負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第16話07 口先の魔法使いと書いて「ペテン師」

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〈ここの実況担当は魔法使い。
 口頭詠唱じゃないと
 魔法をかけられない程度のレベル。
 だから客の安全を守るために、
 アナウンスを通して出場者を制御している。

 ……あれ?だからって、
 わざわざ疲れてまで
 口頭詠唱で魔法をかける必要って
 なんだ?

 なんで物理の柵じゃなくて、
 警備が魔法使い頼みなんだろうなぁ?
 あれぇ?もしかして、
 運営さんったら
 出場者を操って八百長とかやってません?

 億単位の掛け金を
 自分たちに都合よく動かすため、
 魔法使いに警備任せるついでに
 細工してません??〉

 サイモンが畳み掛けると、
 どよめきが会場中に広がった。
 オーディエンスは全員味方につける。
 貴族連中が歯噛みする中、
 脅すための包囲網を着々と構築していく。

〈正直、
 あんたたちを揺さぶる手立ては
 まだまだある。
 そっちが音を上げてごめんなさい!って言うまで
 披露するぞ。

 例えば……
 俺の見立てでは、
 オーガの行動を制御する魔法は
 とっくに切れてる。
 ペルルが黙ってるからな。

 代わりに今俺の相棒が
 オーガの気を引いて
 観客を守ってくれてる。
 けど、あいつだって限界はある。

 もしあいつが力尽きて食われたら……
 さて。
 観客とお前らの安全は
 誰が守ってくれるんだろうな~?〉

〈ぐっ……!〉

〈ちなみに、

 怪物たちの行動制御は
 事前準備だけして、
 あとはオートって形でかけてるんです!
 今ここからかけてるわけじゃないんです!

 とか言い訳されないために、
 アナウンス担当がここから
 リアルタイムでかけなきゃいけない理由を
 説明するぞ。

 例えばこの世には理性を奪い、
 恐怖を取り去る
 狂化バーサクって魔法がある。

 あれなら事前にかけるだけ。
 その後は放置でいい。
 本人の内面に
 永続的に働きかける魔法だからな。

 でも行動制御は違う。
 内面がどうとか関係ない、
 対象者が客席に襲いかからないよう、
 外から働きかけないといけないからだ〉

「…………」

〈この辺は素人にはピンと来ないが、
 俺はちょっと齧ってるから知ってるぞ。

 この世に存在する、
 事前に他人の行動を指定する魔法には
 制限がある。
 全ての行動を
 事前に指定しないといけないんだ。

 そんなの、この格闘大会で出来るか?
 絶対無理だ。
 他の人間の行動は計算しきれないからだ。

 だから、
 客の安全と闘技場のショーを両立するには、
 今ここで。
 リアルタイムで、
 都度制御するしかないんだ〉

「…………!!」

〈都度制御ってことは?

 物理の柵を作ってない以上、
 安全対策と闘技場のショーを両立させるために、
 試合中誰かがずっと
 魔法をかけてなきゃいけない。
 違うか?〉

〈それ、は……っ〉

 主催者が口をパクパクさせている。
 過去、ここまで魔法の裏事情を
 ズバズバまくし立てられたことは
 ないんだろう。
 どう言い訳したらいいかわからない。
 という顔をしていた。

 ……チョロいぜ。
 内心サイモンが鼻を鳴らす。

〈だからさ。なぁ、
 ここでアナウンス担当が魔法。
 かけてるんだろ?

 レベルの高い魔法使いは
 そう簡単に金で動かない、
 こんな所に来ないって
 知り合いに聞いたぞ。

 だから使われてるのは
 遠隔操作や無言詠唱じゃない、
 音声による口頭詠唱だ。

 で、今それはかけられてない。
 オーガの行動を制限してるのは
 俺の相棒だ。

 ……言いたいことがわかるな?
 今俺がアナウンスを通して
 あいつに指示を出せば、
 観客を襲わせることだって
 出来るんだぞ〉

〈……!!!〉

 そこで腰を抜かしていた主催者が
 慌てて身体を起こした。
 サイモンは無言で
 ペルルに突きつけた暗器を見せつける。
 立ち上がりかけた主催者がぐ、と固まり、
 怒りで唇を震わせる。

〈私を脅す気か!?
 そんな乱暴な手腕で
 判定勝ちを狙うとは、
 態度がなってないんじゃないか?!

