負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第17話04 決着

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 先に仕掛けたのはオーガ。
 鋭いパンチがビッグケットに襲いかかる。
 リーチに歴然の差があるので、
 先に相手に届くのはオーガの方……!
 誰もがそう思った。
 しかしインパクトの瞬間、


 キュッ


 ビッグケットが身体を捻った。
 咄嗟に一歩逸れ、
 わずかな差だが拳をかわす。

 そして目指すはその先。
 自分より小さい相手を殴ろうとして、
 完全につんのめる形になった
 無様なオーガの鼻先に向かって。

 けもののように
 しなやかに距離を詰めて。

 最後の最後、
 顎先で踏み込みと同時に
 拳を突き上げる。




 ガ  ツ  ン   !!!!!!




 見事なアッパーが入った。
 まるで大人と子供ほどの身長差がある
 オーガとビッグケットだったが、
 オーガは綺麗に宙を舞った。

 その鮮やかな逆転劇に
 観客が総立ちで盛り上がる。

(行け、ビッグケット!!)

 サイモンが、ジルベールが、
 二人の魔法使いが見守るその前で。

 吹っ飛んでいくオーガを追いかけて
 ビッグケットが跳躍する。

『死ね、デカブツ!!』

 放物線の頂点で一回転。
 オーガの額目掛けて放ったかかと落としは、
 全ての人々の前で
 完璧に決まった。


 ガッ


 ズ  ド  ン  !!!!



 物理運動の軌道を変えられたオーガが
 床に叩きつけられる。
 闘技場の床に、
 血飛沫しぶきが花火のように飛び散り、
 自重150キロ前後の怪物は
 脳天を割られて動かなくなった。

 これだけの重量がある生物を
 いとも簡単にふっ飛ばしたエネルギーだ、
 さすがのステージも
 粉々に砕けてしまった。
 粉塵がもうもうと沸き立っている。

 ……動かない。動かない。
 ビッグケットは手助けがあったとはいえ、
 最後の最後に自力で勝利を掴んでしまった。

「なっ、な、な……!!!」

「俺達の、勝利だ……!!」

 目を丸くし、唇を震わせる主催者。
 サイモン。
 そして謎の魔導師が二人を見つめ、
 楽しそうに微笑わらう。

「おめでとう、少年。
 さっ実況担当、
 仕事を放棄するな。
 伝えろ。

 勝ったのは誰だ?
 この結果に文句があるなら
 私がお相手するが?」

 それすなわち殺すぞと同義。
 ペルルは慌てて拡声器マイクの魔法を確認、
 調整し、
 拡声元であるアイテムを手に取った。


〈……えーと、ただ今!
 波乱もありましたが!
 オーガ動かない!動けない!
 よってビッグケット選手がっ、
 本日の勝者です!

 つまりこれにて……〉


 ペルルは一瞬主催者を見た。
 しかし主催者は動かない。
 それを了承とみなし、


〈ビッグケット選手五連勝!
 殿堂入り!殿堂入りです!!!
 金貨50枚と、
 この地獄の闘技場を生き抜いた
 名誉が与えられます!!!〉


 わああああああああああああああ!!!!!!!


 残った客は皆、
 自分が賭けた先に関わらず
 好意的な声援を送ってくれた。

 なんだかんだあったが、
 正直サイモン達が何もしなければ
 その身が危険に晒されることもなかったわけだが、
 結果的に観客全員の命を守ったのは
 ビッグケットだ。

 黒猫の勇敢な激闘に
 惜しみない拍手が捧げられた。

 そんな、轟音のような拍手がふり注ぐ
 ステージのど真ん中で。

(勝った……)

 ギリギリの死闘を潜り抜け、
 さすがに思わずへたり込む
 ビッグケットの元に。
 いつもならサイモンがやってくる場面だが、
 今日は違う。

 ダッシュで駆け寄ってくるのは、
 すっかり自分の姿を取り戻した
 ジルベールだ。
 ほどかれた長い髪を振り乱し、
 血相変えてこちらに向かってくる。

『ビッグケットちゃん!!!!』

『おー、お前
 元に戻ったのか』

『ビッグケットちゃん……!!!!!』

 尻を付いているとはいえ、
 呑気な様子の黒猫を見て、
 エルフはくしゃくしゃに顔を歪めている。
 走り寄り勢いよく膝をつき、
 ビッグケットをきつく抱きしめた。
 その腕はぶるぶる震えている。

『い、生きてた……!
 生きてた!!
 無事で良かった!
 良かったよぉ……!!!』

 そしてみっともないとツッコむのも
 野暮だろうか。
 わんわんと声を上げて泣き始めた。

 ビッグケットは苦笑しつつ、
 ジルベールの薄いが広い背中を
 ぽんぽんと叩いた。

 彼の肩越し、
 彼女の目にも、
 あちこちにぶちまけられた
 自分の血が映っている。
 これだけ血を流して
 よく無事生きていられたな。

 ビッグケット自身そう思うくらいだ、
 血や闘争と縁遠い
 エルフのジルベールは
 相当肝を冷やしたのだろう。

 ……心配かけたな。
 大人の男がこれだけ取り乱す様子に、
 彼の温かい情を感じて
 嬉しくなった。

『大丈夫、大丈夫。
 私は生きてる。
 ほら、千切れた腕も手も
 ちゃんとくっついてるし動くぞ。
 私は無事だ』

『知ってる、でも、すごっ……
 怖かったんだから……!!
 無茶しないでよ……!!』

『うんうん、
 これからはここまで無茶しない、
 多分な』

『多分じゃ嫌だーーー!!!!』

 べそべそ泣き続ける
 ジルベールはさておき、
 運営本部を見上げる。

 ……居た。
 随分小さな姿だが、
 サイモンがこちらを見ている。
 目が合った気がしたので手を振ると、
 あっちも振り返してくれた。

(……勝ったぞサイモン)

 いつものように拳を掲げる。
 すると意図を察してくれたようだ。
 サイモンも手を拳の形にした。

 せっかく念願の勝利を掴んだ瞬間なのに、
 相棒が隣に居ないのは残念だけど。
 こんなに距離が離れているけれど。
 二人の気持ちは
 確認せずとも同じだ。

 おめでとう。ありがとう。
 それぞれニッと口元に笑みを浮かべ、
 これまでと何一つ変わらない
 フィスト・バンプ(拳のタッチ)で
 互いの勝利を祝った。



 これにて闇闘技場、無事終了。
 五戦無敗。殿堂入り確定!!




 会場に大歓声、
 そして祝福の拍手が響く。
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