負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第11話06 男なら

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 サイモンが立ち上がり歩き出すと、
 ぴょんと跳ね起きた猫が後ろを着いてくる。
 重い扉に手をかける。
 ギィ……

「うわああああ眩しいーーーーー!!!」
『いい天気!!』

 教会の外に出ると、瞬時に朝日が二人の目を刺した。
 鮮やかに揺れる木々が目に入る。
 風に煽られ、ちかちかと光を跳ね返す緑が眩しい。
 日差しが強くなってきたなぁ。

『夏ッポクナッテキタナ~』
『そうか、もうそんな季節か。
 夏になったら何が美味いんだ?』

『オ前ガサッキ食ッテタダロ。
 ベリー。苺。ストロベリーパイ。
 全部コレカラ旬ダゾ』
『なんだ~、腹膨れそうなメニューじゃないのかぁ』

 石畳を連れ立って歩き出すと、
 ビッグケットがげんなりした声を上げる。
 黒猫の興味はやはり食の方が強い。
 これから楽しめるものがデザートと聞いて
 やや不満そうだが……

『でもま、これからずっと一緒なんだよな、
 約束だもんな!
 いっぱい美味しい物二人で食べような!』

 この先季節はいくらでも巡っていく。
 夏が来れば秋が来て、冬が来る。
 それに思い至ったのか、
 これからの展望を語り、
 心からの笑みを向けてきた。

 ……二人で、か。

 ビッグケット、お前はまだ友達も知り合いも少ない。
 これからもっとたくさんの人と知り合え。
 そんで、俺がいなくても大丈夫なくらい
 たくさんの人に愛してもらえ。
 それまでは……絶対離れないからな。

『アア、ソウダナ。
 金ナライクラデモアル。
 ナンデモ買ッテヤルヨ』

 サイモンが答えを返すと、
 やったあ、と黒猫が駆けていく。
 さっきまでとはまるで反対の屈託ない態度に、
 落ちたメンタルがしっかり持ち直したようで安心する。

(……見捨てられ不安、か)

 ふと、先程の切ない泣き顔が脳裏をよぎる。
 幼い子供が周囲から愛情を与えられずに育つと、
 他人の顔色を窺って生きるようになると
 どこかの本で読んだ。

 ビッグケットには祖母がいたけど、
 それでもきっと足りなかったんだ。
 ましてや早くに死んでしまったのだから。

 ……親代わりには全くなれないけど。
 出来ることはなんでもしてやろう。
 それが拾って一緒に暮らすようになった俺の義務だ。

『おい、おいてくぞー』
『ワ、戻ッテキタノカ?!』

 気づくと真隣にビッグケットが居た。
 随分先を走っていたのに、
 ぐるっと回ってここまで戻ってきたのか。
 ビビらせんなよ。
 サイモンがため息をつくと。

『お前、まだなんか隠し事してる?
 この際だから、溜め込んでるもん全部話せよ』

『ハ?別ニナイヨソンナン』

『いやだって。
 なんか足取りが重いからさぁ』

 ……言われてみれば。
 飯だ飯だと楽しそうなビッグケットに比べると、
 サイモンの足は彼女ほど軽くなかった。
 ……なんだろう?
 ふと考え込み、答えを探す。
 強いて言うなら……

『ジャア、俺ノ話。
 簡単ニスルカラ聞イテクレ』

『うんうん』

 今度は二人で並んで歩く。
 ちらほら人が歩くようになった商店街を抜けて、
 東部を目指す。

『俺ハ昔ッカラズット、
 本ヲ読ンダリ勉強スルノガ好キデ。
 デモソウイウノ、周リカラヨク馬鹿ニサレタンダ』

『え、なんで?』

『男ラシクナイカラ、ダッテ。
 決闘ゴッコニモ剣ノ練習ニモ興味ナイ男ハ男ジャナイ、
 おかまダ玉ナシダッテ指差シテ笑ワレタ』

『……!そんなの酷い、私が殴り殺してやる』

『待テ、コレ昔ノ話ダカラ。ソレデ……』

 遠い昔の記憶。
 隣の家に住んでいた幼馴染みの少年は、
 度々サイモンから本を取り上げた。

(もっと外に出ろよ。
 そんな暗い部屋の中にばっか居ると、
 キノコ生えるぞ)

