負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

文字の大きさ
上 下
119 / 137
第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第16話04 サイモン&猫VS最凶の✕✕✕!

しおりを挟む
 今サイモンが居るのは
 客席の丁度中程の高さ。
 右手に魔法の鏡があり、
 そこを北と呼ぶなら
 ここは丁度真東にあたるので、
 しばらく走らなければならない。

 柄の悪そうな男たちが
 客席にひしめいている。
 今日はもしかしてビッグケット第一戦、
 バルバトス最終戦より
 人が入ってるかもしれない。

 そりゃそうか、
 史上初の女性勝ち上がり、
 そして殿堂入り王手だ。
 今後二度とそんな人材現われないだろう。
 仮に現れたとしても、
 あんなに鮮やかに勝利する女性なんて
 いるわけない。

 間違いなく今世紀最初で最後、
 最大のショーになるはずだ。

(もう少し……)

 歩き回る客を避けて、
 階段を上がったり下がったり。

 さらに狭い客席の隙間を
 急いで走り抜けるのは、
 体力のないサイモンには
 なかなか大変な事だった
 (まぁ肉体はジルベールだが、
 体力的に同レベルだろう)。

 ……もう少し!
 最後に本部が見下ろせる高さまで
 駆け上がる。

 本部らしきスペースの天井は
 観客席と柵で区切られ、
 その上でひさし状の屋根がついており、
 観客席から見えない。

 しかしこれは好都合。
 ここからぶら下がりつつ飛び降りれば、
 完全な奇襲が出来るし、
 飛び降りて怪我するリスクを減らせる。
 ……目算2メートルちょいってとこか。

 ただし、強いて言えば
 かなり相手を驚かせるし、
 もし相手がやり手の魔法使いであれば
 格好の的になる。

 初撃を防げた所で、
 離脱の合図を上手く出せるだろうか。
 最悪連撃を食らってお陀仏だ。

(……いや、悪い想像ばかりするな。
 大事なのは対処出来るかだ)

 連撃の可能性を思いついたなら、
 備えればいい。
 どのみち襲撃時変身を解除するんだ、
 飛び降りと同時に髪飾りを掴んで
 攻撃の準備をしておけば……
 抑止力くらいにはなる。

 相打ち覚悟で相手の首を狙え。
 五感ごと操れる相手じゃなければ、
 魔法を撃つ瞬間に急所を取れる。
 もしアテが完璧に外れれば
 あっさり死ぬが、
 その場合はジュリアナとエリックに任せよう。

 ……とりあえず、
 ジルベールの身体だけは
 巻き込まれないうちに
 本人に戻してやらないとな。

 ……よし、イメージトレーニングオッケー。
 メンタル正常。
 気合充分、いつでも来い!

 サイモンは知らず笑みを浮かべて
 柵を握りしめた。
 やがてポンポン、と拡声器マイクを叩く音が聞こえる。
 ……始まる!

〈皆様お待たせしました!
 シャングリラ闇闘技場本日の部、
 まもなく開始です!〉


 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!


 今まで聞いた中で一番の歓声。
 初戦でビッグケットが勝った瞬間と
 どちらがでかいだろう。

 しかし、こんなに好意的に盛り上がった客の声は
 間違いなく初めて聞いた。
 これまではオーナー席で聞いていた声。
 今は周り中から聞こえるので、
 ビリビリ振動が来る。

〈実況は私、
 人魚のペルルがお送りしています!
 今日はついに特例尽くしの
 ビッグケット選手最終戦!
 皆様盛り上がって参りましょう!

 さぁ、まもなく出場者入場です!!〉

 ……読み通り。
 アナウンスは魔法の得意な人魚だ。
 とりあえずまだしばらく前口上があるから、
 他の客の邪魔にならないよう
 しゃがんでおこう。

 不審がられるかもしれないが、
 こっちの見た目はエルフだし、
 初めてで不慣れで~なんて言っときゃ
 大丈夫だろう。

(…………)

 一応ちらりと周りを見渡す。
 こちらに向かってくる人間はいない。
 警備員的に立っている人間もいなかった。
 このままなら無事作戦が決行出来そうだ。

〈まず先に!
 皆様お待ちになっているでしょう、
 殿堂入りがかかった連勝チャンピオン!
 ケットシー混血女性、
 ビッグケット選手のお披露目です!〉


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!


 またしても轟音のような歓声が上がる。
 残念ながら大鏡はサイモンの頭上。
 こちらからでは死角に当たる入り口も見えないし、
 相棒の表情は伺いしれなかったが……
 ビッグケットが入場したようだ。

〈皆様これまでの戦いぶり、
 見ましたでしょうか?!
 降りしきる血の雨、
 殺しを厭わないクールな瞳!

