負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第11話01 膨れる情欲

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 それまで、決して見ることはなかった。
 否見ようとしなかった。
 それは彼女に対する侮辱だし、
 己の誓いに反することだったから。

 しかし見てしまった。
 凛々しく戦い抜く彼女の露わな肢体を。
 控えめな胸の膨らみを。
 普段は隠された茂みを。
 丸く引き締まった尻の形を。

 微かに色づく薄紅色の胸の先端を。
 ほんの少し幼さを残した腹部の滑らかな丘を。
 ほどよく引き締まったウエストラインを。
 黒髪の豊かさに比べると、やや薄いと感じられる陰毛を。
 そこに降りかかる真紅の液体を。

 彼女が他の男を殴る度に、蹴り上げる度に、
 曝け出された乳房が揺れる。
 長い脚。
 引き締まった筋肉が美しい脚を作り上げている。

 尻尾の付け根を初めてきちんと見た。
 丁度尾てい骨の上から豊かな尻肉の谷間に向かって、
 グラデーションを描くように
 尻尾の獣毛が生えていることを知った。

 素早く尾が振られる。
 尻の穴がもう少しで見えそうだ。

 ハイキックするべく大股開きで全身を捻った瞬間、
 男を知らない下半身が露わになる。
 まろやかな恥骨の陰影、
 そして複雑な股間のひだの、
 一枚一枚までハッキリ見た。

 見てしまった。
 なんと淡い桃色だろう。
 見たくなかったのに。
 ああ、そこに。



 舌を這わせたらどんな味がするんだろう。





「ッ!」


 突然目が覚めた。
 弾かれたようにベッドの中で飛び起きる。
 心臓がバクバク高鳴り、
 一瞬何が起こったかわからなくて、
 荒い呼吸のまま胸を押さえた。

 …いや、覚えている。
 ハッキリ覚えている。
 だからこそ認識したくなかった。

 今まで曖昧なまま、
 見ないふりをしていたこの感情を。
 可能なら切り取ってどこかに放り出してしまいたかった。

「………。
 サイアク………」

 いや違う。
 もし出来るなら、
 この馬鹿な下半身を切って捨ててしまいたかった。
 熱くなったそこをぎゅうと握りしめる。
 怖くて出来ない、けど、
 力の限り握りつぶしたらいっそ清々するんだろうか。

 …俺は、俺は。

「男になんか、生まれたくなかった…ッ」

 上半身を折りたたんで布団に突っ伏す。
 この世界の創造主が「そう」と決めた
 あらゆるルールを捻じ曲げたい。
 本能なんて、こんな汚い気持ちなんて、
 俺は知りたくなかったんだ。


 例え成り行きの結果だろうと、
 共に生きると決めた大切なあの子に、
 こんな劣情を抱いてるなんて。











 闇闘技場3回戦終了後、
 ビッグケットに続いて湯浴み。
 服を汚さない設定だったからか、
 景品のドレスはなし。

 小切手を受け取り帰宅。
 共に着替え。
 荷物をざっと片付けると、
 「少し外を散歩してくる」
 と黒猫が出ていってしまった。

 それを見送って一人残されたサイモンは、
 自分の荷物から静かに聖書を取り出した。
 引っ越す際、
 前の家から運び出した数少ない荷物のうちの一つだ。
 窓際のソファに腰掛け、
 音もなくページをめくる。

「…汝求めるなかれ、さすれば与えられん。
 例え嵐の中にあれど、例え吹雪の中にあれど、
 信仰の御心さえあればしゅは汝を救うだろう。

 信仰とは光なり。
 迷いの中に一筋の光をもたらす、
 曇りなき心なり。
 願い、求め、惑うことなかれ。
 けがれなく誇り高く生きることこそ喜びと知れ。
 
 ……」

 人間ノーマンの社会に広く浸透している「ゼウス教」。
 その教えが詰まった小さな文字をひたすら読み上げる。
 黙々と聖書でも朗読すれば、
 無駄な雑念も晴れるかと思った。

