負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第09話05 “セクメト”

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 サイモンが馴染みのモモと高級ワインを酌み交わす一方、
 良い酒初体験のビッグケットは。

「わぁ~これ美味~い!!スッキリして飲みやすーい!」

 計らずもサイモンとほとんど同じリアクションをしていた。
 花のように柔らかく赤い色をした、美しく美味しいカクテル。
 恐らく成人して間もない、人里の文化を知らない彼女は
 この酒の虜になったようだった。

「これなんでこんなにちょっとしかないんだ?もっと下さい!」

 三角形、もっと正確に言うなら
 円錐を逆さにして脚をつけたカクテルグラス。
 本来ここに注がれた酒は、
 少なくとも一気飲みするためにあるわけじゃないんだけど。
 ビッグケットは喉の乾きを潤すエールか何かのように、
 一気にガッと飲んでしまった。

「キャーっ!猫ちゃん、そんなに一気に飲んじゃ駄目だよ!!」

 それに悲鳴を上げたのは、目の前で惨劇()を見せられたモモだ。
 まさか乾杯コール直後、カクテルを一気飲みする奴なんて
 見たことなかっただろう。

「お酒、今までそんな飲んだことないんでしょ?
 突然アルコールをいっぱい取ったら中毒になって死んじゃうよ!!」

 しかし、当のビッグケットは。

「え?人間ノーマンはこんなんで酔うのか?
 私は全然平気だぞ。多分まだ強くても大丈夫だ」

 本当に素面な様子で、けろっと舌舐めずりしていた。
 肩透かしを食らったモモは驚いて目をパチパチさせる。

「えーと、猫ちゃん…種族何…?バステトとか?」

 バステトはケットシーより多少大柄で、
 やや野性味が強いというか…
 比較的おつむ弱め戦闘力高めの猫獣人だ。
 いや、それでも100センチくらいしかないから、
 弱いっちゃ弱いが。

「いや?私はケットシーの混血だ。
 ばあちゃんが純血のケットシーだったんだ」
「えっ、ケットシーでこれ!?強くない??」

「ケットシーって酒に弱いのか」
「いや、そもそも体小さいじゃない。
 ガブガブ飲める体格じゃないと思うんだけど…違うの?」
「さぁ~、私ばあちゃんと酒飲んだことなんてなかったからなぁ」

 あっけらかんとした返答。
 モモは呆れて物も言えない。
 頭の上の白いウサミミが力なくへたれて…

「よし、ママ自己紹介しよう。これラチあかないよ」

 諦めた。
 サクッと話題をママに振り、ママも微笑んだ。

「よし、じゃあ自己紹介しましょ~!
 まずは言い出しっぺのモモから!」

 その言葉に、他の接客嬢たちから静かな笑いが起きる。
 モモはぐ、と一瞬言葉を飲み込んだが、
 観念して自己紹介を始めた。

「はい、じゃあトップバッターやります!
 アルミラージのモモ!
 親もよくわからない捨て子の混血ですが、
 よろしくお願いしますピョン♥」

 頭の横で何度か畳まれる指先。
 本物のウサミミがあってなお
 「ウサギを示すジェスチャー」で媚を売ってくる。
 極めつけは可愛さ満点のウインク。
 モモはこの店において「可愛い」担当だ。
 全員からパチパチと拍手が起こる。

「じゃあ次は猫ちゃん。名前と簡単な経歴をどうぞ~」

 続いて、ママがいい感じにビッグケットに矛先を向ける。
 さすが会話しなれているというか。
 人を輪に巻き込むのが上手だ。

「えーと、名前と簡単な経歴…。
 ケットシーの混血、ビッグケットです。
 今までここの北でばあちゃんと二人暮らしだったけど、
 最近ばあちゃんが寿命で死んじゃったから
 この街に降りてきました。よろしく」

 突然自己紹介を、と無茶振りされたビッグケットだったが、
 すっといい感じに話をまとめてきた。
 最近ばあちゃんが死んじゃったから…の下りで
 ママ他、一同みんな悲しそうな顔をする。