 私もすっかりファンですっ、
 キャーーービッグケットちゃーーーん♥♥♥〉

 最後は完全に公私混同だった。
 しかし、会場の客はアナウンス担当の奇声も
 意に介さない。
 わぁわぁと声を上げて
 ビッグケットを応援していた。

 ……来た。
 ステージに小さなビッグケットの姿が
 現れた。

〈本日はビッグケット選手最終戦、
 昨日に続いて
 スペシャルプログラムをお送りいたします!

 衣装は対怪物の持ち込み等を防ぐため、
 こちらが用意いたしました!
 この数日を盛り上げてくれた
 ビッグケット選手に感謝して……
 特別な物にしております!〉

 ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 そこで一際大きな歓声が上がった。
 多分今鏡を見れば
 ビッグケットの特別な衣装とやらが
 見えるんだろうが、
 角度が悪くて
 ここからでは見えない。

 遠目で見る限り、
 白っぽい軽装で
 元の服と変わらないように見えるが……
 客の反応がすこぶるいい。
 可愛いかセクシーか
 どちらかなんだろう。

〈さぁ、そして!そして!!
 おまたせしました、
 本日ビッグケット選手と死闘を繰り広げる
 怪物モンスターは……
 皆さんビビらないで下さいねぇ、
 お客様の安全は運営が保証しますので!

 ご覧下さい!
 人類最強にして最も禍々しい最凶、
 暴虐のオーガです!!!〉


 ウワァアアアアアアアアアア!!!??


 観客からどよめき混じりの悲鳴が上がる。
 サイモンの視界の先、
 鏡の下を北と呼ぶならあちらは西側だ。
 ズルリと洞穴を塞ぐ柵が上がり、
 中から大きな人影が出てくる。

 ……オーガ。
 シャングリラに住んでいれば、
 何度も何度も
 「オーガに気をつけろ」
 という言葉を聞く。

 外に出るな、夜に気をつけろ、
 他の街に行くなら単独行動をするな等々。
 しかし実物を見るのは本当に初めてだ。

〈見てください!
 この、ムキムキ!巨体!凶悪な顔!!
 血と殺戮を求めて夜な夜な歩き回るという
 残虐な姿!
 さぁビッグケット選手、
 これに勝てるのか!?〉

 遠目だが視線を下ろす。
 真っ赤な肌、額に二本の角、
 振り乱した長い黒髪。
 脚を出した簡素な服を着ており、
 身長は昨日のサイクロプスより小さいくらい……
 2~3メートルといったところか。

 しかしサイクロプスのような
 鈍重さは感じられない。
 引き締まった体躯、長く筋肉質な手足。
 あいつらはその気になれば
 どんな獣より速く走り、高く跳ぶ。
 一説には巨大ドラゴンすら
 一人で倒すという。

 それだけ頑丈で怪力な生き物が、
 小さなビッグケットと向かい合っている。
 サイモンは思わず
 目の前の柵を握りしめた。

(……あんなのと、
 防戦重視とはいえ戦うのか。
 ビッグケット……)

 心臓がギュッと絞られる心地だった。
 早々に話をつけないと、
 ビッグケットが本当に死んでしまう。

 いざとなったら
 エリックに助けを呼ぶことになっているが……
 脚一本平然と折る女だ。
 負けん気も強い。
 きっと、本当の本当に駄目になるまで
 降参なんてしないだろう。

 その時、彼女がちゃんと助けを呼べるかは
 怪しい。

(……俺が、助けるんだ。
 試合開始までもう少し!!)

 奇遇ながら、
 さっき改めて運営が強調してくれた。
 不正は許さない。
 しかし客の安全は運営が守る。

 つまり、サイモンが運営側の現実、
 魔法使用という事実を突きつければ
 言い逃れ不可ということだ。

 今か今かと心臓を高鳴らせながら、
 アナウンス担当ペルルの楽しげな声と
 観客の賭博タイム終了を待ちわびる。

 なお今日の総客数は破格の6万人越え、
 ベット先はさすがにオーガ優勢だという。
 そんなんどうでもいい、もうすぐ。
 もうすぐ俺は運営を襲撃する。

 ジュリアナとエリックもきっと
 固唾を飲んで待ってる。
 早くしろ!

〈……では、
 運営側の準備が整いました!
 選手の皆様いいですか?!
 始まりますよー!〉

 ……今!行くぞ!!

 サイモンが見下ろす先、
 小さなビッグケットも戦闘の構えをとった。
 初戦の緩慢な態度とは一変、
 アナウンスの言葉をそれなりに理解して
 開始前から相手の攻撃に備えている。

 ……さぁ、俺たちの。
 一世一代の大舞台が始まる!


〈レディイイイイ、〉


〈ゴォ!!!!!〉


 その言葉を合図に、
 サイモンはバッと立ち上がり
 柵に足をかけた。
しおりを挟む

処理中です...