 …ビッグケットが戦ってる最中は、
 あの時は、
 心配だったり純粋に応援する気持ちがまさって
 不埒な考えなど全くなかった。
 なのに終わったらこれだ。

 …もやもやする。
 だからって下衆な気持ちを抱えたまま眠ることも、
 そのまま朝になって彼女の顔を見ることも嫌だった。
 リセットしよう。そう思っていたのに。


 ガツンと夢でフラッシュバックした。
 むしろ精神力で彼方に追いやってた記憶が、
 より鮮明な映像となって何度も再生される。

 それに付随する感情も。
 焼けるような渇望も。
 目を背け続けていた自分の本当の気持ちも。




(………ッ、苦しい)

 午前4時。
 痛いくらい高鳴る胸の鼓動が彼を苛んだ。
 どうして、どうしてだ。
 神様、どうしてニンゲンを男と女に分けたんだ。
 ふざけやがって。

 そうだ、俺は男色ホモじゃない。
 人並みの異性に対する性欲くらい持ってるさ。
 けど、それを行動に移すのは真っ平ごめんだ。
 だってそれは、自分と大切な人への侮辱だから。

「……水……」

 息が出来ない。
 浅い呼吸が苦しくて、
 それに抗いたくてなんとかドアノブに手をかけた。
 寝室を出よう。
 キッチンに行って水でも飲めば、
 少し頭も冴えるだろう。

 ガチャリ。ノブを捻る。

『あ?おはよう』

「ゲホッ!!
 ごほ、うわ!!!???」

 思わず腰が抜けそうになった。
 今絶対会いたくなかった人間が、
 しれっとした表情でそこに居た。

 ビッグケットがキッチンに立っている。
 まさか一晩中外に居て今帰ったのか!?
 彼女は二の腕と太もも丸出しの軽装、
 つまり彼女における外出着を身に着けていた。

『今4時だぞ、何やってんだ』

『ソレハコッチノ台詞!!
 オマ、何、ヤッテッ……』

 無理。顔が見れない。
 言葉を最後まで言い終わることが出来ず、
 思わず視線を逸らす。

 魔法の設備によるものか、
 薄明かりが室内に満ちている。

『………』
「……………」

 ビッグケットが訝しげに
 こちらを見ている気配がする。
 でももう無理。
 ずっと我慢してたけど、
 もうホントに無理。

 生物学上女性。じゃなくて、
 小生意気な女の子。じゃなくて、
 「その気になれば屈服させられるはずのメス」として
 ビッグケットの事を見るのが心底嫌だった。

 頭がくらくらしてきて、
 自分が不審な行動をとっているのは重々わかっていたけど、
 繕うことも出来なくて
 ただ急いでビッグケットの隣に立った。

「水、飲みたくて」
『水、飲むのか』

「コップ…」
『コップ探してるのか?こっちだ』

 一切目を合わせないサイモンに、
 しかしビッグケットは冷静な様子で
 コップを差し出した。
 レバーを押す。
 コップを受け取って中に水を注ぎ込んだ。

(何も考えるな)

 冷たい水を飲み干す。
 美味しい。もう一杯。
 コップを下に構え、再び水を注ぐ。
 飲み干す。
 …はぁ。

 一息ついたが、雑念はそう綺麗に消えなかった。
 いやもうもっかい寝室行こう。
 下手なことを言う前に。
 下手な行動をとる前に。

『…サイモン』

 くるりと踵を返したサイモンの背中に、
 ビッグケットから声がかけられる。
 わかってる。
 様子がおかしいのはきっと彼女にも伝わってる。
 でも今話しかけられたら、
 振り返ったら俺は多分、


『…バタートースト、食べるか』
『バタートースト???』


『いや、こんな時間だけど起きたから、
 朝飯前におやつがてら少し腹を膨らせようと思って。
 お前も食うか?
 昨日酪農家の行商から買ったんだ。

 あと、白麦パンも売ってたから思わず買っちゃった。
 銀貨とられたってことは、これ高いんだよな?』

『スゴイ、高級品ジャン!!
 何ソレ食ベル…!!!!』

 びっくりするくらい
 無心でビッグケットの方を振り返れた。
 高級食材で出来たバタートースト、美味そう!!!
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