風に通わす記憶 ~語ろう、夜もすがら~

美袋和仁

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 語られる記憶 ~ふたつめ~

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「奏の.....?」

 驚愕に眼を見張った響を、沈痛の面持ちで一瞥する父親。

 響の父の説明によれば、当時、まだ六歳だった奏を襲ったのは祖母の死亡により起きた、東雲御前の名前襲名だった。

 引退はしたが、祖母が存命なうちは東雲御前の名は祖母のモノ。時代の波に揉まれ解体されただけであって、数奇一族は各自独立したものの健在だ。

 そこに降って湧いた東雲御前の名前襲名。

 これは直系の女子のみに譲られる名前で、形骸化した権力ではあるが形だけでも末裔が存在している事が必要だと、東雲一家に親族が押し掛けてきたのだ。
 遡れば平安時代にまで続く古い旧家。それが現存している奇跡を失うわけにはいかないと。

『あなた方には荷が重いでしょう? 我々の誰かを後見人にして、襲名させませい』

 すかした顔で宣う親族達。

 それは暗に、奏を東雲一族の養女に出せという脅迫だった。

 愛娘を奪おうとする親族らの申し出を断る奏の両親だが、前述されたように東雲の一族は才に秀でた家門である。各界に力があり、彼らは卑劣な圧力をかけて奏の両親を追い詰めていった。
 仕事を奪われ、平穏を奪われ、奏の父親は酷いノイローゼとなり、しだいに娘へ憎しみを募らせていく。
 それに気付いた奏の母親が響の父にSOSを寄越したのだが、時既に遅く、その通話履歴を見つけた奏の父親は、逆に妻の不貞を疑ったのだ。
 疑心暗鬼に陥り、溜まっていたストレスが爆発した奏の父親は、娘を殺そうと刃物を持ち出す。

『お前さえいなければ..........っ』

 狂気に支配された夫から娘を庇い、奏の母親は凶刃の餌食となった。
 それが父親から最後の理性を奪う。

 最愛の妻を失い、彼のか細い理性の糸は、プツリと音をたてて切れた。

 電話を貰った響の父親が現場に駆けつけた時、そこは血の海。
 母親は首を切られて絶命。奏はくっきりと首を絞められた痕を残して倒れており、それをしたであろう父親がリビングで首を吊っていたとか。

 無理心中.......... 

 しかし、間に合わなかったと奥歯を噛み締める響の父親が、警察に通報しようとスマホを取り出した時。
 なんと死んでいると思った奏が息を吹き返した。

 それを抱き起こして、慌てて救急車を呼ぼうとした響の父は、現場を見渡して眼をすがめる。
 このまま通報したら、奏の将来はどうなる? 東雲一族が奏を手に入れるために動いていた事は響の父も知っていた。
 エグい方法で仕事を奪い、借金を背負わせ、彼等を追い詰めていた事を。
 響の父も助けようと声をかけていたが、奏の父は頑なに断り続けた。
 今思えば、その頃から自分の妻の不貞を疑っていたのだろう。
 東雲の一族は微に入り細を穿ち、ノイローゼに陥った奏の父に猜疑の種を蒔きまくっていた。
 音楽家の繊細な神経を磨耗させる悪辣な手法で。

 結果、起きた惨劇。まさか、こんな事態になるとは東雲の一族も思いもしなかったに違いない。

 響の父は腕の中の奏を見つめた。涙にけぶるぼんやりとした瞳。
 このまま事件をつまびらかにすると、奏は東雲の一族に奪われてしまう。
 奏の両親を。自分の親友を壊して死なせた、あの一族に。

 これを隠蔽しなくては..........っ!



「そう考えた私は、裏の伝を頼り、同じ年頃の女児の遺体を手に入れて、あの家に火を放ったんだよ」

 絶句して聞き入る三人を見て、響の父親は酷薄に眼を細めた。

 そして、そこからも問題だらけだった。

 奏を救えはしたが、響の父親は彼女を引き取ることも後見人になる事も出来ない。
 そんな事をすれば、あらゆる所にアンテナを巡らせる東雲一族に気づかれてしまうからだ。
 古い血族が持つ、伝や情報網は伊達ではない。

 そういった背景から、彼は致し方無く、奏を国に任せる事にした。
 辺鄙な田舎の片隅の養護施設を斡旋して、ただ見守るだけ。響の父親にはそれしか出来なかったのだ。
 そして、そこでの彼女への待遇が悪いと知るや否や、今度は知り合いの養護施設に声をかけて奏を引き取って貰った。
 貧しいが、とても良い老夫婦だ。目立たない程度の支援をし、古びたピアノをそこに寄付したのも響の父である。彼女からピアノを奪いたくはない。
 それに必要な防音施工にも抜かりはなかった。
 そして頻繁にカウンセリングを行い、奏を楽観的な性格に誘導していったのも響の父の采配である。

 こうして、ゆうるりとした穏やかな支援を行い、じっと奏を見守り続けていた響の父。

 ざっと聞いただけでも、死体遺棄に放火、幼女拐取。重犯罪のオンパレードである。

 拓真と阿月は言葉もない。

「引いたか?」

 ほくそ笑む父親に、響は、にっと狡猾な笑みを返す。

「ありがとう、父さん」

 瞠目する父の顔が可笑しくて、響は声をあげて笑った。
 何年ぶりに見ただろう。声を上げて笑う響を。
 呆然とする三人の視界の中で、さも愉しそうな顔の響が話を続ける。

「俺に知らせなかったのは、なぜ?」

「..........あの頃、お前は凄まじくカナちゃんに固執していた。いや、執着か。生きていると知ったら、間違いなく彼女の元に突っ走っただろう?」

 .....否定出来ない。

 響は、そっと父親から眼を逸らした。

「正直、カナちゃんが成人するまでは、お前に知らせるつもりは無かったんだ。彼女が未成年の間は東雲に親権が発生するからな」

 下手に響がまとわりつけば、それ経由で東雲一族に覚られる可能性がある。
 親友の忘れ形見を絶対に失いたくはない。

「なら、戸籍を上書きすれば良い」

 しれっと宣う息子に、父親は嫌な予感を覚えた。

「高校卒業したらプロポーズする。結婚して夫婦になれば、もう手出しはできないはずだ」

 .....手遅れか。

 真面目な顔で言い放つ息子に軽い眩暈を覚える父親。

 .....うん、分かってた。コイツが知れば、そう言う結論になるって。半端なかったものなあ。カナちゃんにベッタリで。

「反対はせん。だが、カナちゃんの気持ち優先でな? 無体は許さんぞ?」

「もちろん」

 至福に酔ったような淡い微笑みに、父親も幼馴染み二人も二の句が継げなかった。

 こうして奏の過去が明らかとなり、幼馴染みの協力を得て響の猛アタックが始まる。

 久々の舞台に興奮さめやらぬ百香は、これから巻き起こる波乱万丈な己の未来を知らない。

 御愁傷様♪
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