負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第09話02 新しい服

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 年頃の女性に下着だけを着せる気か、だって?
 とんでもない。

「や、大会側が優勝者に商品としてドレスをくれるから、
 それを着せる。
 代わりにビッグケットには今日買った着替えを持っていくんだ」
「あーなるほど」

 するとジルベールは奥に歩いていき、
 大きな紙包みを抱えて戻ってきた。
 これが今日の戦利品なんだろうか。

「じゃあこれ、今日買ったビッグケットちゃんの服ね。
 この中から持っていって」
「悪いな。引っ越しはまた後でやるよ。
 とりあえず、助けた獣人さんを安心して暮らせる場所に
 引き渡さなきゃいけないから」

「アテがあるの?」
「獣人バーのボンドならどうにかしてくれるんじゃないかなって」
「あーーー、あそこかぁ!」

 獣人バー、ボンド。
 それはこないだ会話したモモが働く酒場だ。
 今日は元々、勝ったらそこに顔を出す予定だった。
 どのみち行くなら好都合だ。
 エウカリスの面倒を見てもらえないか頼んでみよう。

「ああ、そうだお前も行く?
 今日の礼もかねておごるけど」

 すっかり夜も更けてしまったが、そういえば。
 ここで酒でもおごれば貸し借りなしと思ったのだけど…

「いや、今日は遠慮しとくよ。
 正直今日の買い物、あんま上手くエスコート出来なかったから。
 ビッグケットちゃんにこれ以上かっこ悪い姿
 見せたくないというか…」

 ジルベールは荷物を抱えつつ、苦笑しながら首を振った。
 …おや。再会した時ビッグケットが楽しそうにしてたから、
 さぞや楽しい「デート」が出来たんだと思っていたけど…
 違うのか?

「なんか揉めた?」
「いや…そうじゃなくて…」

 軽い気持ちで聞いたつもりだった。
 だがサイモンの何気ない口調と裏腹に、
 ジルベールはやおら押し黙ってしまった。
 困ったような、何かを言いあぐねているような
 ジルベールの表情。
 …なんだ、この空気。

「…ジルベール?どうした?」
「サイモン君、きみ…」

 目の前のエルフの名前を呼ぶと、
 相手もこちらに呼びかけてくる。
 空色の瞳が真剣にこちらを見つめている。

「君、あのさ…。…………」
「……………。なんだよ………?」

「いや、やっぱいい。これは僕が軽率に聞くことじゃない」
「はぁ?めちゃくそ気になるんですけど」

 結局ジルベールはふいと視線を他所に向け、
 会話を断ち切ってしまった。
 意味深な言葉に、ぽかんと口を開けるサイモン。
 そこまで言われて結局何もわからないってもやもやするんだけど?

「いや、いいんだ。
 君もいつか聞くだろうから。
 それよかハイ。これ、荷物。持っていってあげて。
 ビッグケットちゃんと獣人さん、待ってるんでしょ」

「あ、ああ…サンキュ…」

 強引に包みを押し付けられ、背中を押された。
 気がついたら扉をくぐっている。
 ふわりと外気の匂いが鼻をくすぐり、
 夜の闇が視界いっぱいに広がる。

 頼りない灯りしか目にしていないとはいえ、
 突然闇の中に放り出されると落差で目がついていけない。
 ぱちぱちと瞬きをする。
 やがてぼんやりと外が見えるようになった頃合いで。

「サイモン君、ビッグケットちゃんを大事にしてあげてね。
 きっとそれは君にしか出来ないから」
「えっ?あ、うん、頑張るよ…」
「じゃあまた後で」

 バタン。扉が閉まり、ジルベールの顔が見えないまま、
 真意も掴めぬまま、
 サイモンは外に締め出されてしまった。
 片手に包み、片手に魔法の絨毯。
 放り出された彼は唖然とすることしか出来ない。

「…なんだってんだよ…??」









 それでもビッグケットの元には戻らねばならない。
 先程やったように魔法の絨毯に座り、荷物を載せ、
 口頭指示で地下の闘技場まで舞い戻る。
 正直めちゃくちゃ速い。
 荷物の質量も重さも感じないし最高だ。

