負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第11話02 バタートースト最高に美味い。

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『丸い白麦パンを用意します』
『ウンウン』

『そこにバターナイフでこーーってりバターを塗ります』
『ウンウン!』

『カマドの端っこ、程よい熱のところにパンを並べます』
『ウンウン♪』

『あとはバターがとろけて
 パンに染み込んでいくのを見ながらイメージする』
『…何ヲ?』

『これを食べたら、
 カリふわじゅわ~
 ってするんだろうなぁ~っていうイメージ』
『ウワァ~~~~最高ーーーーーーー!』

 キッチンに設置された調理用のカマド。
 そのくり抜かれた空洞部分、
 赤々と火で照らされた空間を二人で覗き込む。

 ビッグケットの予告通り、
 バターがじわじわ溶けてパンに染み込んでいく。

 カリ、ふわ、じゅわーー…。

 旨味たっぷりのバターから出た油が、
 貧乏人じゃまず買えない高級白麦パンと一体となって
 奏でるハーモニー…。

 最強。絶対美味い奴じゃんか。

『私、料理してる間ってわりと好きなんだ。
 無理に凝らなくていい。
 美味しい物が少しずつ出来上がってくこの、
 わくわくする時間が好き』

『アーーーー、イイネェ…。
 ソウカ、自分デ美味イ物ヲ完成サセル喜ビカ…。
 オレ1人ジャ気付ケナカッタナ。
 作ッテ食ウ、ノ繰リ返シトシカ思エナカッタカラ』

『そう思ったら料理は負けだ。
 どうせなら楽しくやらなきゃな』

 二人が話す間に、山のようなバターが溶け切った。
 パンの表面がとろとろだ。
 そろそろ食べ頃だろうか。

『よし、出すぞ』
『ワーーーッ食ベル!!!』

 長い柄のついたヘラのような調理器具でパンを取り出す
 (「パーラー」と言うらしい。
 ビッグケットが勝手に買ったようだ)。
 ダイニングテーブルに皿を2つ置き、
 パンを一つずつ乗せる。

 バタートースト。いーぃ香り。

 いそいそと椅子に座り、
 熱々トーストの端を持って…

『いただきます!』

しゅと女王の慈悲に感謝。
 いただきまーす!」


 カリ。ふわっ。じゅわぁ…。


『「うっまーーーー!!!!!!」』

 ビッグケットの言うとおり、
 イメージトレーニングしてから食べた方が断然美味い。

 そして白麦パン。
 黒麦のパンと違う!
 舌触りがなめらかで、ふわっふわで、
 そこに新鮮濃厚なバターが乗ってとろけて……
 美味い。

 行商?そんなんこの街に来てたっけなぁ。
 いやでも美味い。
 美味いの前に理屈など無用。
 サイモンは無心でトーストにかぶりついた。

『バターノ染ミタパン最高…!』
『さすがふわふわ白麦パン、
 バター染み込ませたら柔らかい♥
 バター美味ーい!』

『チョット焦ゲタ端モ美味イ!』
『バターないとこも香ばしくていい!』

 とかなんとか言ってたら、
 バノック(円形の平たいパン)1枚など
 あっという間に消えてしまった。
 口に残った最後の余韻を噛みしめる。
 ああ飲み込みたくない…でも…飲む!!

 最後の一口を喉に流す頃には、
 サイモンの心は
 「バタートースト最高に美味いな。」
 という感情で満たされていた。

 良かった、これでいい具合に
 気持ちの切り替えが出来た。
 なるほど、本能の欲求には
 別の本能で上書きする…か。
 覚えておこう。

『で、さっきのよそよそしい態度はなんだったんだ』

『エッ、コノたいみんぐデ聞イテクル?
 忘レタママデイサセテ欲シカッタナ???
 オ前鬼カヨ』

 バタートーストが無くなった瞬間。
 ビッグケットはさもなんでもないことのように、
 さっきのサイモンの態度について言及してきた。
 そりゃ気になるだろうけど。
 言えるわけないんだよなぁ~~~~!!!

