負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第18話05 有名人

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 本当は出場者だけじゃなく
 登録者オーナーも一緒に
 殺すつもりだったんだ。

 事もなげに言う案内係の黒服に、
 一同がゾッとした表情を浮かべる。

「まぁそのつもりだったんだけど、
 あんたたち入れ替わってたんだろう。
 突然知らないエルフがここに現れて、
 まぁオルコットさんの代わりに殺すのも
 忍びないから放置したのさ」

「あ、ありがとう…………!!
 なんかおかしいけど、
 とりあえずありがとう!」

 ジルベールが慌てて両手を合わせる。
 案内係はさらに続けた。

「で、まぁ俺はいつもの奴の代わりに
 最後の挨拶に来たわけだが。

 これが殿堂入りした人たちに渡す書類。
 そんでこっちが元の服。
 帰る前に今着てるのを返してくれ。
 最後に…………」

 そこでビッグケットを見る。
 あちこちボロボロ、
 赤い染みをつけた彼女を一瞥して……

「湯浴みは申し訳ないが
 用意出来なかった。
 代わりにお湯を用意したから、
 着替えついでに軽く拭いていってくれ。

 …………こっちの想定より、
 男というか人が多いな…………
 どうする?
 何かスペースを用意するか?」

「あ、いや…………」

 サイモンがビッグケットを見る。
 彼女はまだ何を言われているか
 わかっていない。

 そして、傍らにはジュリアナ、エリック、
 更にジルベール。
 全員が見守る前で身体を拭かせるのは、
 本人は気にしないだろうけど
 こっちが気まずい。

 ジュリアナに任せよう。
 サイモンは小さな少女を振り返る。

「ジュリアナ、回復魔法の心得はある?」

「うーん、紛い物なら出来ますけど…………」

「紛い物?
 いや、ビッグケットの腕や手が
 本当にちゃんとくっついてるか
 確認してもらいたいんだ」

「あ、はいそういうことなら。
 なんか突然運営の魔法使いが
 味方になってくれましたよね。
 実力的に大丈夫だとは思いますが、
 一応チェックしますね」

 ジュリアナはサイモンの提案を
 快く承諾した。
 黒猫に向き合ったところで、
 本人にも説明する。

『ビッグケット、運営ガオ湯クレルッテ。
 服替エルツイデニ身体拭イテ欲シインダケド、
 ソノ前ニジュリアナニ腕ヲ見テモラッテクレ。
 オレタチ男連中ハ外デ待ッテル』

『はーい』

「で、エリックとジルベールは……
 とりあえず俺着替えるから。
 それが終わったら一緒に外で待とう。

 ジュリアナ、よろしくな。
 ケットシー語がわからなくても
 それなりにやっといてくれ」

「はい、善処します」

 そこでくるりと振り返る。
 ぴしりと傍らに立つ案内係を見て、
 サイモンが一応。と言葉を添える。

「…………もう話終わりでいいんだよな?
 言っとくけど、わかってるだろうけど、
 そこの女性二人は……
 ジュリアナすら多分俺たちより強いからな。
 下手なことすんなよ」

「大丈夫。
 俺には特別な戦闘力も技術も密命もない。
 運営の犬として
 最後に見送る職務があるだけだ。

 ああ、ビッグケットさんの裸は
 見ないようにするから
 心配するな」

「そんな心配はしてない…………」

 案内係が微笑み、
 サイモンは思わず
 うんざりした顔をしてしまったが。
 そこまで言うなら安心だろう。

 軽く黒猫に手を振ったあと、
 さっと着替えて
 鞄に書類ともらった金貨を入れて。
 待ってくれていた男二人と連れ立ち、
 長い通路を歩き出す。

 …………これで、本当に。
 こことはお別れだ。
 長かったな。

 思わずうーん、と伸びをした。
 思い返せば、ビッグケットの腕が落とされてから
 まるで生きた心地がしなかった。
 帰ったら謝らないと……
 今後は何が一番大事か
 ハッキリさせないとな。

