負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第12話06 悪魔の天秤

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 「お前が望む限り一生一緒だよ」。

 なんてあえて口には出さない。
 きっと今言ったらビッグケットは泣いてしまう。
 これから闘技場に行くんだ、
 気持ちよく全力を出せるよう
 メンタルのサポートをしてやらなきゃ。

『バアチャンノれしぴぶっく、オレモ楽シミ。
 美味イ料理ガタクサンアルンダロウナ!』

 サイモンは黒猫の気分を変えるため、
 あえて食べ物の話題を選んだ。
 すると萎れていたビッグケットの耳がすっくと立ち、
 本人も笑顔で顔を上げた。

『そうか、サイモンも食べてみたいか!
 じゃあ今度血のソーセージ作ろう!な!!』

『イヤ、ソレハイラナイカナ』
『なんでだよ!!??』

 まぁ、文化の溝は追々埋めるとして。










『マタ来タゼ!今日モヨロシクナ!!』
『今日も勝つぞー!』

 17時過ぎ、大階段の底。
 この数日何度も来ている地下闘技場に、
 今日も辿り着いた。

 足掛け5度目の来訪。
 いい加減来慣れてしまい、気負いも何もない。
 強いて言えば、
 またビッグケットの裸を見なければならないのか……?
 という懸念があるくらいか。

 もし今日またそうなら、
 今度こそサイモンの精神力が試される。


『いいんだぞ、お前なら抱かれても』

『どうせ初めてならお前がいい…』


 囁かれた甘い言葉が頭の片隅をかすめ、
 慌てて首を振る。
 いやいや、神に誓ったんだ。
 もうそんな下世話な感情には振り回されないぞ。

 ……とはいえ、こんな状態で
 もう一回あの子の裸を見てしまったら……
 いやいやいや、勘弁してくれ!

(昨日素っ裸にしても動じなかったんだ、
 どうせハンデつけなきゃいけないなら
 別の要素にしてくれ…!)

 受付に頭を下げ、長い洞窟然とした通路を進む。
 最悪の場合裸+さらなる妨害、
 なんてことになりえるけど……あーもーっ!

『ビッグケット、大丈夫カ。
 最悪今日モ何カサレルケド……』

『ふん、主催側が何をしてこようと私は勝つ。
 並の人間が私に傷をつけられるもんか』

『オッ、強気~カッコイイ!』

 少々心配だったビッグケットのメンタルは
 大丈夫そうだ。
 むしろ鬱憤を気持ちよくぶつけてやると言わんばかりに
 瞳を輝かせている。

 気合い充分!
 こうなりゃ妨害でもなんでも
 かかってきやがれってんだ!

 やがて細い道の終わり、
 控室の入り口に辿り着く。
 さ、貴族のオッサンは今日こそ来るの諦めたかな?

「って……」

『なんだこりゃ?』

 いつもだったら
 わいわい20人ほどの人間がすし詰めになり、
 くだらない会話に花を咲かせている闘技場控室。
 今日は、どうしたことだろう。

『……誰モイナイ……』

 そこはがらんとして無音が広がっていた。
 右も。左も。
 人の気配という奴がない。

『いや、サイモン。見ろ』

 ビッグケットに声をかけられる。
 黒猫が指さした方向を見ると、
 い、た。居た。
 居たが、これはどういうことだ。

 洞窟のごとく岩をくり抜いて作られた空間。
 その隅っこの隅っこに、小さな人がいた。
 これは、うさ耳にふわふわの手足。
 小柄なアルミラージの女性だ。
 うずくまるように小さく三角座りをし、
 身体を震わせている。

『……へぇえ、今日は女同士でタイマン張れってか。
 趣味悪すぎだろ……!』

『ウワ、コレハ予想外。
 ドウ切リ抜ケルカナ……』

 ビッグケットが拳を突き合わせ、
 サイモンが腕を組む。
 しかし二人の心配は次の瞬間、
 あっさり否定された。

「今日の対戦相手は
 そこの女性じゃないですよ」

 静かに現れ、慇懃な態度で声をかけてくる男がいる。
 案内係だ。

 昨日ロクでもない特別ルールを突きつけてきた。
 この口調、恐らく今日もそうなんだろう。
 無意識にサイモンが男を睨みつけると、
 案内係は慇懃に……
 いや、慇懃無礼な様子で口角を上げた。

