風に通わす記憶 ~語ろう、夜もすがら~

美袋和仁

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 新たな記憶 ~いつつめ~

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「えと、失礼します?」

 特待生室の扉を開けて、百香はおずおず顔を出した。
 そこには響と拓真がソファーに座り、亮が部屋の角で筋トレをしている。
 前に訪れた時は中央のグランドピアノにしか眼がいかなかった百香だが、よくよく見れば広い室内には沢山の物があった。
 扉側の左奥手にはマットやベンチプレスなどのスポーツ器具。逆角の窓辺は六畳ほどの畳スペースと茶道具。他にも漆塗りの箱が並び、花器には花が生けてある。
 右手奥は窓側に応接セット。扉側の角にはオーディオやギターなど、生徒会メンバーの個性が溢れる仕様になっていた。

「百香」

「百ちゃん、いらっしゃい」

 にこやかに迎えてくれた拓真に近づき、百香は小脇にかかえた重箱をテーブルに置く。

「大屋さんから薩摩芋もらってね。大学芋作ったの。お裾分けだよ」

 百香が蓋を開けると、そこには艶々な乱切りの大学芋。ちゃんとゴマがふられ、五本ほどの爪楊枝が添えられた一品。
 おーっと眼を見張る生徒会メンバー達。それぞれが爪楊枝を手にとり、大学芋を頬張った。

「うまっ、え? これなに?」

 亮が眼をしばたたかせる。

「何って大学芋」

 小首を傾げる百香に、亮は、そうじゃないとばかりに首を振った。

「そうじゃなくて.....、いや、そうなんだけど、市販品と違う。なんか、もっちりホクホクしてね?」

 ああ、とばかりに微笑む百香。その屈託ない笑顔に、亮は一瞬頬を染める。

「丸ごとで蒸してから揚げてるのよ。薩摩芋って曲者でね。丸ごとの方が繊維がほぐれやすいの。ほかの野菜もそうなんだけど、刃物で切ってから熱を通してしまうと味がぼやけるのよね。食感も」

 特に水分の多い物ほど、それが顕著だ。レタスなども刃物で切るより手で千切ったほうが良いと言われるのは、そのせいだ。

「何でもってわけじゃないけど、多くは丸ごと火を通すのが一番美味しくなるらしいよ?」

 なるほどと得心顔で頷く男性人。

 そこで何かを思い出したかのように響が微かに眼を伏せた。
 憂いの浮かんだ切なげな眼差し。百香でなくば、あまりの眼福に思わず地団駄を踏むであろう艶かしげなその姿。
 他の二人は気づかない、そのしょんぼりとした様子。
 
「どしたん? 元気ないじゃない? 何かあったの?」

 だが百香には丸分かりだ。

 言われて苦笑する響。ほんの少し唇がひきつっただけのソレでも百香には分かる。

「いや..... 明日から夜は撮影で。.....しばらく夕飯はいらない。.....学校には来るけど」

 ポツポツと話す響。

「了解。じゃ、掃除だけしとくね?」

「..........うん」

 何の変哲もない連絡事項。その合間に潜む微かな溜め息も百香は見逃さない。
 一時は険悪にもなったが、今は雇い主兼友人程度の情を持っていた。響のたゆまぬ努力が実った形である。
 それなりに労られて、いつまでも不機嫌で過ごせる百香ではない。

「何しょげてんのよっ、御仕事でしょ? 頑張んなよっ」

 ばんっと響の背中を叩く百香。

 しょげてる?

 拓真と亮は思わずマジマジと響を見つめた。
 何時もと変わらぬ鉄面皮。違いと言えば、ひっきりなしに口をモゴモゴさせている事か。もちろん中身は百香作の大学芋。

「.....御飯。.....一緒に食べたかったから」

 百香が家政婦に行った日、響は彼女と夕飯をとる。その事を言っているらしい。
 呆れたような顔で眼を見張り、次には零れるような笑顔で百香は響に微笑んだ。
 拓真と亮も思わず魅入られる優美な微笑み。

 .....綺麗な子だとは思ってたけど。笑うと可愛い系になるんだな。

 見かけと中身のギャップを知る拓真達には、外見詐欺としか感じられないが、響は無問題。
 百香であれば何でも良いらしく、いそいそと貢いでいた。わざわざ試供品と印刷されたシールまで購入して。
 響の渡してくるアレコレが、彼好みの物を購入した物だとは未だに知らない百香である。

 そんな一枚上手で狡猾な響の顔を覗き込み、彼女は屈託なく笑った。

「なあんだ、そんな事? なら、お昼を一緒しようよ。アタシお弁当作ってくるからさ」

「.....良いのか?」

 ぱあっと煌めく響の瞳。

「一つも二つも変わらないしね。それで良い?」

「ああ」

「分かりやすっww こんなんで喜んでくれるなら安いものよ。じゃ、重箱は帰りに取りにくるね」

 そう言い残して、百香は特待生室から出ていった。

 残された三人は無言のまま。拓真と亮は響をチラリと一瞥し、その表情を確認する。
 全くの鉄面皮。いったい、これのどこから感情を読み取っているのか。

「.....嬉しいか?」

「凄く.....」

 .....だろうね。

 拓真は響が彼女に情を寄せているのを知っていた。だから、顔に出なくても、その胸中を理解する。
 しかし彼女は知らないはずだ。なのに響の感情を的確に読み取っていた。
 
 二人の間に流れる不可思議な感覚。これが響の言っていた絆というモノか。

 記憶が無くとも繋がる見えない絆。

 思案に耽る拓真が大学芋を口にしていると、百香と入れ替わりで阿月が扉から入ってきた。

  室内に漂う微妙な雰囲気に首を傾げる阿月は、後で拓真から話を聞いて、その場にいられなかったことを心の底から悔しがるのである。
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