負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

文字の大きさ
上 下
67 / 137
第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第09話08 酒場の女

しおりを挟む
 俺は、なんで、俺のセックスの話を
 女二人から勝手にされなくちゃいけないんだ。
 真隣で。二人に挟まれて。拷問か??

 サイモンが両耳を塞いでいると、

「はぁ~?今更ドーテーでもないくせに、
 何カワイコぶってんのよ。
 しかも成人してんでしょ」

 モモが心底意地の悪そうな笑顔を浮かべ、
 肘でサイモンをつついてくる。
 あーーっ、これだから!酒場の嬢は!
 タチが悪いんだ!!

「うるせーよ、
 俺はビッグケットにそういうことしないって決めてんの!
 だからやめて!!」

「はぁ~ん、リアルな想像をすると
 決意が揺らいでしまいそうなんですかぁ~?
 随分温い決意ですねええ」

「ママ!助けてママ!!
 この人が俺に精神攻撃してくる!!」

「あらあら」

 サイモンの悲痛な叫びに、斜め前に座り、
 エウカリスや他の接客嬢たちと話していた様子の
 ママが振り返る。
 涼やかな氷が落ちる音を響かせグラスを机に置くと、
 真っ直ぐにモモを見据えた。

「モモ?これ以上サイモン君を困らせたら駄目よ。
 もうこの店来てくれなくなっちゃうかもしれないわよ」

「ふーんだ、サイモンさんはもうこのがいるし
 お金もたんまり手に入れたし、
 私を頼ることはなくなるんだなーって!
 思っただけだし!!
 多分今日が見納めだし!!」

「もう、プロなんだからそんなことで音を上げないの。
 それでもお店に来てもらうのが私達の仕事でしょ」

「くっ…」

 グラスを握りしめるモモ。
 その目に微かに涙が滲んでいて、
 どうにも仕事と私情の兼ね合いを上手くつけられない様子だった。

 本来こういう店で働く接客嬢なんて、
 甘く華やかな嘘の世界に生きるもんだ。
 相手がどんな立場でどんな生活をしていようと、
 酒と接客の手練手管で籠絡し、
 金づるとして金銭を巻き上げ続ける。
 悪く言えばそれが仕事だ。

 しかし、サイモン自身わかっている。
 モモと彼は今更巧みな嘘をつくには仲良くなりすぎた。
 これ以上踏み込もうとすれば、どんな形であれ
 何らかの破滅を迎えるだろう。
 二人は有り体に言って、本当に仲の良い友人なのだから。

「…大丈夫。酒ならまた飲みに来るから」
「このと一緒に、でしょ」
「別に一人でもいいぞ?」
「それじゃなんだか悪いじゃない」

 …はぁ。
 唇を尖らせるモモを前に、
 何と言えばこの場がまとまるかよくわからない。

 恐らくビッグケットは聞くまでもなく、
 酒が飲みたければ勝手に行けと言うだろう。
 しかしそれではモモが納得しないという。
 けど店に来ないのも嫌だと。
 どうしろっていうんだ。

「…モモはサイモン君が本当に好きなのねぇ」

 だんまりが続くサイモンたちを見て、
 ぽつりとママが漏らす。
 するとモモは弾かれたように机を叩いた。

「違いますけど!これはマジです!
 つーか、ガチ本音で言うなら駄目なお兄ちゃんって感じに思ってた!
 そのお兄ちゃんが突然立派になってお嫁さん連れてきて
 妹悲しい!的な!!」

「あー、そっち?」

「そっち!なの!!妹は悲しいです!
 もー、お兄ちゃんは私がいないと駄目ねぇ♥って思ってたのに、
 突然卒業しちゃうなんて!辛い!!!」

 モモはそこまで叫ぶと、
 ワインをどばっとグラスに注ぎ、一気に煽った。
 おい、お前は大丈夫なのか…
 サイモンが思わず身じろぎすると、
 モモがキッと睨んでくる。

「何よ何よ、今まで私にべったりだったくせに!
 いーよそっちでヨロシクヤりなさいよ、
 私を過去の女にすればいいじゃない!!」

「大丈夫?支離滅裂だけど?
 お前妹なんじゃなかったのか??」

 わーーーーうるせぇーーー!!
 と机に伏せるモモの背中をさする。
 泣いてるかどうかはわからない。
 だけど、酒の力が彼女のテンションを爆上げしてるのは
 よくわかった。

 …駄目な兄、しっかり者の妹…か。

 確かに出会ってしばらく経ってからはそういう感じだったかもな。
 全然仕事なくて食うにも困っていたサイモンと、
 順調にここで働き始めてしっかり自立した彼女と。

 最初の最初に彼女を支えてあげようとお金を渡したのは
 サイモンの方なのに、
 随分立場が変わってしまった。

 そして今、散々彼女に世話になったのが嘘みたいに、
 サイモンは大金を抱えている。

(…それってやっぱ寂しい、のかな…。
 あるいは悔しいとかもあるのかな)

 改めて酒瓶からワインを注ぎ、口をつける。
 甘くて深い高級な味。
 いつかこれも安酒と呼ぶ日が来るんだろうか。

「…ビッグケット、なんか悪いな。
 ゴチャゴチャ揉めちゃって」

 モモが黙ったのでビッグケットに話しかける。
 と、猫はふふ、と瞳を弧にした。

「いや、なかなか面白かったぞ。
 …というか、お前本当に好かれているんだな。
 こうなったのも偶然の縁とはいえ、
 なんだか申し訳ない気持ちだ」

「いや、お前が責任感じることでもないだろ。
 これもまた運命さ」

「運命ね…」

 ぱきり。
 長いソーセージを噛みちぎる音がする。
 ビッグケットが咀嚼し、飲み込むのを見ながら
 またワインを飲む。

 …ふと会話が途切れて気づいた。
 自己紹介リレーはどうなったんだろう。
 途切れた勢いのまま終了なんだろうか。

「…ママ、みんなの自己紹介ってあれで終わりなの?」

 斜め前のママに尋ねると、
 すっかり馴染んでいる様子のエウカリスが代わりに声を上げた。

「あ、さっきこっちで続きやってましたよ」
「マジか」

「あーでもあれ、ビッグケットさん聞いてないんですよね」
「うんそれな」

 サイモンが頷くのを見たママ、じゃあ!と手を叩いた。

「よしっ貴女たちもっかいビッグケットちゃんに自己紹介しましょう!
 これから常連さんになってくれるかもしれないんだから!」
しおりを挟む

処理中です...