎだろうがー!!!!」

 そうこうしてると、貴族男が地団駄踏んでるのが見えた。
 その子供みたいな仕草に、思わず笑ってしまう。

「これに懲りたら、もう可哀想な犠牲者は出さないであげて下さいよ。
 俺たち明日も来ますよ」
「やだー!!!悔しい!けっこうな額積んだのに!
 絶対勝ちたぁい!」
「諦めろオッサン」

 やいのやいの。そうこうしていると。

「な、なぁ、俺のブラッディムーンも金貨で買わないか?
 床の金貨くらいいくらでも拾うからさ…」

 粘着質な気持ち悪い笑みを浮かべた男が
 こちらに近づいてきた。
 傍らのブラッディムーンは呆れた表情だ。

「アンタ、真ニ受ケナクテイイゾ。
 俺ハソノ気ニナレバイクラデモコイツカラ自由ニナレル」
「あーうん、そうだな…」

 ふと、未だカーネに手を踏まれ続けているゴロツキを見る。
 小切手授与の間も卑しく金を拾おうとしていたようだ。
 まぁ、小切手程度どこに置いても構わない。
 呆れた後処理係は床に置いて終わらせてしまった。
 その金貨が散らばった床。

「じゃ、そこから好きなだけ拾って。
 拾った分が自分の分な」
「マジか!?ひゃっほー!!」

 気持ち悪い男は慌てて床に膝をついた。
 案の定ゴロツキと小競り合いを始めるが知らん。
 サイモンはふわ、とあくびをした。
 そろそろ帰って寝たいんだよなぁ、ホントは。

「ん、じゃあアンタにこれやるから」

 おもむろに金貨袋から金貨を2枚出し、
 ブラッディムーンに渡す。
 ブラッディムーンはまた目を丸くした。

「エッ…ナンデ俺ニ?金貨モラエルヨウナコトシテナイゾ」
「うん?この金貨で人生やり直せよ。
 せっかく助かった命だ、二度と闘技場なんか来なくていいように」

 するとブラッディムーンはみるみる目に涙を溜め、
 勢いよく頭を下げた。

「…ッ、アリガトウ!アリガトウ!!
 コノ恩ハ一生忘レナイ!!」
「あーいいよいいよ、
 別に今の俺にはこんなんはした金だから」
「嫌味ダナ!!」

「ははは、むしろこれはあれだ、
 貧乏人仲間のよしみだと思ってくれ」
「ハ?貧乏人………?」

 ブラッディムーンは一瞬怪訝な表情を浮かべた。
 こいつ小綺麗かつやたら良い布の服を着ている、
 しかも金貨をぶちまけるほど持っているのに、
 貧乏人、とは……?
 しかし一々ツッコむのも面倒だったのか、
 聞き流すように次の言葉を告げた。
 
「マァトニカク、アリガトウ!
 二度トアンタ達ニ会ワナイデ全ウニ生キルヨ!!」

 ブラッディムーンはそれを最後に、
 にこにこ笑いながら去っていった。
 暗い洞窟に似た通路。
 彼はその中を、正に光の方へ向かって歩いていく。
 彼の希望に満ちた背中を見送るのは、
 なかなか悪くない気分だった。

『サテ、俺タチモ帰ルカ。
 魔法ノ絨毯デスグ終ワルダロウトハイエ、
 引ッ越シモアルシ』

 そこで傍らのビッグケットを振り返る。
 せっかく着飾ったドレスも化粧も酷い有様だ。
 もったいないが湯浴みしたら捨ててしまおう。

『わかった。
 …で、この女の人はどうするんだ?』

 ビッグケットは頷いた後、ちらりとカーネの方を見る。

『ソウダナ、今日ハ元々モモノ店ニ顔出ス予定ダッタシ、
 就職先デモ探シテモラオウカナ。
 帰ルトコガアルナラソレデモイイシ』

『モモって?』
『オレノ知リ合イノアルミラージ。
 飲ミ屋ノ接客嬢ヤッテルカラヨク酒飲ミニ行ッタンダ』
『へぇー』

 ビッグケットが答えを返したのを確認して、カーネに声をかける。

{おーい、そろそろいかないか?
 もしかえるとこがないなら、おれのしりあいのじゅうじんに
 ひきあわせてしごとさがしてもらうけど}
{えっ、あっ!?
 お、お願いします、何から何まですみません!!}

 カーネはゴロツキの手を
 恨みたっぷりに踏みつけることに
 夢中になってたようだ。
 慌てて身を翻し、こっちにやってきた。

 邪魔がなくなったゴロツキと
 ブラッディムーンのオーナーだった気持ち悪い男は、
 いよいよ汚い小競り合いを始めたが、
 まぁ知ったこっちゃない。
 永遠にやっててくれ。

{いまからビッグケットがゆあみするから。
 アンタもきょうみあるならはいってくれ。たぶんいける}

{えっ、いいんでしょうか…入れるならありがたいですけど…}
{うん、こいつのあとだからいろいろあかくてもいいなら、だけど}
{だ、大丈夫です多分!頑張ります!!}

 カーネが小さく両手で握りこぶしを作る。
 そのやりとりを見ていた、ずっと待たされていた後処理係は、
 ようやくか…と言いたげな素振りも見せず
 こちらに律儀に話しかけてくる。

「では。オルコット様、贈り物の時間に移ってよろしいでしょうか」
「はい、すみません行きましょう」

 そしてサイモンはコボルト女性のカーネ(仮名)と、
 ケットシー混血女性のビッグケット(血まみれ)と共に、
 湯浴みタイムに入るのだった。

(…いや、色気もクソも何もないんだけどな…)

 てか、めちゃくちゃなんだこれ。
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