 …いや?
 一人、獅子人セクメトのプリマヴェーラだけ
 一瞬苦い顔をしたような…。
 気のせいだろうか。

「じゃあ次ワンちゃん~」

「えと、コボルトのエウカリスです。
 一応純血です。
 最近成人したんですけど、
 狭い自分の集落じゃなく人間ノーマンの国で仕事をしてみたくて。
 単身やって来たんですけど、悪い人間ノーマンに捕まって…
 なんか格闘技場?に連れてかれて…
 サイモンさん、と、ビッグケットさんに助けてもらいました」

「格闘技場…!」

 この話には一同一斉にざわついた。
 そう、恐らく彼女たちにとっても闇闘技場は幻想の存在だから。

「えっ、サイモンさんこのと闇闘技場に出てたの!?」
「ああ、出たよ。こいつ強かったから圧勝だよ」
「圧勝!?ケットシーなのに!??」

 そのへんはさすがのモモでもわかる。
 ケットシーは戦闘向きの民族じゃない。
 何度も言うが、小柄で非力で知識労働とか手仕事の方が得意な種族。
 …のはずなんだ。

「みんなそう思うんだろうな。
 ケットシーつーか猫の獣人で、女で、弱いって。
 だからまず出てもらって、ビッグケットに賭けて、
 それがたった二人しか居なくて。
 試合自体はこいつの一人勝ちで、
 結果返還額13億の半分山分けで6億5千万ゲットってわけ」
「うわあああああ!!!!」

 モモがまた大声を上げた。
 もちろん周りのみんなも。絶句してる子もいる。
 そうだ、一晩で6億稼ぐミラクルなんて、
 今後二度と起きないだろう。
 そのミラクルでハッピーな経験をこの男はしてしまった。

「そんなに、強いんだ…」
「ああうん、こいつどんな相手だろうと
 手足も首も人形みたいに引きちぎる怪力だから。
 すっごいよ」
「わぁ…」

 サイモンの言葉に怯えているのか引いたのか、
 彼の肩口に縋り付くモモ。
 すると。

「おかしいじゃない、ケットシーのくせにそんなに強いなんて。
 どういうマジック?
 そんなことが出来るなら、こんなとこ居ないで国に帰りなさいよ。
 きっと喜んで受け入れてもらえるわよ」

 口を挟んできた者がいる。
 獅子人セクメトのプリマヴェーラ。
 さっきビッグケットの経歴に微妙な反応をした

「あ、せっかくだから自己紹介しちゃうね。
 私はセクメトのプリマヴェーラ。
 人間ノーマンとの戦争で家族ごと捕まって捕虜になって、
 なんとかここまで逃げてきたの。
 国に帰るに帰れないから、ここでひっそり働いてる。
 だから…ケットシーがこんなとこでぷらぷらしてるなんて
 ちょっと納得いかないな~」

 プリマヴェーラは褐色の肌に白いドレスが艶やかな、
 漆黒の髪の女性だ。
 金のアクセサリーが映える、ウェーブがかったショートヘア。
 大きな目鼻立ち。
 それらが快活な印象で、
 何も知らない人が見たら南国から来た人間ノーマン
 勘違いするかもしれない。

 だがその特徴は耳にあって、
 尖ったエルフ耳とも大きく丸いハーフリングの耳とも、
 そして普通の人間ノーマンの耳とも違う…
 長丸に近い形で、やや高い位置についている。

 体毛はない。
 その点でも限りなく人間ノーマンに近いが、
 あとは…鼻が大きいのも特徴だろうか。
 鼻梁が太くて独特の形をしている。
 人間として見るとあれ?と思うが、
 元ライオンの鼻だと言われるとなんとなく納得するような。

 獣人のはずなのに、なぜここまで人間ノーマンに近い見た目なのか。
 詳しくはわからないが…
 彼らは獣人たちの中で頭一つ以上飛び抜けた国力を持ち、
 最近では西洋に飛び出し新大陸での活躍も目覚ましい。
 実質人間ノーマンの強力なライバル、
 いや敵国と言える存在だ。

 つい最近も大きな海戦が起きた。
 結果はこちらの勝利だが、
 まだまだこことの争いは尽きないだろう。

 そのセクメト、が、ケットシーに文句がある、だって?
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