 そんなに賞金が欲しいか、
 金の亡者が!!〉

〈おっとー、
 俺が金の亡者で卑しいって??
 俺は主催者様、貴方のために
 今回のことを持ちかけているんですよ!〉

〈なんだと……!?〉

 サイモンは笑顔を浮かべて一旦言葉を切り、
 貴族たちを見回す。
 そして会場も。
 目の前の机に水晶球が置いてある。
 映像を撮ってるのはこれか?

〈もし、今俺たちの申し出を
 聞き入れなかったら。
 いいんですか、
 俺たちがここまでズバズバ公表したのに、

 運営は今後も態度を改めることはありません、
 アナウンス担当に魔法使いを使うし
 リアタイで出場者に魔法かけて行動を操るし、
 その結果八百長が起きても
 自分たちはそれを見逃します!

 って宣言することになるんですよ??
 いいんですかぁ???〉

〈ッ!!!!〉

 ……!!!

 貴族たちがそろって顔を青ざめさせた。
 そして会場からも
 大きなどよめきが起きる。

 そう、八百長。
 きっとこれまでもあったんだろう。
 4万人超えの観客を
 欺いて笑うためだけの試合が。
 サイモンは充分な手応えを感じて
 言葉を続けた。

〈でも、今日ここで

 「これまで八百長ないし
 怪しい運営体制をしていて
 すみませんでした、
 今回の勝ちはそちらに譲ります、
 今後は体制を改めて清い運営をしていくので
 これからも闘技場をよろしくお願いします」

 って殊勝な態度を取れば……ねぇ?
 お客様も皆納得してくれますよね?〉

 会場を見る。
 するとパラパラ、やがて大きな。
 観客からの拍手と歓声が
 サイモンの言葉に応えた。
 これで客は完全にこちらの味方だ。

 さぁどうするよ。
 客を敵に回して自分たちも死ぬのか。
 こっちに勝ちと賞金を譲るのか!

 意地の悪い笑みを
 顔面いっぱいに貼り付けて。
 サイモンが凄む。

〈ぐぐ、ぐぅ……ッ〉

 ほぼほぼチェックメイトの状態だ。
 あとは主催者が参りましたと言うか否か。
 しかしまだ折れない。
 仕方ない……
 あまり使いたくなかったカードを切るか。

〈あれぇ、まだ
 わかりましたどうぞどうぞって
 言ってもらえないんですね……
 仕方ねぇ、路線を変えるか。
 おいペルル、立て〉

〈!?〉

 サイモンに抱かれる形で寄りかかっていた
 ペルルの膝裏を脚でどつく。
 慌ててシャンとした姿勢になった彼女の耳に
 唇を寄せて。

〈おい、御主人様はお前が死んでも
 構わないんだってよ。
 最後になんか言うことあるか?〉

〈……!!〉

 人命を盾にして脅す。
 さて、こいつらどう出るかな。

〈言っとくけど俺たちは
 万全に準備を整えてる。
 俺がサッと手を上げれば
 こんな闘技場から一瞬で逃げ出せる。

 でも、お前らはそうじゃないんだろ?
 ペルル、この武器には毒が塗ってある。
 一撃で死ぬほどの猛毒だが……
 楽に死ねるとは聞いてない。

 あーあ、すごく苦しむんだろうなぁ、
 怖いな~。
 可愛い顔が醜く歪んで爛れて、
 すごいことになるんだろうな~〉

 観客席で一部始終を聞いている
 魔法使い二人が
 (盛りすぎだろ……)
 とツッコんだことは知る由もないが。
 ペルルは泣きそうに
 顔を引きつらせている。

 ……いや。

〈さっきから黙って聞いてれば。
 私の事を随分舐め腐ってくれてますね。
 誰が口頭詠唱魔法しか使えないって?
 隠し玉をとってあるって線は
 考えてないんです?〉

〈いや、だったらもう使えよ。
 今まで使ってなかった時点で
 「使えない」んだろ。
 それはここに飛び降りた時点で
 確信してる〉

 貴族たちがハラハラした顔で
 ペルルの言うことを見守っている。
 彼らからすれば、
 ペルルの戦闘力だけが
 この場を切り抜ける頼みの綱だ。

〈……へぇえ、
 じゃあ実は貴方だけを殺す
 秘密の方法があると言ったら?
 引き下がってくれますか?〉

〈おう、やってみろよ。
 俺がお前の喉を突くのと
 どっちが早いか勝負だ〉

〈…………ッ!!〉

 サイモンとペルル、互いの顔は見えないが。
 殺すか?殺されるか?
 二人の間に緊張が走る。
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