負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第16話06 心理戦

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 サイモンの方がどうなっているか、
 悠長に気にかけている余裕はない。
 とにかくオーガを追いかけた。
 客席に飛び込む前にあいつを止めなくては。

『おいテメェ!このっ、止まれ……!』

 ビッグケットとて速さに自信はあるが、
 相手は自分より数段上の脚力を持っている。
 一瞬の判断ミスとはいえ、
 一旦追いかける形になると
 追いつくのは至難の業だ。

 間に合わない……跳ぶ!


「ヴアオグルルァア!!!!!」


 ビッグケットは必死に叫んだ。
 オーガが止まる。
 阿鼻叫喚の様子を呈していた客席も
 何事かとそれを見た。
 ビッグケットは、もう一度
 自分が出せる最大音量で叫ぶ。


「ヴアオグルルァア(来いうすのろ)!!!!!」


 それは、祖母が教えてくれたオーガ語だった。
 他の誰も信じないかもしれない。
 しかし、彼らにはきちんと言語があった。
 祖母は必死に彼らの言語を解読し、
 それを孫娘に教えた。
 なぜなら……


「ヴルルヴァオグアア(私の顔が見えるか)!!?」


 ちらりと大鏡を見る。
 今あちらは
 サイモンと主催者らしき貴族が
 揉めているのを映している。
 こっちは映されないはずだ。
 ……今なら。
 今だけなら、見せてやるよお前に!


 ビッグケットは仁王立ちになり、
 前髪をかきあげた。
 ずっとひた隠しにしていた
 向かって左頬。


 そこには、赤い瞳。
 赤い入れ墨があった。
 頬から鼻に向かって、
 爪痕のような筋が一本。
 そして尖った印象の猫の紋。


「……!!」

『見えたみたいだな。
 ……ほら、遊ぼうぜ。
 オーガは強い相手が好きだろう?』

 ケットシー語の呟きは
 相手に届いていない。
 そのはずだ。

 しかしそのずば抜けた視力で
 ビッグケットの顔は見えたに違いない。
 グン!とまた一歩、
 そしてもう一歩でこちらに迫ってきた。

「グアオヴグアアアア(死ね糞チビが)!!!!」

 相手はこちらを完全に敵と認知した。
 もう後戻り出来ない。
 ……頼んだぞ、サイモン……
 私の命が持つ間に
 ケリつけてくれよな!

 ジャリ。

 ビッグケットが眼前を見据え、
 軽く片足を引いて
 凶敵オーガと対峙する。









 そして運営スペース。
 サイモンの目からは
 ビッグケットが必死に逃げ回っている様子など
 見る余裕がないが、
 とにかく彼女を信じて
 事を進めるしかない。

 こちらは心理戦だ、
 焦った顔をしたら
 弱みを見せることになる。
 ……怯むな、演じろ!

〈…まず最初に俺がひっかかったのは、
 初日のアナウンス担当カトリーヌだった。
 こんなに怪しくて血なまぐさい地下闘技場に、
 あんなに美人で上品なエルフ。

 エルフってのは
 他種族との交流を徹底的に禁じている。
 外で誰かと話していいのは王族、外交官、
 集団の首長と冒険者だけ。
 カトリーヌは一体どれなんだろう?〉

 そこで貴族たちを見回す。
 主催者は苦い顔をしている。

〈あんなに品のある見た目とドレスだ、
 現在、あるいは過去冒険者ですって感じには
 見えない。
 王族がこんなとこいるわけない。
 外交官にせよ首長にせよそうだ。

 ……じゃあなんだ?
 ……犯罪者、倫理異常者、魔法の才能ナシのいずれか。
 国から追放された
 ダークエルフの可能性が高い〉

「…………」

 アナウンス担当のペルル含め、
 一同は黙って聞いている。
 なぜだ?

 ……恐らく。
 サイモンの読みが当たっているからだ。
 万が一ペルルが死ねば
 この場でオーガを制御出来る人間は
 いなくなる。
 運営はそれを恐れている。

(……おっ?)

