負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第09話04 獣人の宴

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「…うん、似合ってる」

 かちり。

 「全く知らない言語でも勝手に通訳してくれる」という
 マジックアイテムの留め具を止めると、
 ママがぽんとサイモンの頭を撫でた。
 すっかり子供扱いだが、不思議と嫌な気持ちにはならない。
 それはひとえにこの柔和な雰囲気のせいだろうか。
 …って、浸ってる場合じゃねぇや。

『ビッグケット、コノ店ノ店長が特別ナ首飾リヲツケテクレルッテ。
 コレヲツケルトドンナ言葉使ッテモ会話出来ルッテ』
『へぇ、すごいな!!』

 ビッグケットの耳が好奇心でぴょこんと立ち上がる。
 …かちり。
 首飾りをつけてもらい、にこにこしながらこちらに振り返る。

『サイモン、私の言ってることわかるか?!』
「…いや、元々俺ら会話出来るだろ…」

『おっ!?本当だ!
 多分違う言葉喋ってるのに、スムーズに意味がわかるぞ?!』
「おお、そうなんだ。すごいなこれ」

 確かに今、ふっと気が抜けて共通語でツッコんだ。
 しかしビッグケットには通じたようだ。
 やれやれ、これで難解な単語を簡単な単語に置き換える
 地味ストレスから開放される。

「…どうかしら?私の言ってることわかる?」
{あっ、わかります!すごい!この首飾りすごい!!}

 傍らでは、エウカリスも首飾りをしてもらったようだ。
 これで全員がストレスなく会話出来る。
 すごいな…これ高いんだろうなぁ。

(以下、カッコ表現を簡略化し、全て共通語(「」)と同じとします。)

「じゃあ、無事お話出来るということで、まずは自己紹介!
 …といきたいところだけど、ここ酒場なのよね。
 お客様、先にご注文をどうぞ」

 首飾りが全員に行き渡ったタイミングで、
 ママがカウンターから声をかけてくる。
 サイモン、ビッグケット、エウカリス、
 そしてたまたま他の客がいないので、
 本日ホールにいる接客嬢は全員客席についた。

 ふかふかのソファにずらりと男女…
 サイモン以外全員女…が並ぶ。

「はい、じゃあ俺ワイン頼みます」
「「「「「ワイン!!!!!」」」」」

 サイモンが手を上げる。
 瞬間、接客嬢は一人残らず動揺の声を上げた。

「サイモンさん、ワイン?!
 わかってる?ワインて、ワインよ!?」

 隣のモモが肩を掴み、ガクガク揺らしてくる。
 サイモンは余裕の笑みだ。

「やぁ、わかってるよ。ワイン一本金貨2枚。
 今の俺には余裕ですね」
「ひぁ…っ」

「じゃあ、今日はそれを5本頼んじゃおうかな。
 みんなで飲もう!」
「「「「「キャーーーーー!!!!かっこいい!!!!」」」」」

 5人の声が見事にハモった。
 以前のサイモンなら、逆立ちしたって出来ない注文だっただろう。
 しかし今の彼は金貨10枚だって痛くない。
 じゃぶじゃぶ払える範疇だ。

「じゃあ強気なサイモン君には、
 エテルネルフォレの
 シュクレ・ド・ヌーヴォーを出してあげましょう」
「きゃーーーっママ鬼畜~~!!」

「お、すごい!飲んでみたい!」
「ひゃーーー、返事も男前だー!!!」

 それは隣国、エルフの国で作られる高級ワイン。
 まぁ、多少値が上がっても平気平気。
 金貨はまだたくさんあるからな。

「…ビッグケットは何飲む?気になるのある?」

 ギャーギャー盛り上がる嬢達を尻目に、サイモンの隣、
 モモと反対側に座ったビッグケットを振り返る。
 黒猫は渡されたメニュー表に描かれた美しいカクテルたちを見て、
 眉間にシワを寄せている。
 …これはもしかして…わからない?

「えーとこれが果実酒のミルク割で、
 これがライムを絞った辛めの酒で、
 これが麦のエールで…」
「ほうほう」

 一通り説明すると、うんうん頷くビッグケット。
 なんとか通じたかな?

