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118、伝承(アドニス視点)
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「女性の声でした……恐らくはその泉の傍に住むというものではないかと。『眠りにつきし者を連れて来いと、さすれば道を開こう』と」
アレンの言葉に俺はシャルロッテを眺める。
(眠りにつきし者を連れてこい、だと?)
何者かは知らぬが、シャルロッテを連れて行かねばその霧は晴れぬということか。
馬鹿馬鹿しい、そんなことがあるものか。
得体のしれぬ場所にこいつを連れて行けとでも?
俺は安らかな顔をして、眠っているシャルロッテの頬に触れた。
整ったその顔立ち。
美しい容貌。
だが、そんなものは俺にはどうでもいい。
こいつが、立って笑って、俺を目がけてまるで町娘のように息を切らせて駆けてくる。
そんな姿が見たい。
「馬と馬車を用意せよ! 俺が直接こいつを連れて、その者に会いに行く」
「アドニス殿下! なりません、あのような妖しい術を使う者。何をするつもりかも分かりませぬ!」
アレンが俺の前に膝をついて止める。
俺はその姿を眺めると。
「かまわん。こいつならば、俺の為に危険を顧みることなくその者のところへ向かうだろう。俺に同じことが出来ぬようでは、シャルロッテが起きた時にこいつに合わせる顔が無い」
俺の為にあの母上に逆らった女。
母上の心さえ変えてしまったのは奇跡などではない、こいつの勇気だ。
エルヴィンは俺の前に膝をついた。
「行きましょう、殿下。私はいつも貴方様のお傍に」
俺はエルヴィンの言葉に頷くと、シャルロッテを馬車に運ばせる。
そして、俺自身も馬に乗るとエルヴィンとアレンと共に東の泉へ向かう森を目指す。
「この霧か?」
俺の言葉にアレンは周囲を警戒しながら頷いた。
周囲の騎士たちは口々に囁きあっている。
「先程と同じだ」
「ああ、この霧の中にはいるといつの間にか同じ場所に戻ってきてしまう」
その声をエルヴィンは黙って聞いていた。
そして口を開く。
「少し奇妙な話ですね、殿下」
「どういうことだ? エルヴィン」
俺の問いにエルヴィンは答える。
「はい、もし噂が本当で東の泉に居る者がかつてのファリアンネの巫女だとしたら、このような幼稚な嫌がらせをするでしょうか?」
その言葉にアレンも同意する。
「確かに、もしシャルロッテ様に直接会う必要があるのなら、我らを通して改めてシャルロッテ様をお連れするように言えばよいだけですから」
「ではこの霧を作り出している者は、東の泉に住む聖女とやらではないと言うのか?」
エルヴィンは首を縦に振る。
「ええ、私は古い伝承を思い出します。霧の森に人間を迷い込ませる者達が、そこには描かれていました」
そう言って暫くエルヴィンは黙り込む。
そして、目の前の森を眺めた。
「ただの伝承だと思っていましたが。シャルロッテ様のあの力を考えればそうとも言い切れません、この世が人の理でだけ動いているのではないとしたら……」
エルヴィンのその言葉に、俺たちは目の前に広がる霧に包まれた森を見つめていた。
ふと、幼いころに呼んだ寓話を思い出す。
「俺も似たような話を聞いたことがある。確かにあれは聖女というよりは……」
エルヴィンは俺の言葉に頷く。
「ええ。もしこの霧を起こしている者が伝承にあるような者達だとしたら。それを使役している者は、聖女などではありません」
俺は霧の先に見える深い森を眺めた。
そして、シャルロッテが乗っている馬車を見る。
「面白い、会えば分かる話だ。いずれにしても俺は進むしかないのだからな」
アレンの言葉に俺はシャルロッテを眺める。
(眠りにつきし者を連れてこい、だと?)
何者かは知らぬが、シャルロッテを連れて行かねばその霧は晴れぬということか。
馬鹿馬鹿しい、そんなことがあるものか。
得体のしれぬ場所にこいつを連れて行けとでも?
俺は安らかな顔をして、眠っているシャルロッテの頬に触れた。
整ったその顔立ち。
美しい容貌。
だが、そんなものは俺にはどうでもいい。
こいつが、立って笑って、俺を目がけてまるで町娘のように息を切らせて駆けてくる。
そんな姿が見たい。
「馬と馬車を用意せよ! 俺が直接こいつを連れて、その者に会いに行く」
「アドニス殿下! なりません、あのような妖しい術を使う者。何をするつもりかも分かりませぬ!」
アレンが俺の前に膝をついて止める。
俺はその姿を眺めると。
「かまわん。こいつならば、俺の為に危険を顧みることなくその者のところへ向かうだろう。俺に同じことが出来ぬようでは、シャルロッテが起きた時にこいつに合わせる顔が無い」
俺の為にあの母上に逆らった女。
母上の心さえ変えてしまったのは奇跡などではない、こいつの勇気だ。
エルヴィンは俺の前に膝をついた。
「行きましょう、殿下。私はいつも貴方様のお傍に」
俺はエルヴィンの言葉に頷くと、シャルロッテを馬車に運ばせる。
そして、俺自身も馬に乗るとエルヴィンとアレンと共に東の泉へ向かう森を目指す。
「この霧か?」
俺の言葉にアレンは周囲を警戒しながら頷いた。
周囲の騎士たちは口々に囁きあっている。
「先程と同じだ」
「ああ、この霧の中にはいるといつの間にか同じ場所に戻ってきてしまう」
その声をエルヴィンは黙って聞いていた。
そして口を開く。
「少し奇妙な話ですね、殿下」
「どういうことだ? エルヴィン」
俺の問いにエルヴィンは答える。
「はい、もし噂が本当で東の泉に居る者がかつてのファリアンネの巫女だとしたら、このような幼稚な嫌がらせをするでしょうか?」
その言葉にアレンも同意する。
「確かに、もしシャルロッテ様に直接会う必要があるのなら、我らを通して改めてシャルロッテ様をお連れするように言えばよいだけですから」
「ではこの霧を作り出している者は、東の泉に住む聖女とやらではないと言うのか?」
エルヴィンは首を縦に振る。
「ええ、私は古い伝承を思い出します。霧の森に人間を迷い込ませる者達が、そこには描かれていました」
そう言って暫くエルヴィンは黙り込む。
そして、目の前の森を眺めた。
「ただの伝承だと思っていましたが。シャルロッテ様のあの力を考えればそうとも言い切れません、この世が人の理でだけ動いているのではないとしたら……」
エルヴィンのその言葉に、俺たちは目の前に広がる霧に包まれた森を見つめていた。
ふと、幼いころに呼んだ寓話を思い出す。
「俺も似たような話を聞いたことがある。確かにあれは聖女というよりは……」
エルヴィンは俺の言葉に頷く。
「ええ。もしこの霧を起こしている者が伝承にあるような者達だとしたら。それを使役している者は、聖女などではありません」
俺は霧の先に見える深い森を眺めた。
そして、シャルロッテが乗っている馬車を見る。
「面白い、会えば分かる話だ。いずれにしても俺は進むしかないのだからな」
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