負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第16話08 お人好し

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 体勢的に、サイモンからは
 ペルルの表情が見えない。
 しかしこれまでの展開から考えて、
 ペルルが口から出任せを言っているのは
 明白だった。

 人を殺す魔法は様々あるが、
 もし綺麗にサイモンのみ排除出来る魔法があれば
 とっくに使っているはずだ。

 元々そう睨んでいたが……
 ペルル含むアナウンス担当は
 あくまで「護衛」。
 貴族たちを無事逃がすための魔法は持っているが、
 賊を撃退する攻撃的な魔法は持ってないのだろう。

 魔法使いというのは万能ではない。
 生まれた血でいわゆる
 「使える属性」が決まっている。
 どんなに鍛錬を積もうと、
 自分の持ってない「属性」は習得出来ない。

 つまり、今の時点で
 ペルルに反撃の手立てはない。

 よほどお人好しで、
 極力死の魔法は使いたくないという線も
 残っているが……
 ここまで主人と自分が追い詰められて
 使わないというのも、
 護衛として間抜けだろう。

 ……あとは、
 いつ根負けしてくれるかが勝負の鍵だ。

〈……諦めろ。
 そんな魔法「持ってない」んだろ〉

〈おや、魔法に関して
 そこそこ詳しいオーナーさんが
 「コレ」をご存知ないとは、
 予想外ですね〉

〈ハッタリだろ?
 あんまグダグダしてっと
 マジで殺すぞ〉

 暗器の切っ先を
 ペルルの首に強く押し当てる。
 もう少しで本当に刺さりそうだ。
 しかしビビってると
 悟られるわけにはいかない。

 躊躇なく、もう少しだけ……!

〈……ハッタリなんかじゃないですよ……!〉

 !?

 思わず、慌てて周囲を見回す。
 もしかして、会場そのものに
 魔法の外敵排除システムがついてるのか!?
 もしそれの作動に
 時間がかかるとかだったら……
 くそ、会場全体を巻き込むとは思えない。
 犠牲になるなら俺だけだ!

〈……オーナークン。私は決めたよ〉

 そこで主催者が声を上げた。
 おっ、折れてくれんのか!?
 最悪ペルルを殺して
 オーガを制御不能にしてから
 主催者を脅すというやり方もあった。

 しかしそれでは
 ペルルも客も死んでしまう。
 無血開城を望むサイモンとしては、
 出来れば避けたい展開だ。
 そろそろ折れて欲しいなぁ!

〈わかった、認めよう。
 今まで私達は
 アナウンス担当に
 魔法使いを使っていた。

 しかし、これはただの怠慢だ。
 会場の設備を整えるより、
 魔法使いのアナウンス担当を用意する方が
 簡単だったからな〉

 ……?
 何を言い出したんだ。
 サイモンはペルルを抱く力を緩めず
 主催者を見る。

〈だからこれからは体制を改めよう。
 会場を新たな形にする。
 お前の言うとおり、
 観客の視界を妨げず
 安全を守れる形にしよう。
 約束する〉

〈……ってことは……!
 こっちに判定勝ちを
 くれるってことだな?!〉

〈いや、私が認めたのは
 お客様が不安になるような
 運営体制だったことだけだ。
 お前らに勝ちを譲る気はない……!〉

〈へぇ!
 じゃあペルルと客が
 死んでもいいんだな!!
 よーし歯ぁ食いしばれペルル!
 一撃でってやる!!〉

 仕方ない、ここまで来たら
 犠牲になってもらう!
 ……俺たちの勝利と名誉、
 殿堂入りと金貨50枚のために!!
 サイモンは覚悟を決め、
 腕を振り上げた。

(……本当に?
 何の罪もない弱い女性を、
 己のエゴで手にかけるのか?)

 一瞬自分が問いかけてきて。
 その「」は
 彼とビッグケットの運命を分けた。

〈オーナークン、見たまえ〉

 主催者が机の前の水晶玉を指差した。
 な、なんだ?
 何か……映ってる……、!!


 ケットシー!
 って、これ誰だ!?


「彼女は君の猫が逃げたら
 出るはずだった控え選手だ。
 裏で何かアイテムを渡したんだろう、
 知っているぞ」

「!!」

 そこでぷつりと音がした。
 拡声器マイクの魔法をオフにしたんだ。
 主催者が立ち上がり、
 にやにやとこちらを見ている。

 水晶玉の中のケットシーは、
 フードを被ったマント姿の
 知らない男に羽交い締めにされて
 どこかの観客席に居た。
 そして、

「!?」

 びゅるんと光に包まれ、
 人間ノーマンの女性の姿になった。
 なんで、身長まで伸びて……っ
 嘘だろ、
 「それだけ高位の魔法使いが運営についてる」
 のか!?

「……驚いたか?
 必死に口説き落とした
 こちらの切り札だ。

 元々は変身魔法だけがオーダーだった。
 これまでのやりとりから
 お前らが絶対控えの選手を
 逃がそうとすると思っていたからな!

 あの猫と同族なら
 完全に油断するだろう?
 私達との繋がりを
 疑ったりしないだろう??

 しかし、追加の仕事を頼もうじゃないか……
 お前らを殺せとは言わない、
 ただあの人質を押さえてるだけでいい。
 ……お前の相棒、もう限界なんだろう?」

「!!」

 言われて慌ててビッグケットを見る。
 さっきより動きが鈍っている。
 そりゃそうだ、オーガの速さは
 サイクロプスとは比べ物にならない。

 しかもサイクロプスのように、
 最悪受け身を取れば
 攻撃をさばけるわけでもない。
 かすめただけで身体が砕ける。

 ……くそ、限界か……!?
 ここで運営が折れなければ、
 こちらはタイムアウトだ!

「さぁ、どうするね。
 些細な抑止力だとはわかっているが、
 お前の性格上……
 あの哀れな女を殺せるか?

 無関係な人間を巻き込んで
 お前たちだけ賞金を掴んで?
 平気だというのかね?」

「ぐっ……!!」

 今度はこちらが言葉に詰まる番だった。
 魔法使用を認めさせる手立ては
 死ぬほど考えてきたが、
 今更裏でアイテム没収を命じた
 二重の人質なんて、
 古典的な手を食らうとは思わなかった。

 昨日の様子から、
 逃がすのは簡単だと思ったのに。
 仕込んでやがったのか。

「さぁさぁ。
 早くしないと猫君が死ぬぞ?
 瞬間離脱の方法はあるんだろう。

 『この場で撤退しろ』。

 そうすれば私達は
 改めて信用を得るために尽力する。
 お前たちは命が助かる。
 双方損はないだろう」

 にんまり笑う主催者。
 サイモンが吠えるように叫ぶ。

「不正を認めたんじゃないのかよ?
 不正は即時敗退決定のはずだぞ!」

「いいや。
 私達が認めたのは
 『怪しい運営体制をしていたこと』
 だけだ。
 それが不正かなんて、
 あとの説明でなんとでもなる」

きたねぇぞ……!!」

 こいつら意地でも認めない気だ。
 それならこっちはペルルも人質も殺すまで。

 ……いや、くそ、
 イレギュラーな人質が絡むと決心が鈍る……ッ、
 最悪ペルルを殺す決意はしてきたのに!

「……オーナークン、
 本当にお人好しなんだなぁ」

 主催者の悪魔のような囁きが聞こえる。
 どうする、どうする俺……
 迷ってる時間はねぇぞ!!
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