『…すごく、苦しそうな顔をしてたから。
 私に何か出来ることあるかな、
 って思っただけなんだけど…』

『ワァ、スゴクイイ子ダアリガトウ』

 じゃあ一発ヤらせてくれよ。

 なんて身も蓋も品も大人げもないことなんか言えない。
 これを言うくらいなら死にたい。
 わりと本気だよ勘弁してくれよ。

『………イヤァ……
 ア、ソレヨカオ前頬大丈夫カ』
『えー、話逸らすのか?』

『ヤ、逸シテルワケジャナ…アッ』
『あ?』

 そうだ。今日はあそこに行こう。
 ふとした思いつきが頭をよぎり、
 サイモンの瞳に希望の光が灯った。

『ヨシ、今日ハ教会ニ行コウ。
 オレノ悩ミモオ前ノ怪我モ両方解決スルゾ!!』











 早朝5時前。
 二人は朝日が登るのを眺めながら家を出た。
 中央セントラル北部の住宅街から
 南部に向かって伸びるメインストリートを南下する。
 時間はたっぷりある。あえての徒歩で移動した。

 二人で並んで歩くと、いつぞやの逆…
 東からの光で影が長く伸びた。
 ビッグケットは子供のように自分の影を踏み、
 跳ねながら進んでいく。

 一人遊びしつつ少し先を小走りで行く
 この黒猫の純粋さを見ていると、
 サイモンの心に巣食った邪な想いなど
 綺麗サッパリなくなっていくようだった。

(…正直、もうあんな気持ちになりたくない)

 息が詰まるような、醜い自分のことはもう忘れたい。

『おぉーい、見ろよ!ここ木苺の木があるぞ!
 採っていい?食べていいか?』

『アー、チョットクライナライインジャナイカ』

『やったー!』

 ビッグケットは本人曰く山育ち。
 植物の見分けは得意なようだ。
 道の脇に植えられた街路樹の中から、
 目ざとく実のなった物を見つけて
 食べるとわめいている。

(…木苺とか食べたことないな…)

 名前も植生もわかる。
 が、まず口に入れてみたいと思ったことがない。

(…人生エンジョイしてんなぁ)

 躊躇なく街路樹から木苺をむしり取り、
 口に入れるビッグケット。
 酸っぱ甘ーい!と感嘆の声を上げている。
 俺もあれくらい純粋な世界に生きられたら、
 どれだけ幸せだろう。
 …いや、決して馬鹿にはしてないのだけど。

 住宅街を抜け、中央南部に入る。
 ここは商店街が広がっているが、
 さすがに開いている店は一つもない。
 眩しい朝日に照らされて静まり返っている。
 そんな時間帯にどこへ行くというのか。
 もっともっと奥だ。

 商店街のさらに南、
 人工物より自然が目立つエリア。
 そこに鎮座しているのは、
 ゼウス教新興派の教会。

 豊かな自然の中に突如現れる、
 文字通り尖った印象の建築。
 多数の柱、緻密な装飾が目立つ
 少し古いが豪奢なゴシック建築には、
 これまた贅沢なステンドグラスが煌めいている。

 これは勝手に住み着いた亜人獣人の家とは違う。
 国が威信をかけて作った物だから、
 他の場所とは美しさが桁違いだ。

『わぁーーー、教会って初めて見た』
『ソウダロウナ。
 サ、ココハモウ開イテルカラ入ルゾ』

 好奇心で目を丸くするビッグケットを伴い、
 入り口に立つ。
 ギィ…。
 サイモンがやや重い扉を開けると、
 真正面…
 南側にステンドグラスで装飾された大窓が目に入った。

 真っ直ぐ伸びる通路、左右に多数の椅子。
 窓の前に主祭壇。
 ゼウス教の礼拝堂。
 来客を一番に出迎えるこの空間は、
 しんとして厳かな空気に包まれていた。

(…私、この神様っていうか
 神様自体信じてないけど入っていいのか)

(大丈夫。
 無宗教ダカラッテ怒ルヨウナ心狭イ神様ジャナイ)

 こころなしか小声で話しかけてくる
 ビッグケットに返事を返す。
 礼拝堂の中には誰もいない。

 しかしそれでも入り口が開いているのは、
 ここが怪我人や病人の治療院を兼ねているからだ。
 さすがに夜中や明け方、
 礼拝堂に常駐する聖職者はいない。
 が、何かあれば対応する担当はいる。
 そのうちここの気配を察して奥から出てくるだろう。

 …さて。

(神様に懺悔の祈りを捧げたいのは山々だけど、
 ビッグケットに隣に居られるのはなんか気まずいな…)
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