風に通わす記憶 ~語ろう、夜もすがら~

美袋和仁

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 新たな記憶 ~やっつめ~

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「これより先は関係者以外ご遠慮いただきます」

 筋骨逞しい警備員が、複数の誰かを睨み付けていた。
 どうやら出演者に会おうとやぅてきた観客らしい。

「俺の親父はあの芸能プロダクションの会長だぞっ? 通せっ!」

 居丈高な男が怒鳴り付けても何処吹く風。警備員は仁王立ちしたままビクともしない。
 忌々しげな舌打ちを残して立ち去る男性客達。彼は響の横を通りすがり、ふんっと鼻白んだ一瞥を投げてきた。
 それでも響は怯まない。男性客らと入れ替わりに警備員の前へ向かった。

「ピアノ奏者の石動百香と会いたい」

 途端にピクリと警備員の眉が動いた。
 ここは無名の新人達しかいない。その名前を知る者も皆無と言っていい。
 なのに響は彼女の名前を口にした。

「関係者ですか?」

 コクリと小さく頷く響。その名前を尋ね、二人の警備員は顔を見合わせる。

「確認してまいります。少々お待ちを」

 一人の警備員が踵を返して控え室に向かう。
 それを見ていた観客男性達が、眼を剥いて警備員に食って掛かった。

「俺らはダメで、こいつらは良いのかよっ! 何でだっ!」

「ピアノ奏者の方はデビューする気がないのです。なのでスカウトやファンなどは一切御断りするよう言いつかっております」

「なんだとっ?!」

 喧々囂々とやり合う男性客らを余所に、戻ってきた警備員が道をあける。

「確認が取れました。秋津様らでお間違いございませんね?」

「ああ」

「お通しして構わないそうです。こちらへどうぞ」

 ぎゃんぎゃん叫ぶ男性客らを尻目に、響達三人は警備員の案内で百香の控え室へ向かった。



「ホントに秋津君達だったんだ。 どしたの? こんな時間に」

 .....それはこっちの台詞だ。

 拓真は胡乱げな眼差しで百香を見据える。
 彼女はティッシュで軽く口紅を拭うと、不思議そうな顔で響を見上げた。
 そのドレッサーに置かれている見慣れた商品に響の目が軽く見開く。
 常備品らしい物に混じる幾つかの品は、響の貢ぎ物。
 ここに来るまで、百香は何も持っていなかったはず。なのになぜ? と考え込む響。
 それを余所に百香はいつものごとく、にぱーっと笑った。
 百香の唇に残る仄かな紅の赤味。その扇情的な色合いに思わず喉を鳴らして、響は困ったかのような顔をする。

「いや.....その。あの後、ここを.....思い出して。遊びにきたら。偶然.....お前が演奏してて。.....驚いた」

 前者は嘘だが、後者は本当。
 しどろもどろにつっかえる響の言葉を、乾いた眼差しで聞く拓真と阿月。
 どの口が言うか.....と。

「お前が。.....出演してるなら、.....花でも持ってきた.....のにな」

「やめて~~っ、あんたに花は似合いすぎて、受け取るこっちが恥ずかしくなるから」

 顔をしかめてヒラヒラと手を振る百香。しかしその部屋の片隅に積まれた多くの花束やプレゼントらしき包みに響は剣呑な顔をする。

「.....あれは?」

「ああ、差し入れらしい。物好きが多いんだよね、ここ。金持ちばっかりみたいだしね」

 しれっと答える百香。

 妬みか嫉みか。煉獄の焔をメラメラとさせる響に百香は全く気づいていない。

 .....お前、彼氏面すんなっ! お前だってファンから山のように差し入れ貰ってるだろうがっ!!

 己を棚に上げ奉り、嫉妬を露にする響。だが百香はのほほん顔で、その妬け焦げそうに研ぎ澄まされた眼光をスルーしている。

 .....響の機微には、あれだけ聡いくせに。なぜこれに気づかないのか。

 ハラハラと見守る幼馴染み二人を余所に、響は百香に向けて微かな笑みをはく。

「.....どうするの? これ」

「ん? 一応中身を確認して、カードとかを抜いたら養護施設に寄付してるけど?」

 あまりの言葉に絶句し、顎を落とす拓真と阿月。対する百香も普通では無かった。
 思わぬ言葉を耳にして、思わず拓真は嘴を挟む。

「いやっ、寄付って..... 君に贈られた物だろう?」

「アタシにくれたんなら、アタシがどうしたって構わないじゃない」

「それはそうだけど.....」

 ファンの心を踏みにじる行為だ。拓真はそう思った。

「なかには高価な物とかもあるんじゃないか?」

 身につけてもらいたいと、拓真もファンからアクセサリーなど色々もらう。日替わりでつけているが、ブログやツイッターで、着けて貰えて嬉しいとか書き込まれると、こちらも嬉しくなるものだ。

 だがしかし、そんな情緒など持ち合わせてはいない苦学生様。

「ああ、あるね。良いお金になって助かるよ。園長らも喜んでくれてるし♪」

 再び、にぱーっと笑う小悪魔様。

 換金してるよ? と身も蓋もない台詞を宣う百香に、拓真は眩暈を禁じ得ない。
 思わずよろけた彼を支えて、阿月も苦笑いしている。

「まあ、価値観は人それぞれですから」

 自己満足で贈られた品だ。百香の自己満足に使われたのなら本望とでも思う他はないだろう。

「いつから.....?」

「ん? 高校入学したあたりかな。ファミレスに小さなピアノ置いてるじゃない? サックスやトランペットとか。ギターも」

 そういやあったな。小さな舞台横に。

「店長の趣味でね。たまに演奏するんよ。そこで声かけられてさ」

 .....なるほど。

「まだ.....?」

「うん、やるよ。こういう舞台の臨場感は堪らないよね。お金にもなるし、ラッキーだったな、アタシ♪」

「また.....」

「良いよー、いつでも見に来てよ。あ...... 花はいらないからねっ!」

 .....なぜ、会話が成立する?

 響の片言に、正しく受け答える百香。それが間違っていない事は、嬉しげな響の顔で丸分かりだった。

 .....熟年夫婦か、己らは。

 ぴったりとした阿吽の呼吸。端から見れば微笑ましいカップルにしか見えない二人に溜め息をつき、幼馴染み三人組は控え室を後にした。

「.....続けてた。良かった」

 万感の想いがこもる響の呟き。それを耳にして、拓真と阿月も微笑んだ。
 だが次の瞬間、響の炯眼に獰猛な光が宿る。

「確かめ.....ないと」

 低く唸るような呟きをもらして、響はタクシーをとめた。怪訝そうな顔で拓真と阿月もタクシーに乗り込む。
 バタンっとドアが閉まり、走り出したタクシーの中で、拓真は響に何処へ向かうのか聞いた。

「.....親父んとこ」

「響の?」

 コクリと頷く響。

 何が起きたのか分からないまま、三人を乗せたタクシーは、一路響の父親の会社へと向かっていった。
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