『オーイ、戻ッタゾー』

 白亜の空間、天国の間(勝手に命名)の大きな扉前。
 中の様子を窺いつつ声をかけると、
 ビッグケットの不機嫌そうな声が返ってくる。

『遅い!さすがに水遊びも飽きちゃったぞ』

 いや、幼児じゃあるまいし、湯浴みで水遊びて。
 荷物を抱え直しながら苦笑する。

『悪イ悪イ。
 サ、服取ッテキタカラ出シテクレ』

 サイモンが扉を薄く開け、包みを差し出す。
 すると声に応えるように、ビッグケットがぬっと頭を出す。
 待て待て、肩まで見えてるぞ。

『ありがとな。…どうした?』
『ハイ、早ク中ニ入ッテ下サイ。女ノ子ナンダカラ』

 秒。
 コンマ秒の反応でビッグケットの肩を押し戻す。
 黒猫は不服そうに頬を膨らませた。

『もー、一々細かいな~』
『オ前バアチャンニ恥ズカシイ気持チッテ習ワナカッタノカ』
『サイモンが神経質なんだよ』

 ぶつぶつ言いながら引っ込み、扉が閉じられる。
 次に現れた時は、軽装ながらきちんと服を着た状態だった。

『まったく私は猫なんだぞ、裸がなんだっていうんだ』
『ソレ、全身猫型ノけっとしーダッタラ
 ソウダナッテ言エタンダケドナ…』
『ふん、中途半端な混血はめんどくさいな』

 ガリガリ頭をかきながら扉をくぐるビッグケット。
 そしてその後に続くカーネ改めエウカリスは、

「わぁ…!」

 明るい若草色の美しいワンピースを着ていた。
 今日の景品はこれか。
 頭というか全身がふさふさの犬だから不思議な気持ちになるけど、
 見事なバストと
 それを強調するようにピタリとした上半身のラインが美しい。

 胸元から腹部に向かってたくさんボタンが並んだこのスタイルは、
 コタルディと言ったか。
 色合いは民衆の流行のさらに先をいく華やかなエルフ風。
 昨日のドレス然とした派手な印象の物と比べると、
 今日のデザインはお嬢様が品の良いお茶会に行きますといった印象だ。

{エウカリス、にあってる。ぴったりきられてよかったよ}
{ありがとうございます…猫さんの景品なのにすみません}
{あー、いいのいいのそれは。ほんにんにもりょうしょうとったし}

 サイモンが手を振り、ちらとビッグケットを振り返ると、
 彼女もエウカリスをしげしげ眺めていた。
 まぁこいつがこれを着る姿も見たかったといえば見たかったけど…
 服に無頓着なビッグケットが着るより、
 服一枚すらなくて困ってるエウカリスに
 着てもらった方がいいだろう。

『…ビッグケット、コノ服欲シイ?
 エウカリスニアゲタラ駄目カ?』
『あ?いいよ別に。なんなら下着ごとやっていい』
『ソッカ、アリガトウ』

 やはり猫に執着はない。
 もういっそ全身丸々一着プレゼントしてしまおう。

{あの、ビッグケットがそのふく
 したぎごとプレゼントしていいって。
 よかったら、つぎふくてにいれるまできていて}
{本当ですか!?何から何まですみません!!}

 こちらの言葉にエウカリスがぺこぺこ頭を下げる。
 対象的に、サイモンとビッグケットはにまりと口角を上げた。
 こんなことでこんなに喜んでくれるなんて、
 あげた甲斐があった。
 …さて。魔法の絨毯を抱え直す。

『ンジャ行クカ。モモノ店。
 獣人バーノぼんどッテ言ウンダケド…
 酒、飲ンデイイ?』
『別に好きにしろ』

『オ前ハ強イ酒飲メル年?』
『一応ケットシー基準なら成人してるぞ』

 ふむ、ケットシー基準で成人ということは10歳より上か。
 まぁ身長もあるしそれより下にはまず見えないな。
 …いや、ケットシー基準なら、と注釈するってことは、
 他の基準なら引っかかるってことか?
 人間ノーマンは16で成人だから、
 ビッグケットの年はもしかして14、5歳なのか…?
 思わずしげしげ黒猫の顔を見てしまう。

『おい、どうした。行くんじゃないのか』
『アッゴメン、行コウ』
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