負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

文字の大きさ
上 下
115 / 137
第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第15話09 円陣

しおりを挟む
「……じゃ、サイモンさんは髪を整えましょう」

 最後にエリックが
 ビッグケットの耳に魔法を描いてる間。
 中身サイモンはジュリアナの前に椅子を置き、
 髪を結われていた。

 ジルベールの緩くウェーブした長い髪。
 丁寧に梳いてせっせと編み、
 くるりと頭の上で捻って丸める。
 最後にぶすりとかんざしとやらを挿して
 終了だ。

「……これが猛毒のついた髪飾り……」

「今はそれと分からないようキャップをしてありますよ。
 有事の際はキャップを取ってください。
 ハチャメチャに研いで尖らせておきましたので、
 刺さるはずです」

「あの、はい、ありがとうございます……」

 これが正しい返事なのかわからないが、
 とにかく。準備が終わった。
 ジュリアナが鏡を持ってきたので覗き込む。
 すると中に居たのは、
 空色の瞳を持った美しいエルフの顔だった。

 ……あっそうか、今ジルベールの見た目だった。
 今更だけど……

 てことは、さっき見られてたのは
 ジルベールの股間なのか。
 ……てことは………………
 ジルベールの反応が
 俺の身体で再現されてたわけで……

(うわああああああああ……!!!)

 恐ろしい、考えたくもない。
 が、もう終わったこと!忘れよう!!!
 サイモンは頭をぶんぶん振る。

 二人もプロだ、大丈夫……
 きっとすぐ忘れてくれるさ……!
 もうそれに賭けるしかない。

『おっ、サイモン男前じゃないか~。
 裸こんな感じなんだな、
 でもこれで少しは飯食って太ったのか?
 っそいな~~~』

 ふと気づけば、向こうの方で
 ビッグケットが呑気な声を上げていた。
 えっ待って、裸って下まで見てないよな!?
 慌てて駆け寄ると、

「おお……」

 さっきも見た自分の身体。
 炎の意匠をイメージした魔法が描き込まれた
 上半身を露わにした、
 中身ジルベールが
 ズボンを履いて椅子に座っていた。

 中身サイモンの声に気づいたようだ、
 こちらをじろりと睨む。
 その荒んだ瞳はなんとなく、
 ジルベールというより
 サイモン本人に近い印象に思えた。

(いや、俺ここにいるんだけど)

 とにかく、ビッグケットが感嘆の声を上げたのも
 わかる気がする。
 ……ちょっとかっこよかった。
 まぁ、単純に女の人に股間撫でくり回されて
 疲れ切っただけなんだろうけどな。

『サイモン君ドウシタノ、目ェ死ンデルヨ?』

 茶化すように声をかければ、
 中身ジルベールは一層こちらを睨んだ。

『……うるせぇな、こちとら大変だったんだよ。
 中身俺なのに……っ、
 くそ、なんなんだよ!

 ちょっと!
 体が人間ノーマンだからか知らないけど、
 偉い大変だったんですけど?!
 すごい引きずられたんですけど?!!』

 中身ジルベールは
 途中までサイモンの素振りで返事をしていたが、
 途中から諦めた。

 ……というのも、ははぁ?
 精神、魂はエルフのジルベールだったが、
 肉体を人間ノーマンと交換すると……
 ふぅん。
 肉体の反応は精神関係なく
 肉体の方に引っ張られるのか。 

 つまり、メチャクチャ勃ったか
 勃ちそうだったんだな。

「ふくっ……ふふ、ふふふ……!!」

『笑わないで!本気で大変だったんだからー!!!!』

『イヤ……ゴメン……人間ノーマンガソノ……
 浅ハカデ……ゴメッ……』

『もーーー勘弁してよ!!!!!!』

 必死に笑うのを堪える中身サイモンと、
 ぷりぷり怒る中身ジルベールを見つめるビッグケットは、
 全く事情が飲み込めてなかったが。


「これにて全準備完了です。お疲れさまでした」


 ジュリアナとエリックが頭を下げ、
 サイモン、ジルベール、ビッグケットが
 それに応えて礼をする。

「……って、二人ももう変身したのか」

「そうですね、
 私達も演技に慣れておかないといけないので」

 「一旦全裸組」が全ての衣類を身につけ、
 中身サイモンが腰にナイフを差している間、
 魔法使い二人もまた
 変身という形で支度を整えていた。

 ジュリアナがノームの女性に扮し、
 小さな老婆に。
 エリックは人間のままだが少し前傾姿勢を取り、
 やや小柄な体格が丁度いい塩梅だ。
 優しそうな老人男性の姿になっていた。

「……この見た目で闘技場に行くんだ……」
「そりゃまぁ、娯楽は娯楽ですから……」

 そりゃあ真理だが。
 どう見ても人の良さそうな異種夫婦。
 これで二人が連れ立ってあそこに行くのかと思うと、
 ちょっと笑ってしまいそうだった。

「サイモンさん、笑いごとじゃないぞ。
 ここまで来たら、あとはサイモンさん、
 アンタの推理と交渉に全てがかかってる。

 運営に何を言うか知らないけど……
 魔法使いを脅して反則負けを認めさせるとこまで
 持ってくんだろ。
 頑張ってくれよな」

 しわがれているが、確かにエリックの声がする。
 ……そうだ、準備して終わりじゃない。
 本題はここからだ。

 会場に入ったらまず運営本部までひたすら近づく。
 試合開始前なら、
 良い席を探しているだけにしか見えないはずだ。

 そして、試合が開始したら本部に急襲をかける。
 サイモンの見立てだと
 ここからオーガが暴れ始めるから、
 時間との戦いになる。

 ビッグケットがオーガを引き付けて
 観客と自分の命を守ってくれている間、
 なんとか運営と駆け引きして判定勝ちをいただく。
 ……そこまで持っていかなくては。

「……ああ。
 今回たくさんの人の手を借りた。
 絶対成功させてみせる。
 目指すは判定勝ち、殿堂入り、
 そして金貨50枚!!!」

『ヤロウゼビッグケット、
 今日ガ最後の戦イダ!』

 中身サイモンが拳を出すと、
 サイモンの予想通り中身ジルベールが
 通訳してくれていた。
 ビッグケットはニヤリと笑い、
 同じく拳を突き出す。

『……どこまでやれるかわからない。
 けど、私はお前を信じている。
 ……やろう、勝とう、最後まで!
 生きて帰ろう!!』


 こつん。


 二人の拳がぶつけられた。
 それを二人の魔法使い、
 そしてサイモンと肉体を交換した
 ジルベールが見つめている。
 全員力強く頷いた。



 ただ今の時刻、午後3時半。



 運命の勝負開始まであと2時間半。
しおりを挟む

処理中です...