 そっと盗み見ると、
 ペルルはちらちらと
 ステージの様子を気にしていた。
 「魔法が切れたから」だ。
 オーガとビッグケットが今どうなっているか
 気になって仕方ないんだろう。

 ……よし、このままいくぞ。

〈そして、次が赤みがかった金髪のアビゲイル。
 これまた美人で品があった。
 髪も貴族の流行最先端だ。
 今日は人魚のペルル。
 どこからどう来て
 こいつらに手を貸してるんだろうな?

 どいつも綺麗で、品があって、魔法の得意な種族。
 最初はそれ自体は
 気にも止めなかったんだけど……〉

 サイモンが暗器を持つ手に力を込める。
 ペルルの喉がごくりと鳴る気配がした。

〈なんで、2日ですぐ交代しちまうんだ?
 俺はてっきり
 ずっとカトリーヌが実況するんだと思ってた。
 でも2日で交代した。
 そして今日も2日スパン。

 ……綺麗どころをとっかえひっかえしたい?
 ならなんで、2日なんだ?
 金なら有り余ってる。
 毎日綺麗な姉ちゃんに
 アナウンスさせればいいじゃんか。

 曜日に沿ってる?
 違う。俺たちの初戦は火曜だった。
 火曜からカトリーヌが2日。
 木曜からアビゲイル。
 そして土曜でペルル。
 法則的には中途半端だ〉

 ペルルの腕が震えている。
 出来ればサイモンの腕を外したい。
 しかし怖くて出来ない。
 なのでサイモンの腕に
 手をかけた状態で固まっている。
 サイモンは話すのを止めない。

〈そこで俺はピンと来たんだ……
 もしかして。
 怪物制御のために、
 そして主催者たちの護衛として、
 会場全体の安全を握っている魔法使いは
 アナウンス担当の女なんじゃないかって。

 だって
 「試合開始前から終わるまでずっと、
 会場中に声を響かせてる」。
 なかなか高等テクだが、
 アナウンスに乗せて
 口頭詠唱呪文をかけるには
 うってつけじゃないか。

 世の中には無言で魔法を使える奴だっている。
 だったら、無言と口頭詠唱の間があっても
 おかしくない。

 てことは、
 実況が2日で交代するのはなぜか。
 もしかして、
 試合中ずっと魔法をかけ続けて
 疲れるからじゃないか?〉

 そうだろう?
 ペルルに囁けば、
 ペルルは必死に首を振った。
 そうだ、こんなのただの机上の空論だ。
 こいつらがノーと言えば証明にならない。
 だからここからが第ニ段階だ。

〈……俺たちは疑念を確信に変えるため、
 カトリーヌの素性を調べた。
 そしたら彼女は、
 連続同族殺しで追放された
 元お嬢様のダークエルフだった。

 つまり、あいつがこの国にいるのは
 魔法が下手だからじゃない。
 むしろバリバリに得意なはずだ。

 じゃあ、恐らく他の実況担当も。
 一般人や貧民じゃない、
 素性はお嬢様で
 魔法が得意なんじゃないか?

 けど、冒険者じゃなく
 あくまで元あるいは現在お嬢様。
 トップレベルの実力じゃない。
 だから、疲れてしまう。
 恐らくその程度の実力なんだ〉

〈……仮に。
 仮にそうだったとして、
 お前の目的はなんだ?
 こいつが魔法使いだったら
 なんだっていうんだ〉

 主催者らしき貴族は、
 ビビリつつも
 少し冷静さを取り戻したらしい。
 サイモンを睨みつけて凄んできた。
 それを見たサイモンは
 内心にんまり笑う。

〈おや?
 そちらからそんなこと振っていいのか?
 じゃあ、今日ここに来た目的を教えてやろう……

 ビッグケットの登録者、
 オーナーである俺は
 お前らに判定勝ちの認定をもらいにきた。

 お前らがここから出場者を操り、
 不正をする可能性の証明さえ出来れば。
 運営サイドだろうと不正はアウト。
 一発失格敗退だろ?
 オーガと戦わずに勝ちを手に入れられる〉

〈なっ……〉

 なんだって!!??

 その場の貴族たちが異口同音に叫んだ。
 そして会話が全部筒抜けの客席も。
 大きなどよめきが起きている。

 サイモンはここで初めて
 ちらりとステージを見下ろした。
 ビッグケットが走り回り、
 オーガの気を引きつつ時間を稼いでいる。
 ……あいつのために、
 早く決着をつけてやらねば。
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