元獣医の令嬢は婚約破棄されましたが、もふもふたちに大人気です!

園宮りおん

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109、ただいまの声

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 その矢は強く輝く白い炎の宿してその翼を広げる。
 邪神と姿を変えたルファリシオの九つの頭は、その羽ばたきに恐れをなしたように身を翻す。

「ば、馬鹿な! この光は! まさか!!」

 翼を広げる美しい炎の鳥に、ロジュレンスとジェーレント双方の船から声が上がる。

「あ、あれは!!」

「美しい………」

「まるであの姿は」

「ああ……」

「あれは神獣フェニックス!」

 私とアレクが放った矢は、美しい不死鳥の姿となってルファリシオの巨大な体を貫く。
 驚愕に見開かれる九つの蛇の瞳。

「あ、あり得ん! 人が、人が神獣の力を!!」

 怒りに染まる邪神の、血のような赤い瞳。
 でも私の震えはもう止まっていた。
 アレクが私の手を強く握ってくれる。
 私は白い炎に包まれていく邪悪な存在を睨んだ。

「ルファリシオ! 多くの人のそして、動物たちの命を弄ぶ貴方を私は許せない!!」

 双頭の魔犬に大怪我を負わされた森の主バルロン。
 そして、密猟者に捕らえられ命を落としかけたフィオルの姿が脳裏に蘇る。
 それだけじゃない。
 バロフェルド、そしてこの男の野望の為にどれだけの命が失われたのだろう。
 炎に包まれた邪神、その巨体が船をきしませる。

「聖王妃リディア、いや聖女ルナ……お前は一体何者だ!? 人の子がこれ程の力を、こんなことがあり得るはずがない!」

 断末魔の咆哮を上げる九つの頭を持つ漆黒の邪神。

「ぐぉ! この俺の体が、神であるこの俺が!!」

「ルファリシオ、貴方は神なんかじゃない。悪魔よ!」

「おのれ! おのれぇええ! ぐぅうおおおおおおおおお!!」

 白い炎に焼き尽くされていく邪神。
 消え去っていくおぞましいその姿。
 思わず膝をつきそうになる私を、アレクがその腕に抱き締めてくれる。

「ルナ!!」

「アレク……」

 彼の腕の中にいるととても安心する。
 辺りは静まり返っている。
 呆然とこちらを眺めるジェーレントの兵士たちの手には、まだ剣や弓が握られていた。
 ジェーレントの黒い旗艦に乗る一人の兵士が、指揮官らしき人物に尋ねる。

「ルファリシオ様が……我らは一体どうすれば!? やはり、エディファンの魔女を……」

 そう問われた指揮官は、暫く黙ってこちらを見つめるとその手の剣を捨てた。

「お前はあれを見ていなかったのか? あのお方がいなければ、我らもあの化け物に殺されていた」

「あ、ああ。俺も見た!」

「俺も見たぞ、あのお方は魔女などではない! 本物の聖女だ!!」

「女神のごときあのお姿に、弓などひけるものか!!」

 次々に武器を捨てるジェーレントの兵士たち。
 壊れかけたロジュレンスの旗艦から海に投げ出された獣人たちを、自分たちの船に救い上げる姿さえ見える。
 それは戦いの終わりを意味していた。

「終わったのね? アレク」

「ああ、ルナ。お前のお蔭だ」

 私はアレクに微笑んだ。

「良かった……本当に良かった」

 私の指先は白い炎に包まれていく。
 そして、その炎はゆっくりと風の中に散っていく。
 まるで咲き誇る花は散るのが運命だというように。
 私の異変に気がついたルークさんが叫んだ。

「ルナさん!」

「ルークさん。みんなを、私の仲間たちをお願い……」

 アレクが目を見開いて私を見つめる。

「ルナ! 一体どうしたのだ!?」

「ごめんね、アレク。少し力を使い過ぎたみたい」

 命を燃やして放った矢の代償が、私の体を風に舞う花びらのように少しづつ散らしていくのが分かる。
 アレクは散りゆく私の体をしっかりと抱き締めた。

「駄目だ! ルナ……許さない! 一人で行くな!!」

 私は消えていく指先で彼の頬を触った。
 ずっとずっと昔のあの日から、いつも私を守ってくれた彼の頬を。

「アレク、貴方に会えてよかった……私、とても幸せだったわ」

「ルナ! ルナぁああああ!!」

 風の中に白い炎と化した自分の体が、空に舞い消え去っていくのが分かる。
 最後に感じたのはアレクの涙が私の頬に触れる感覚。

(アレク、私ももっと一緒にいたかった。ごめんね……)

 私の意識は空に舞い上がり、そしてそこで記憶は途切れた。




「ねえ、それで? 旅の詩人さん、それで聖女様はどうなったの?」

 幼い姉妹が、大きな瞳で旅の吟遊詩人を見上げてそう言った。
 あれから三か月、ここはエディファンの都エディファルリアの正門の前だ。
 旅の詩人は歌を終えて小さな獣人の姉妹を見つめる。

