負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第17話02 かつて見た夢

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 片腕を失っても、苦しくても、
 ビッグケットが白旗を上げないのは
 何故か?

 それは、自分の役目が
 「時間を稼ぐこと」
 と心得ているからだ。

 サイモンが勝負を決める前に負けを認め、
 試合を投げ出すわけにはいかない。
 だからビッグケットは、
 死にかけても痛くても
 必死に耐えているのだ。

「自分たちを
 チームだパーティーだと思うなら、
 信じて待ってあげなさい。
 それが貴方の仕事よ」

「………………ッ、でも…………ッ」

「気持ちはわかる。わかるわ。
 だから、せめて合図があれば
 即出れるように構えておきなさい。
 私だって……辛いんだから……」

 ふとエリックが視線を上げると、
 ジュリアナは眉間にシワを寄せて
 唇を噛んでいた。
 握った手が微かに震えている。

 彼女もまた、耐えていたのだ。
 本当は助けてやりたい。
 けど、本人がそれを望まないなら……。

「…………わかった。
 限界ギリギリまで見守ってやる。
 けど、最悪
 サイモンさんと猫ちゃん拾って
 ゴーだぞ」

「わかってるわ、任せて」

 二人は席に座り直し、
 改めてステージを見つめた。
 大きな魔法の鏡は、
 ゆらゆらと揺らぎだけを映して
 何も見せてくれない。

 ……サイモンはどうなったんだ。
 二人が不安げに見上げる先。










「ビッグケット……!!!」

「さぁ、お前が迷ってる間に
 可愛い相棒の腕が
 無くなってしまったよ。

 知り合いに良い回復師ヒーラーはいるか?
 蘇生師は?
 いないなら……
 そろそろ撤退した方が
 いいんじゃないかねぇ」

「………………ッ、それは、
 ペルルと客の命なんて
 どうでもいいってことだな……!」

「ふん、お前の言葉を借りるなら……
 『それが出来るならとっくにやってる』。
 ここまで引き伸ばした時点で、
 お前はとんだ意気地なし。
 人を殺す覚悟なんて
 なかったってことだ」

 客席から遮断された運営本部。
 形勢は完全に逆転してしまった。
 主催者がにやにや笑いながら、
 これみよがしにステージ上を見ている。

 今やあちこちに血が落ち、
 闘技場の底が赤く染まっている。
 あれはみんなビッグケットの血だ。
 腕一本もがれ、どれほど痛いことだろう。

 どうする、あと数秒で。
 決着をつける言葉はあるか!?
 ないなら撤退……最悪命だけは守らなくては!

「!!」

 いや、今。
 今度はビッグケットの右腕が捕まった。
 遠くの出来事なので、全く臨場感がない。
 しかし、それゆえ逆に恐ろしい。

 見る間に
 右腕の肘から先が千切られた。
 また血が飛び散る。

 サイモンは、本当に
 自分の心臓が止まったかと思った。
 咄嗟にペルルから手を離す。
 机越しにステージに向かって
 身を乗り出した。

『ビッグケット!!!!
 モウヤメヨウ、ヤメヨウ!!!!』

「!」

 撤退だ!
 そう叫びかけた瞬間。

 すん、と目の前に誰かが現れた。
 え、エリックか?!
 瞬間移動が出来る人間の知り合いは
 彼しかいない。
 だからサイモンが目を丸くしていると、

「……はっ……??」

 それは全く知らない男だった。
 目深にフードを被り、
 マントを羽織った姿。

 ……いや。こいつは……ッ

「貴様、持ち場はどうした!?
 人質のおりを放棄したのか!!」

 主催者が腕を振り回して叫ぶ。
 謎の男が机に脚を乗せ、
 静かに答えを返す。

「気が変わった。
 お前らは醜すぎる。
 下衆にもほどがあるぞ、人間ノーマン

 その言葉と共に
 男がばさりとフードを脱いで……

 そうだ、
 こいつはさっき人質の女の人を
 捕まえていた男だ。
 会場のどこに居たかは知らないが、
 一瞬でここまで来たんだ。
 つまりこいつが……


(運営の切り札、高位の魔法使い……!)


