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語られる記憶
しおりを挟む「それって、さっき帰りに寄った支配人室での話のせいか?」
「...............」
父親の会社に向かいながら、むすりと口を引き絞る響。
彼は百香の控え室を出てから、慣れた足取りで出口とは反対方向に向かう。
訝しげな顔でついていく拓真と阿月が着いた場所は、豪奢な応接室。
そこに居た使用人らが瞠目するなか、響はドカっとソファーに腰を下ろして戸惑う使用人達を一瞥した。
「秋津の。息子が.....来たと伝えろ」
その名前を聞いて、しゃっと背筋を伸ばす人々。
秋津財閥といえば、このアンダー・ザ・ローゼのオーナーの一人である。
「承りました」
おしきせを着て上品な所作で頭を下げた男性は、奥の扉の中へ消えていく。
それを呆然と見送り、拓真と阿月もソファーに腰を下ろした。
「何なんだ、いったい?」
「響は、ここをよく御存じなのですね?」
二人の言葉に軽く頷き、響はメイドの出した紅茶に口をつける。
「奏の祖母.....も。ここのオーナーの一人.....だった」
思わず眼を見張る幼馴染みの二人。
だとすると、途方もない金持ちのはずだ。彼女の前の名前は何と言ったか.....
「しののめ.....だっけ? しののめ.....東雲.....? あっ!」
拓真も気付いたようだ。
日本で東雲を名乗る団体は一つしかない。東雲御前と呼ばれる女傑の築いた粋奇一族。風流に溺れ極める数奇者をモジってつけられた尊称、それが粋奇一族。
典雅流麗、美に、芸に、才にと日本の粋を集める一族である。古くから政治の世界に深く関わり、多くの功績を残してきた。
美しい、楽しい、面白い、美味しい等々。どれもが極めれば至宝である。それらを用いて日本の裏側を永くに亘り支えた一族。それが風雅を誇る東雲家だ。
「話には聞いたことあるぞ?」
「私も。でも、伝説のような朧気な噂話しか存じません」
驚嘆に顔を見合わせる二人を見て、響は苦笑する。
.....それはそうだ。今は無い一族だからな。
東雲御前の引退後、一族はそれぞれ決裂し袂を別った。己の才に自信と矜持を持つ者達ばかりの集まりだ。
現代の気風も手伝い、誰かの下につくことを厭うた彼等は、各々その道に独立していったのである。
残った家屋敷と東雲の名前を継いだのが奏の母親。
莫大な資産も別れた親族らと分かち、小分けされた遺産だけだったが、それなりに結構な金額だったらしい。
まあ、孫の代まで暮らしに困らない程度だが、新たな門家を起てるには十分だろう。
そこから直系親族は奏の家族しかおらず、アンダー・ザ・ローゼのオーナーも奏の母親に譲られたが、前述にもあった通りこの店は金持ちの道楽だ。
収益はほぼ無く、むしろ赤字を支援して補填する必要がある。
そんな負債の塊なオーナー枠を所持している意味はない。
結果、そのオーナー枠を響の父親が買い取り、奏の家族は普通の裕福な一家として暮らしていた。
響が奏の事を調べていた時に得た情報を脳裏に浮かべながら御茶を飲む響の前に、一人の男性が現れる。
「お久しぶりです、坊っちゃん」
やってきたのは大きな体躯の男。ゴツい身体にシックな鈍色のスーツをまとい、綺麗に撫でつけた頭を深々と下げている。
「挨拶は良い。なぜ、知らせなかった?」
冷ややかに穿たれる響の声に驚き、拓真と阿月は、ばっと彼を振り返った。
まるで蝋人形のように青白い響の顔。仄かな影の落ちるその顔で爛々と光る瞳は、眼窟奥に妖しげな焔を宿して目の前の男性を睨めつけている。
狂気にも似た雰囲気を醸す響が激怒しているのを見て取り、拓真と阿月は背筋を震わせた。全身が粟立ち、ピリピリとした静電気が絶え間無く肌の上を撫で回している。
それは男性も感じているのだろう。小さく嘆息して、彼は重そうに口を開いた。
「わたくしからは申せません。詳しい事はお父上にお尋ねくださいませ」
すうっと響の眼が辛辣に細められる。
「ここの支配人なお前が説明出来ないと?」
「はい」
「奏が出演しているのを隠したのも、出演させたのも親父の命令か?」
「..........そうです」
「...............」
居心地悪い沈黙が部屋を支配し、響は立ち上がると言葉もなく店を後にした。
そしてやってきた本社ビル。
深夜遅くにもかかわらず、秋津コンツェルンのビルには明かりがついていた。
タクシーから降りた三人は響を先頭に正面からビルに入っていく。
受付も通さず進み、エレベーターで最上階に着くと、響は通路最奥の重厚な扉を開いた。
ノックもせずに開けたそこには、大きなマホガニーの机に座る響の父親。
響に良く似た面差しの美丈夫は、落ち着いた雰囲気で三人を迎え入れる。
「アンダー・ザ・ローゼから話は来てるよな?」
「ああ。もう隠せないようだな」
親子の間にバチバチと飛び交う不穏な空気。
その軋轢に怯える拓真と阿月は、硬直したまま傍観するしかない。
先に口火を切ったのは父親だった。
「何処から話そうか..........」
響の父親は意識を飛ばすかのように遠い眼を馳せる。
それは十年程前。
ようやく、響の知らない奏の過去が明かされようとしていた。
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