 何が目の前の人間を救いたい、だ。
 危うく相棒を死なせるところだった奴が
 抜かしてんじゃねーよ。
 苦い顔をしていると。

「そういや、あの運営の魔法使いって
 何者だったんだろう。
 すごい強かったな、
 オレの知ってる人かなぁ?」

 靴を鳴らして歩きながら、
 エリックが
 ウキウキした声で話しかけてきた。
 ああ、エリックは同業者か。
 レベルが高い仲間を見ると
 気になるんだな。

「あー、なんかテオ……
 テオなんとかって名乗ってたぞ。
 知ってるか?」

 てお、テオドールだったかな?
 サイモンがぶつぶつ言っていると、

「テオドール!!大物じゃないか!!」

 ジルベールが大声を出した。
 そういやこいつはエルフ仲間か。
 知っているのか?
 エリックも興味津々な様子だ。

「ジルベールさん、知ってるの?」

「ああ、テオドールは僕よりちょっと若いんだけど、
 まぁあ立派な人だよ。
 なんせ噂じゃ聖職者クレリックA級、
 迷宮踏破者ダンジョンアタッカーA級、
 その上植物学者で
 薬学にも精通してるって話じゃないか。

 ……と言っても、僕が一方的に知ってるだけで、
 あっちは僕のこと知らないだろうけどね!」

 ははは!と笑うジルベールに、

「ふえええ、複数Aランク持ちか!
 レベル高ー!
 さすが長生きなエルフは違うなー!」

 目をキラキラさせて興奮するエリック。
 ……ちょっと待て。

「クレリック?聖職者?
 あの人前衛バリバリの攻撃型魔導師じゃないの?
 すごい強そうだったぞ?」

 あんなに多彩な攻撃魔法を持ってる様子だったのに……
 専門は聖職者だって?
 ダンジョンなんたらは全く知らない職業だけど……
 どういうことだろう。

「いや、彼も僕と同じ。
 貴族出身なんだよ。
 まぁ地方を治めてるだけのうちと、
 魔法使い排出専門のあっちじゃ、
 権力が桁違いだけどね」

「へぇ~」

「そんで、魔法使い排出メインの家ってのは、
 とにかく因子……
 魔法の属性の元を集めまくってるから。
 有力な家同士でどんどん血を混ぜて、
 四大元素は言うに及ばず、
 確か僕が国に居た頃でも、
 トレンドは属性50とかじゃなかったかな~。

 エルフ魔法使い界のトップレベルは、
 それくらい属性を持ってないと
 誰にも相手されないんだよ」

「「うえええええ、すごーー!!!」」

 思わずエリックとハモってしまった。
 なんというか、過酷だ。
 エルフは魔法使いであることを
 とにかく極めてるんだな。

 ……いや、人間ノーマンのトップ貴族も
 そうなのかもしれないけど…………
 何せエルフの人生設計は千年単位だ。
 人間ノーマンとは格が違う。

「てゆーか、テオドールって言えば
 何より変身魔法の名手じゃなかったかな。
 ジュリアナちゃんが聞いたら喜びそうだね~。
 サイモン君、話したの?
 話したんだよね?」

「ああ…………銀髪赤目で、すごいキリッとした……
 ちょっと怖そうな人だったよ」

 ジルベールに問われて
 テオドールのことを思い出す。
 あの時、もし返答を間違えていたら……
 俺は殺されていたんだろうか。

 あの速さ、威力を考えると、
 いかに魔法使い二人の防御魔法があっても
 全く足りない。
 心臓が縮む思いだ。

「え、そんな見た目だったの?
 銀髪赤目でキリッと怖そう??」

「?
 記憶違いってことはないと思うぞ?」

「……じゃあ…………多分それ、
 既に変身してる姿だね。
 僕の記憶にあるテオドールの情報と違う。

 あの人もっと…………
 耽美~~~~って感じの
 おっとりした見た目なはずだよ。
 性格はキツイって噂だけど」

「………………そうなんだ…………。
 じゃあ次どっかで会っても
 わかんない可能性が高いな」

「えーーっ、オレ会ってみたいのに!
 せっかくコネが出来たと思ったのにな~」

 チェッ、とエリックが天井を仰いでいる。
 魔法使い、奥が深すぎる。
 あれは作られた偽の見た目だったのか。

 突然オーガを爆発させたり、
 ちぎれた腕を遠隔でくっつけたり、
 そうじゃなくても瞬間移動したり、
 そんで聖職者で植物学者?

 俺にはまだまだ知らない世界が
 たくさんあるんだな。

「…………」
「………………」

 しばし会話が途切れる。
 ふいに思い出した。
 エリックもジュリアナも魔法使いだけど、
 本業は冒険者だ。
 せっかくだから“先輩”に少し話を聞いておこう。

 話が途切れたのをチャンスと捉え、
 話題を振る。

「……エリック、冒険者ってどんな感じ?
 俺たち、これからはそっちの道で
 食っていく予定なんだ。
 強いビッグケットがいて俺がサポートに回れば、
 なんでも出来るんじゃないかなって」
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