「なんか気になるのあった?」
「…これはなんだっけ?」

「バカルディ。
 ラム酒とライムジュース、ざくろのシロップ…だったかな」
「じゃあこれにする」

「そっか、それ爽やかで美味いぞ。すいません、」
「待て」

 サイモンが手を上げ注文しかけたところで、
 ビッグケットが口を挟んでくる。

「気を使ってもらったとこ悪いけど、今の私は自分で注文出来る」
「あ…そっか。ごめん」

 力なく上げた手を下ろす。
 代わりにビッグケットが大きく手を上げ、笑顔で高らかに注文した。

「はい、私バカルディって奴下さい!」
「はーい、ちょっと待ってね~」

 すると奥でママが返事する。
 …ちゃんと通じている。
 いつかサイモンが共通語を教えたら、全部習得したら、
 こういう感じになるのか。
 ここ数日、ずっとせかせか通訳してきた思い出を噛み締め、
 なんだか感慨深くなってしまう。

「…?どうした?」
「いやぁ、ビッグケットがストレートに
 他人とコミュニケーションとれるの、いいなぁって思って」
「あーうん、そうだな。まぁ便利だなぁ」

 本人はあまりピンときてなさそうだけど。
 闘技場のゴタゴタが片付いたら、
 出来るだけ早く言葉を教えてあげよう。
 そう噛み締めつつ。

「エウカリスは何飲む?なんでもいいよ」

 ビッグケットの隣のコボルトに話しかける。
 上品に脚を揃えて座っていたエウカリスは、
 メニューを握りしめたまま、はにかんだように笑った。

「あ、じゃあ…私はアルコール得意じゃないので、
 ジュースを頼んでいいでしょうか」
「ありゃ。じゃあつまんないかな?ごめんな」

「いえ、こうしてたくさんの獣人さんと知り合えるのは嬉しいです」

 見回せば、確かに多種多様な獣人たち。
 もふもふから混ざりあったのからケモ耳スタイル、
 爬虫類まで形態は様々だ。

「だから早くお話したくて…。
 あの、私はグレープフルーツのジュースをもらえますかっ」
「はぁい、承りました~」

 これもママに届いた。
 ママはカウンターに酒瓶…シュクレ・ド・ヌーヴォーを五本並べ、
 順に開けていく。
 そしてビッグケット注文のカクテル、
 エウカリス注文のジュースを手際よくグラスに注ぎ、
 大きなプレート、たくさんのグラスと共にこちらへやってきた。

「サイモン君、今日は私も飲んでいいかしら?」
「ああどうぞ、みんなで飲みましょ」
「ありがとう♥」

 わぁ、とまた嬢たちが歓声を上げる。
 全員が卓についた。準備は万全だ。

「じゃ、まずは乾杯!乾杯しましょう!」

 ママが瓶を持ち、グラスにワインを注いでいく。
 サイモンの分。5人の嬢の分。そして自分の分。
 ビッグケットとエウカリスにはそれぞれのグラスを渡して。

「じゃあ~、サイモン君の就職と成功を祝って~!
 カンパーイ!!」

 カンパーイ!!!
 カチン!!!

 サイモンを除いた全員が
 ビッグケットとエウカリスに対して初対面だが、
 全員笑顔でグラスを交わした。
 一口グラスを煽る。…美味い!

「うわぁ~、ワイン美味ーい!味が濃い!!」

 思わずグラスを見つめてしまう。
 傍らのモモは呆れ気味な表情だ。

「サイモンさん、ワインて飲みやすいわりに
 アルコール度数高いからね。
 途中マメに水飲んでお腹の中を薄めながら楽しむのよ。
 じゃないとすぐ潰れちゃうからね?」

「へぇー、そうなんだ。
 モモはワイン飲んだことあるんだな?」
「ここまでいいのは滅多にないけど、
 そこそこのなら金持ち人間ノーマン様が注文するからね。
 酒場の嬢ですもの、飲み方くらいは心得てます」

「ふわ~、そりゃ心強いわ」
「…ちょっと、もう酔ってない?」
「気のせい気のせい!」

 笑顔で片手を振るが、モモには信用されていない。
 もう、と頬を膨らませているのが見える。
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