 フードを脱ぎさった男は
 長耳のエルフ。
 ひらりと机からこちらに飛び降りて、
 美しい銀の長髪をなびかせる。

 切れ長な赤い双眸がこちらを見据えると、
 カミーユともジルベールともまるで違う、
 ナイフのような鋭いオーラが
 こちらを刺した。

 魔法使いの知り合いなど
 ほとんどいないサイモンにもわかる。
 こいつは攻撃魔法を多数身につけた、
 正真正銘のプロ。
 魔導師だ。

 その気になれば
 この会場全体すら
 簡単に破壊するだろう。
 そんな空気を纏っていた。

「だ、誰だアンタ!?
 ここまで何しに来たんだ!」

 サイモンは思わず
 撤退のサインも忘れて
 魔導師の男を見た。

 嫌な想像だが、
 もしも彼の読みが当たれば
 撤退する前にこいつの魔法で
 会場中の人間が死ぬ。

 ビッグケットの様子が
 気にならないわけもないが、
 これはこれで見過ごせなかった。

 すると、
 男がずいとサイモンに顔を寄せる。
 真っ赤な瞳がサイモンを捉えた。

「少年、時間がないんだろう。
 単刀直入に聞く。
 即時答えろ」

「ハァ!?」

「お前は何者でどこへ行くんだ。
 返答次第であの猫を助けてやる」

「!!」

「今回の雇い主はあまりにも屑だった。
 私は根負けしたとは言え、
 依頼を受けたことを大変後悔している。
 なので出来ればお前に肩入れしてやりたい……
 が、お前が屑でも困る。

 だから、プレゼンしろ。
 お前を救うに値するかどうか」

「……!!」

 矢継ぎ早に告げられて、
 サイモンは呆気にとられてしまった。
 えーと……

 こいつは俺を助ける気があるんだけど、
 クズじゃ困るから
 救うべきかどうか判断したい、
 自分が何者かアピールしろ、だって?
 えーとえーと、

 時間がない。
 ちらと見たビッグケットは、
 もうさすがにへろへろだ。
 これ以上血を失えない。
 逃げ回れる体力もとっくにないはずだ……!

「俺はっ……、」

 もういい、当たって砕けろ!
 本音でぶつかれ!
 サイモンはキッと視線を上げ、
 目前の魔導師を見据えた。

「俺は、サイモン・オルコット!
 しがない王国軍兵士の息子だ!
 昔から戦争で死ぬ人間、
 それで悲しむ人間を
 山程見てきた!」

 魔導師は静かにサイモンを見ている。
 ビッグケットには
 あと何秒残されてる!?

「俺は、誰も悲しまない世界が欲しい!
 今俺には誰より強いビッグケット、
 そして6億の金がある!
 これから、俺は夢を叶えたい、
 争いのない世界を作りたい!!

 それが俺の悲願だ!!」

 かつて子供の頃見た夢。
 何度戦争に行っても帰ってくる父親。
 一方で、
 次々街の男たちが死んで
 遺留品になってしまった。

 親戚、お世話になった優しい近所のおじちゃん、
 隣に住んでた幼なじみの兄も。
 みんなみんな、
 死んで家族を悲しませていた。

 俺には何が出来る?
 隣のおばさんが泣き崩れるのを
 ただ見守るしか出来なかった
 あの頃の自分。

 いや今なら、
 きっと世界を変えられる。
 それだけの材料が揃ったと思ってる!

「エルフのアンタからしたら
 しょぼい夢かもしんねーけどさッ、」

 どうせこいつも
 100歳を超えてるんだろう。
 18の赤ん坊が何を言ってると
 思うんだろうが……。

 耐えられず、
 サイモンが顔を赤くしていると。

「合格だ!」

 魔導師の男は一言言い放ち、
 ブンと手を振った。
 驚いてその先を見ると、


 ドゴン!!!


 爆音と共にオーガがぶっ飛んだ。
 爆発の魔法……!?
 もうもうと上がる黒煙の中、
 サイモンの視線の先で。
 ビッグケットがぱたりと倒れた。



 え、えええ???!!!!


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