 たくましく外を走り回る彼は、
 近所の子供達の中でもとりわけ大きく力も強くて、
 まだ背の小さかったサイモンは
 大抵彼に敵わなかった。

 窓越しに読んでいた本を奪われ、
 庭に放り投げられて唇を噛む。
 周囲の子供達も、少年と一緒になって
 サイモンの内向的な行動を嘲笑っていた。

(…仕方ないだろ、
 外よりこっちの方が楽しいんだから)

 そう何度主張しても、
 少年も周囲も誰も聞き入れてくれない。
 しまいには、味方になって欲しかった母親すら
 彼を否定した。

(サイモン、
 せっかくレニー君が誘ってくれてるんだから、
 少しは外に出たら?
 太陽の光は身体にいいのよ……)

 理由なんてなんでもいい。
 どうでもいい。
 否定された。
 受け入れてくれなかった。

 その全てが彼に根付き、
 苦い思い出として彼の奥深くに刻まれた。

(男のくせに)

(弱っちいな、人も殴れないのか。
 金玉ついてんのか、ないならこっち来んな。
 女と一緒に遊んでろ)

(そんなんで大人になったらどうすんだ?
 ひょろひょろで知識以外なんにもなくて。
 このまじゃお先真っ暗だぞ)

(彼女くらい作れよ、えっ興味ない?
 嘘だろぉ、男のくせに!)

 折りに触れ、何度も何度もかけられた言葉。
 うるさい。
 うるさいうるさい、
 なんで性別でなんでも指図されなきゃいけないんだ。

 俺は俺だ。
 やりたいことをやって何が悪いんだ……!
 思い出しただけでむかっ腹が立ってくる。


『あっ……
 もしかして私、
 さっき言っちゃいけない事言ったんだな?
 お前にとって一番。』

『…………アーー……ソウカモナ…………』


 ほら、したいならヤれよ!!


 さっきビッグケットに言い放たれた言葉。
 その頭は省略されていたけど、そうだ。


 男ならどうせヤりたくて仕方ないんだろ、
 ほらヤれよ。


 そういう意味合いの言葉だった。
 はっきり認識するとかなりムカつく言い分だな。
 馬鹿にしやがって。


『あっ、ごめん!ごめんごめん!
 一番言われたくなかった言葉だよな……!』

『……イイエエ、ヤリタイノハ事実デスヨ、
 事実デスケドォ、
 「男ダカラ」ッテ
 決メツケラレタクナインダヨナァ……』

『あーーーっごめんなさい!
 二度と言わないから許してくれ!!』

 明後日の方向を向くサイモンに対し、
 ビッグケットが必死な様子で両手を合わせる。
 ああ、なんか胸がすっとした。

 ビッグケットが言うとおり、
 このやりとりがどうにも胸につかえていたんだろう。
 ようやくこの晴れ空に負けないくらい心が澄み切った。

『イイヨ、コレデ今度コソオシマイ。
 サ、サンドイッチ食イニ行コウ』

『行くーーー!!』

 鞄は持ってこなかったが、
 服のポケットにお金を入れてある。
 しばらく歩けば東部の出店街に着くだろう。

『今日ノ具ハ何ニシヨウカナァ』
『私肉!
 あとポテトサラダと、シードルと、
 デザートは何にしようかなぁ』

『相変ワラズ朝カラカッ飛バスナ……』
『だって!
 無駄に泣いたら腹減っちゃったから!』

 明るく返事を返し、
 晴れやかな笑顔を浮かべるビッグケット。
 初夏の近づく街を行く彼女には、
 そしてそれを見守るサイモンにも。
 迷いも悩みも全くなくなっていた。
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