風に通わす記憶 ~語ろう、夜もすがら~

美袋和仁

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 新たな記憶 ~むっつめ~

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「図書室の入り口で百香ちゃんと逢いましたよ。何でも美味しい物があるとか?」

「ああ、お前好みだと思うぞ? そこのテーブルに..........」

 そう言いつつ振り返った拓真の視界には、重箱を腕の中に抱え込む響。
 彼は地味に嫌そうな顔をして阿月を見据えていた。

 .....こういう時だけ感情を伝えてくんなや、お前。

「一つで良いですから。ね?」

 仕方無さげに重箱を差し出す響。阿月も爪楊枝を取り、そっと大学芋を口にする。
 
 そして瞠目。

「やだ、なにこれっ? 美味しいっ!」

 もふもふもふっと咀嚼し、満足そうに呑み込んだ阿月は、じっと響の持つを見つめた。
 それに、ふいっと眼を逸らして、響は再び重箱を抱え込む。
 残念そうに眉を寄せる阿月。
 さすがに見ていられなくなり、拓真が間に入った。

「皆にって持って来てくれたんだろうがっ! ほら、寄越せっ!」

 拓真が大学芋に手を伸ばした瞬間、響はバチンっと音をたてて重箱の蓋を閉める。
 慌てて手を引っ込めた拓真だが、一瞬遅くば指を挟まれていたに違いない。

「おまっ! 俺の指は商売道具なんだぞっ?!」

「..........おしまい」

 .....勝手に決めんなっ!!

 しれっと重箱をナイナイする響。それを悔しげな顔で亮が見つめていた。

 百香と響の間に横たわる親密間。どう足掻いても割り込めるはずのない繋がり。
 
 .....ずっけぇよな。恋愛が早い者勝ちなんてよ。

 響には生まれてからずっと彼女と一緒だったアドバンテージかある。間違いなく百香は響にとって特別な存在だ。
 百香もそれと知らずだろうが、響に心の距離を近づけていた。

 .....自覚した途端に失恋かよ。

 綺麗とか可愛いとか、そういったモノに亮は疎い。正直、異性とか全く興味がない。むしろ集られると煩わしく、鬱陶しいと思っていた。
 弱々しいことを武器にし、涙で男を翻弄する生き物。そのくせ、感情が昂るとヒステリックに喚いて醜態をさらす唾棄すべき生き物。
 そのように亮は認識していた。彼の生い立ちが、その歪んだ見解を抱かせた。

 .....が、百香は違ったのだ。

 弱々しくも泣きもしない快活な少女。あの拓真や阿月にすら一目置かせるほど破天荒な生き物。
 毎日元気一杯で、見ていて気持ち良い。
 周囲に良い家の御令嬢ばかりしかいなかった亮は、にかっと裏表なく笑う彼女に惹かれていく。

 亮の母親は、女の醜い部分のみが集まったような女性だったから。
 
 父親の愛や関心を貪欲に求め、思いどおりにならないと幼い亮にすら暴力を振るった。息子を庇おうとする父親の姿がさらに母親の嫉妬を煽ったらしく、陰で随分な目に遇わされた。

 罵詈雑言の嵐と陰湿な虐待。

 そんな幼少期を過ごした亮は、学校に通うようになって、母親のミニチュアみたいな女の子達に辟易する。
 
 .....小さくても、結局は女なんだよな。

 極端な事例ばかりを目にしてきた不運な男の子は、女性不信な青年へと成長した。

 そこへ降って湧いた百香。

 今まで見たこともない生き物の登場に、亮は面食らう。
 いじめに遇っても平然とし、それがどうしたとばかりに突き進む姿は小気味が良い。
 何かあればオロオロし、メソメソと泣くか、逆ギレするような女しか知らなかった亮。
 全力疾走して駆け抜ける彼女を目撃した時は、呆れるを通り越して笑えた。腹の底から笑った。
 その理由がバイトに遅れそうだからと聞き、胸の空く思いだった。
 日常に根差した彼女の行動。女の情念と無縁な百香。それは、亮の心の琴線を激しく震わせる。

 .....なのに。

 彼女には生まれた時から響が側にいた。割り込めない二人の雰囲気を、亮も理解する。

 部屋の片隅で黄昏る亮に気づき、ふと響は動きを止めた。

 亮の態度の端々に見える百香への想いに響は気づいている。さっきも一瞬頬を染めた彼が響の逆鱗に触れていった。
 だが亮が黄昏れている理由は響のせいだろう。
 亮は真っ当な男だ。友人の恋慕う女性に横恋慕など出来るわけがない。たとえ、まだ響のモノになっていないとしても。

 響は重箱を持ち、そっと亮に差し出した。

「.....少しだけ。やる」

 己の懐に抱え込み、いそいそと隠していた百香の大学芋。

 思わず眼を見開き、亮は響を凝視する。
 何も浮かんでいない鉄面皮。それでも、微かな労りが伝わってきた。
 その理由を覚り、亮は眼をすがめる。

「.....俺、平気だから。ちょっと良いなって思ってただけだから」

「うん。.....ごめんな」

「謝んなよっ、惨めになるからっ!」

 ぼそぼそと交わされる二人の会話は拓真と阿月に聞こえない。

「.....美味いな」

「うん。でも三つまでな?」

「てめぇっ! それが傷心のダチに言う台詞かっ!」

 がばっと響の首に腕を絡めて、亮は彼の頭をワシワシと掻き回す。
 何が起きたのか分からない拓真と阿月は肩を竦め、絡み合う二人を微笑ましそうに眺めていた。

 そんなこんなで日々が過ぎ、百香のバイト先のファミレスを訪れた亮を除いた幼馴染み三人は、彼女を送りアパート前までやってくる。



「ありがとう。またね」

 御礼を言ってアパートの階段を上る百香。彼女が部屋に入り、明かりがついたのを確認して響は軽く息をついた。

「あそこに.....居るんだな」

「ん?」

「良いな..... 暖かい」

 幼馴染みの二人は、響の言わんとする事を察して眼を緩める。
 失った少女が戻ってきた。凍てついた永久凍土には、これ以上ない至福の春風だろう。

 恍惚とアパートの明かりを見つめる響。

 .....さて、この辺にさせておかないとな。

 それはそれ。これはこれだ。

 響の気持ちは分かるが、これを放置するとストーカー一直線である。
 すでに、その片鱗の見てえいる響を現実に連れ戻すべく二人が彼の両腕を掴んだ時。

 突然、百香の部屋の明かりが消えた。

 ばっと顔を上げた三人は怪訝そうに彼女の部屋を見据える。

 .....何が起きた? もう寝たのだろうか? .....何時もより随分と早い。

 アパートへ送る度に動かなくなる響を必死に連れ帰ろうとしていた二人は、否応なく百香の就寝時間を把握していた。
 彼女が寝るまで響はここから微動だにしないからだ。

 固唾を呑む三人を余所に、百香の部屋の扉が開き、そっと彼女が部屋から出てくる。
 辺りを窺うように一瞥し、出てきた彼女は足取りも軽く階段を降りて、どこかへと向かっていった。

「.....こんな夜更けに何処へ?」

「さあ?」

「...............」

 響は冷ややかな眼差して百香の後を追う。

「待て響っ! それじゃ完全なストーカーだぞっ?!」

「かまうもんか。.....逢い引きとかだったら、どうする? それなら相手を確認しないと。騙されてるかもしれないし」

 .....こういう時だけ流暢に喋んなよ。

 ずんずん進む響を追いかけ、致し方無くついていく苦労性の幼馴染み二人である。
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