「結論から言います。
 ビッグケット選手には今日も特別ルールを科します。
 相手はそこの女性ではありません。

 サイクロプスです」

「はぁっ!!??」

 反射的に大声が出た。
 サイクロプス。
 人型の、しかしヒトではない。
 紛れもなく怪物。
 モンスターのくくりだ。

 目玉が一つで一本角を持ち、
 数メートル級の体躯を誇る。
 当然ビッグケットより数段怪力。
 まともに戦えば四肢がバラバラになるのは
 ビッグケットの方だ。

 運営サイド、黒服の男たちは
 あくまで下品な趣味の主人に「仕えているだけの奴ら」。
 そう思っていたが、
 狼狽えるサイモンの様子を見てせせら笑っているその姿。
 こいつも相当イカレ野郎だ。

「もちろん辞退も可能です。
 しかしその場合、そこの女性が
 対戦相手にスライドします」

「えっ……!」 

「お客様はもう会場入りしています。
 私達が提供しているのはショー、
 エンターテインメントです。
 お客様の信頼と期待を裏切るわけにはいきません」

 淡々と、いけしゃあしゃあと。
 気色悪い薄笑いを浮かべながら紡がれるその言葉、
 信じられない。
 サイモンは血の気が引くのを感じた。

 昨日なら穏便に辞退することが出来た。
 しかし今日はサシの勝負を用意したため、
 ビッグケットが出ないと対戦相手に穴ができる。
 その穴を、ここにいる女性が埋める……だと……!

「……汚い、汚いぞ!
 ビッグケットとこの人、
 どっちかに死ねって言うのか!?」

「おや、可笑しな事をおっしゃる。
 『ここ』に来た時点で
 死ぬ覚悟は出来ておられるはず。
 それを今更反故にしようなどと……
 子供の戯言でしょうか?」

「……ッてめぇ……
 八つ裂きにしてやろうか!」

「なんとでも。

 しかし私を殺してもルールは覆りませんよ。
 さぁ、どうします?
 その顔を見る限り、
 サイクロプスが何者かわかっているんですよね。
 さぁ、お嬢さんに通訳を。
 ぜひ本人に選ばせて下さい」

「ッ…………糞が……!!」

 共通語で案内係を罵るサイモン、
 あくまで冷静な様子の案内係。
 両者を見たビッグケットは、
 二人が何かとてつもなく
 不穏な会話をしているのだと察した。
 小声でサイモンに話しかける。

『どうしたサイモン。
 こいつ殺せばいいか?』
『……イヤ、ソレハ無意味ダ。
 ……イヤ……』

 いっそビッグケットの瞬発力にかけて、
 この女性と自分を抱えさせて
 ダッシュで逃げ出すべきか?

 いや……仮にこの黒服を殺して走り出したとしても、
 帰りは長い一本道だ。
 走りきった所で
 入り口で一網打尽になるだろう。

 それにいかに怪力ビッグケットでも、
 この道の狭さじゃ
 女性とサイモン二人を抱えることは出来ない。

 ……くそ、この入口なんでこんなに通路長いんだと思ったら、
 よく考えられてるじゃないか。
 逃げるのは正攻法じゃ無理だ。

(なら正攻法じゃなければ?
 上?下?
 とにかくこいつらに捕まらなきゃいい。
 時間さえ稼げれば、こっちにも打つ手が……)

 この間コンマ数秒。
 サイモンがどうすべきか思案を巡らせていると、
 黒服の案内係はにたりと唇を歪めた。

「おや、逃げ出す手立てでも考えているのでしょうか。
 残念ですね、対戦相手の候補はもう一人いますよ。
 こんなこともあろうかと、
 ステージの向こう側に控えさせています。
 この女性を助け出しても
 もう一人が犠牲になるだけです」

「げっ、外道……!!
 そこまでするか普通!?」
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