負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

文字の大きさ
上 下
116 / 137
第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第16話01 会場入り

しおりを挟む
「…………」

 刻一刻と、試合開始の時が近づいている。

「……………………」

 一行は早めの夕飯を取るため、
 この街で数少ない
 エルフ料理を出す店に来ている。

 ジルベールの案内で辿り着いたわけだが、
 まぁエルフ料理の華やかな事。
 グルメに目のないビッグケットは当然目を輝かせたし、
 生まれも育ちも人間ノーマンの国だという
 ハーフエルフのジュリアナも大層喜んだ。
 曰く、たまに母が作ってくれた思い出の味なのだという。

 果物、野鳥やヤギ、乳製品、
 そしてハーブで香り高い仕上げ。
 エルフ料理完全に初体型の面々は
 「これが異国の味か」などと喜んだ。
 その最中さなかで。

「………………………………」

 一人、難しい顔で黙り込んでいる人間がいる。
 見た目ジルベール、中身サイモンだ。
 緩慢な速度でスプーンを動かし、
 あまり食事が進んでいない様子だ。

「おいジルベール、何辛気臭い顔してんだよ?
 うんこか??」

 それをからかうのは中身ジルベール、
 見た目サイモン。
 見た目に合わせて振る舞っているのだとわかっていたが、
 ジルベールが突然とんでもない事を言い出したので
 ジュリアナがぎょっとそちらを見ると、
 中身サイモンもジルベールのそぶりで
 口を尖らせた。

「違いますぅう、
 失敗した場合の救済策が万全に整ったから、
 改めて運営をどう脅すか、
 色々シミュレーションしてたんですううう」

 そう、ここまでお膳立てされたくせに
 自分の手腕で失敗するなんてかっこ悪い。
 そこでサイモンは改めて
 自分の思考を整理していた。

 まず魔法使いの背後をとり、第一声で言う事。
 どういう言葉を選び、どの順序で言えば
 効果的に相手を揺さぶれるか。
 予測される相手の反応。
 こちらの思惑通りだったら、予想と違ったら。 

(……あっ、最悪一発離脱でいいのか)

 そういえば、まず今日のアナウンス役が
 サイモンの予測した法則の通りじゃないと
 話が始まらない。
 中身サイモンは顔を上げ、
 向かいに座る魔法使い二人をちらりと見た。

「なぁ二人共、いざって時は
 俺からもアウトサイン出していいかな。

 そういや今日のアナウンス役が
 そもそも魔法使えなさそうだったら、
 完全にアテが外れるわけだし。
 そうなったらもうその時点でアウトだし」

「ああ、いいんじゃね?
 サイモンさんがやっぱり大きく手上げてくれたら、
 バツ作るでもいいけど、
 なんかアクションしたら
 即離脱出来るようにしておくよ」

 老人の姿をしたエリックは
 なんでもないことのように頷いた。

「あと……」

 そこで同じく老婆の姿のジュリアナを見て。

「ジュリアナ、変身魔法ってどこまで出来るもんなんだ?
 例えば……俺が虎になる!とか出来る?」

「いえ、それは普通に無理です。
 もちろん出来る魔法使いもいますけど、
 私は無理です。
 基本的に人相を弄るのが関の山ですね。

 ただし体格……構成成分さえ変わらなければ、
 見た目も色も思うままです」

「そうか……」

 てことは
 突然大きなモンスターに変身して脅すとかは
 出来ないのか……。

 ん?

「じゃあ、ピンチになって離脱した後は
 見た目変身すれば逃げやすくなるってことだよな。
 ぽんと出口に出て、
 追手が来るまでにちゃちゃっと出来たりする?」

「あっ、それなら出来ます。
 理想は今から身体に魔法陣を描くことですけど、
 あんまり描くとバレかねないので、
 とりあえずどんな感じにするか
 私の方で術式を組んでおきますね。
 設計図があれば少しは時間短縮出来るので」

「うん、ありがとう」

 ジュリアナの返事を聞き、
 頷く中身サイモン。
 ……よし、じゃあ勝ちをもぎとれるかどうかは
 やっぱり俺次第ってことだ。
 後腐れさえなければなんでもいい。
 脅す、煽る、媚びる、同情を乞う……