「天に還ったのでしょう。彼女がいなければ両国の兵士たちだけではなく、多くの人々の命が失われたに違いありません」

 それを聞いてしょんぼりとする幼い姉妹。
 詩人は、自分が座る長椅子のような石材の後ろを見上げる。
 そこにはこの国の王太子としっかりと手を繋ぎ、ユニコーンの王聖獣オルゼルスを説得する聖女の姿が描かれていた。
 最後の仕上げとも呼べる部分を、丁寧に描いている女性の絵描きの手がとまった。
 その口から寂しげに言葉が漏れる。
 傍には夫らしき大工の姿も見えた。

「あんた、例え壁画が完成しても聖女様は、ルナ様はもう戻っちゃ来ない。そう思うと私は悲しくてねぇ」

「うるせえぞ。分かってるんだ、そんなこと……でもよ、俺たちに出来ることはこれぐらいしかねえじゃねえか。そうだろ? アンナ」

 そう言って鼻をすする夫のダンを見て、アンナは涙を拭くと最後の一筆を入れた。

「そうだね、あんた。それにアレクファート殿下の悲しみに比べたら、私たちなんて」

 アンナはそう言うと正門の先にある街の広場を振り返る。
 そこに作られた白い小さな塔。
 それは美しい石碑になっておりこの国を救った聖女の名が刻まれている。

 周りには多くの花が供えられ、僅かな時ではあったが王太子の婚約者となった彼女が国民にどれだけ愛されていたのかが分かった。
 多くの人々が今日もまた次々と花を供えていく。

 そんな中、花に囲まれた聖女の墓標の前に立つ赤い髪の王太子の姿が見える。
 その腕にはルナが好きだった花が。
 彼の周りにいる動物たちは白い墓標に身を寄せていた。

『ルナぁ! ルナ……嫌だよ戻ってきてよ、リン寂しいよ』

 スーとルーは、そう言って泣く友達の白耳リスに体を寄せる。

『ルナ、ルーも寂しい』

『ルナに会いたいよぉ』

 羊ウサギの姉妹の目からポロポロと溢れる涙。
 その傍には少し大きくなった白鷲竜のヒナの姿が。

『ま~! マァマ』

 ピピュオには、ルナが死んでしまったことはまだ分からない。
 でも、優しいお姉ちゃんたちがここに来ていつも泣いているのを見るととても悲しくなる。
 そして、いつまでもルナがかえってこないことも。
 ルークとミーナも涙を浮かべて花を供えた。

「ルナさん……」

「ルナ様! ミーナはミーナは……」

 そんな中、真っすぐに白い墓標を見つめるアレク。
 ジンはそれを見て声を荒げた。

『アレク! お前は悲しくないのかよ! 涙一つ見せもしないで!!』

『やめろ、ジン』

『だってよ! シルヴァン!!』

 涙を流しながら憤るジンを見つめながら、シルヴァンは首を横に振った。

『もう涙が出ないんだ。心に大きな穴が開いたみたいに、もう涙が……俺も一緒だから分かるんだ』

 そう言うと、空に向かって一声大きく吠える銀狼の姿。
 ジンは両手を握りしめる。

『シルヴァン……くそ! くそぉおお! ルナぁあああ!!』

 メルも口に咥えてきた小さな花を、石碑の前に飾る。

『ルナさん、寂しいです。ルナさんにまた会いたい』

 動物たちは静かに祈りを捧げる。
 天に上ったルナの魂の為に。
 アレクはそんな彼らに囲まれて静かに手に持った花束を捧げると、その白い墓標に触れた。
 そして、空を見上げ目を閉じた。

「ルナ、見ているか? この石碑の前でお前に誓おう。お前が命懸けで守ったものを俺がこの手で守り抜くと。王太子として、いずれ王となっても決してお前を忘れはしない。永遠にお前だけを愛すると誓う」

 するとその時、後ろから声が聞こえた。

「本当に? でも、この国の王になるなら誰かが傍で支える必要があるんじゃない? 私なんてどうかしら」

 その言葉にアレクは、怒りに眉を吊り上げて後ろを振り返る。

「ふざけるな! ルナの代わりになれる者など誰もいない!」

 そう言ったアレクの瞳が大きく見開かれた。
 そこには一人の女性が立っている。
 いつの間に現れたのか、アレクを見上げて少し照れ臭そうに笑った。

「もう、そんなに怒らないでよ。アレクは怒ると怖いんだから」

 ルークとミーナが目を見開いた。
 先程まで誰も居なかった場所に、立つその女性の姿を見て。
 アレクは目の前に立つ彼女の頬に触れる。
 そして涙を流した。心に大きく開いた穴がまるで塞がっていくかのように。

「……本当にお前なのか?」

「ええ、アレク」

 力強くルナを抱き締めるアレク。

「アレク、苦しいわ。どうして私がここにいるのか説明させて」

「そんなことどうでもいい! ルナ、お前が傍にいるだけで俺は……」

 自然に重なる二人の唇。
 その後、ルナはアレクの腕の中で彼の顔を見上げる。

「ただいま、アレク」

 そしてまだ呆然とルナを見つめる仲間たちを見つめて微笑んだ。

「みんな、ただいま。心配かけてごめんね」
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