 そうだ、最悪闘技場の詳しい情報を
 王国にリークするってやり方もあるな。
 そこまで言えば連中はかなり焦るに違いない。
 あとは……、………………。

『あらら、また黙っちゃった』

『昨日家でもこんな感じだったぞ。
 サイモン、考え込むとフリーズするんだ。
 面白いぞ、この状態で
 一時間とかそのまんまだから』

『わーっ、そいつはすごい。
 サイモン君はよっぽど考えることが好きで
 得意なんだねぇ』

 言葉が途切れた中身サイモンを
 中身ジルベールとビッグケットが
 面白そうに見ている。

 伏せ目がちに難しい顔をしている中身サイモン、
 つまり見た目ジルベールは
 かなり声をかけづらい雰囲気だ。
 一行はこれ以上茶化すことなく
 粛々と食事を進めた。
 やがて。

「……ん、決めた!
 これならいけるだろ!」

 思考がまとまったようだ。
 そしてがつがつ残りの食事を食べ、
 ごくりと飲み下す。
 ガタンと立ち上がる。

「……よし、行こうみんな!
 いざ決戦の場へ!!」

 時刻は午後5時。丁度開門の時刻だ。
 全員が頷き、各々静かに立ち上がる。
 会場に着いてしまえば
 ビッグケット&ジルベール組とは連絡が取れない。
 まず最初に身体検査を無事抜けてくれることを
 祈るしかない。

「……頼んだよ、サイモン君。
 とにかく君が中を通り抜けてくれないと
 駄目なんだからね」

 中身サイモンが中身ジルベールの肩を叩くと、
 中身ジルベールもにっと口角を上げる。

「おーよ、任せとけ。
 どうにか無事にバトンタッチしてやるから。
 最後は任せたぞ、
 全員の命がかかってんだからな」

 こくりと頷きあい、会計を済ませ。
 5人は連れ立って歩き出した。
 向かうは最終決戦、闇の地下闘技場!
 









「じゃあ、ここからはビッグケット以外全員
 見た目通りに振る舞うこと。
 最悪入る前に非常事態が起きたら
 俺の指示に従ってくれ」

 住宅街ど真ん中、仕掛け扉の前。
 サイモンが最終確認すると、
 全員が無言で頷いた。
 正確にはビッグケットはジルベールの通訳越しなので、
 若干タイミングがずれたが。

「まずは先頭がジルベールで、
 次がビッグケット、
 少しタイミングをずらしてエリックとジュリアナ、
 最後にまたずらして俺が入る。

 魔法使い二人は階段の底までついたら
 それとない感じで俺を待っててくれ。
 一緒に入ろう。

 その間ビッグケットとジルベールは
 裏口から中に入ってくれ。
 ジルベール、ビビんなよ。
 お前が会話の主導権を握るんだ。
 怪しいと疑われるからな」

「……わかった」

「よし、開けるぞ!」

 石の仕掛けを解き、階段を出現させる。
 緊張した様子の中身ジルベールと
 明るく手を振るビッグケットを見送り、
 エリックが
 それとなくジュリアナの手を引いて降りていき、
 そして中身サイモンもそれに続く。

 暗く長い螺旋階段。
 ここを下るのは今日が最後だ。
 こんな地下の底が
 全員の棺桶になるなんてとんでもない。
 絶対生きて、
 そして勝利の栄光を掴んで外に出る!

「……いらっしゃいませ。
 勝ち抜き戦への出場ですね……」

 中身サイモンが階段を下るその先で、
 受付男がジルベールたちに
 話しかけているのが聞こえる。
 こっちは見た目が違うから当たり前だが、
 自分がビッグケットの隣にいないのは
 少し不思議な気がした。

 ……ビッグケットと出会って6日。
 もうそんな感覚になったのか。

 なんとなしに下を見ると、
 受付と中身ジルベールが何やら話している。
 その内容が分からないビッグケットは、
 暇ついでに面白そうな顔で
 中身サイモンを見上げていた。

(……こら、こっち見んな……!)

 聞こえてもまずいので
 口パクとジェスチャーで
 ビッグケットに話しかけると、
 ビッグケットはにこりと笑みを浮かべて
 受付たちの方に向き合った。

 ……はぁ、ホントに大丈夫かなあいつら。
 一々気が気じゃない。
 どうか上手くいきますように……。
 あえて中身サイモンが目を反らすと、
 ビッグケットたちは無事中に入っていった。

 ……作戦開始までもう少し。
しおりを挟む

処理中です...