奪われたオメガは二つの運命に惑う

かべうち右近

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3. 偶然の出会い ※

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(とんでもないことをしちゃったわ……)

 貴族令嬢が朝帰りをするなど、考えられない。ジェラルドとガエルの家門であるペロー家と言えば、名門の侯爵家である。その家から『お嬢さんの具合が悪いようなので、今晩はこちらで休ませます』と言われれば、伯爵家のアンベール家は拒絶など到底できなかっただろう。

 婚約しているわけでもその予定もない女性に対し手を出すのは、互いの家門にとっての恥にしかならないから、リディの純潔は疑うべくもない。だが、令息の家に泊まるなど、軽率であることには変わりない。父であるアンベール伯爵から叱られはしなかったが、リディの心は落ち込んでいた。

 その彼女を見かねて、メイドのダニエラが街に連れ出してくれたのだ。

「お嬢様、まだ気になりますか……?」

「だって、今まで発情……なんてなかったのに」

 声を小さくしてリディが言えば、ダニエラは励ますようにあえて明るく笑った。

「大丈夫ですって! 今朝もしっかり抑制剤を飲んでいますし。体調の乱れで発情することはあるそうですけど、お医者様も大丈夫だっておっしゃってたでしょう? お嬢様もほら、笑顔笑顔」

 自分の口端を指で持ち上げたダニエラは、にこーっと笑って見せる。

「もう、ダニエラったら」

「そうですよ、お嬢様は笑ってるのが一番です」

 つられてくすくすと笑ったリディにダニエラは嬉しそうにした。彼女は幼いころからリディの専属メイドとして仕えているのだが、五歳年上なせいか気安い姉のようにリディを世話してくれる。

「ありがとう、ダニエラ。……あっ」

 並んで歩く二人の前方の店から、ちょうど一人の男性が出てきた。黒い髪のその男性に驚いて、リディは足を止める。

「お嬢様?」

「リディ?」

 ダニエラと男性がリディに声をかけたのは同時だった。リディを見つけた彼は、嬉しそうに目を細めた。

「あ……ジェラルド、さん……」

(どうしよう、会っちゃうなんて)

 自然と頬に熱が上がるのを感じながらリディが言えば、一瞬驚いたような顔をした彼が破顔する。

「俺だってすぐにわかったのか。凄いな、リディ」

「え? あの……」

 言われてみればガエルではなく、すぐにジェラルドだと気づいたのは不思議なものだ。先日の夜会のときと違って、ジェラルドは髪も服装もラフにしていて、一見して平民と変わらないように見える。

(そういえば、子どものころに会ってたときはいつも平民のような格好をしてたから、ジェイのことを平民だと思ってたんだっけ)

「なんだ、考え事か? 俺が目の前にいるのに」

 ぴん、と鼻を指先で弾かれて、リディは小さく声をあげた。

「なにするのよ!」

「お前が返事しないからだろ?」

「あ……ご、ごめんなさい」

 とっさに言い返して、リディはすぐに顔を赤くして俯く。目上の貴族に乱暴な言葉を使ったせいか、背中に嫌な汗をかいて身体が熱くなる。

「いや、敬語なんか使うなよ」

「そんなわけにはいきません」

「ははっすっかり貴族令嬢だな? だけど、子どものときみたいに、お転婆してたほうがお前らしくていいぞ?」

「もうっ! やめてったら!」

 頭をガシガシ撫でられながらのセリフに再びリディは声を出す。

「そうだよ、お前はそっちのほうがいい」

「……ふふ。意地悪なところ変わってないのね」

「お前がからかいたくなるようなことするからだろ?」

 何年もの間離れていたのに、ずっと一緒だったかのように気安いジェラルドについ笑みがこぼれる。

「優しい日と意地悪な日の差が激しいん、だ、から……?」

 文句を言ったリディの身体から、かくんと力が抜けた。同時に、先ほどから熱かった頬のみならず、身体の奥から迸るような衝動が芽生える。崩れ落ちそうになった彼女の身体をとっさに支えたのはジェラルドだ。

「大丈夫か? ……っ!」

「お嬢様、まさか!」

「ジェラルド、ごめんなさ……あ……っ」

 腕を添えてやんわりと身体を離そうとしたリディは、小さく声をあげる。その吐息が、色づいている。吐息だけではない。もはや彼女の身体からは、発情を促すフェロモンが漂っている。その影響はすでにジェラルドにも及んでいた。

「……すぐに発散させてやらないと。あんたリディのメイドだろう、この先の宿に先に行って部屋をとってくれ。俺はリディを連れて行くから」

「で、ですが」

「家に帰れば、だいじょう、ぶ……」

「ベータにはオメガのフェロモンは効きづらいって言っても、そのうち人が集まってきてほっとけば嬲られるぞ」

「わかりました……!」

 リディの訴えは無視され、タッと踵を返して走り出したダニエラは、一直線に宿へと走る。その後ろをリディを抱き上げたジェラルドが続いた。そうして部屋に入りこむとジェラルドはベッドにリディを下ろすとダニエラを振り向いた。

「あんたは外で待っててくれ」

「お嬢様から離れるわけにはいきません」

「リディだって、あんたに痴態を見られたくないだろうさ。発散させてやるだけだから安心しろ」

「……ダニエラ。おねがい……」

 息も絶え絶えのリディは、ジェラルドに抱えられてきたせいでますますフェロモンを強くしている。それは発情を強め、彼女の身体の奥が切なく疼いているということでもあった。

(ダニエラに、こんな姿見せられない……)

 今ジェラルドに身体を触れられるしかないのであれば、せめてダニエラには情けない姿を見せたくなかった。

「お嬢様……わかりました」

 そう告げて、ダニエラは部屋から出る。扉が閉ざされてふたりきりになると、ジェラルドはぎし、と音をたててベッドに乗り上げた。

「……リディ。触るぞ」

「ジェラルド……ま……んんっ」

 覆いかぶさったジェラルドは、真っ先にリディの唇を奪う。先日ガエルに口づけられたのとは違って、荒々しく噛みつくようなキスだ。

「んぅ……っ」

 喘いであいた唇の隙間から入ってきた熱い舌は、リディが応じようと応じまいと関係なく、ぬちゅぬちゅと音をたてて暴れ回る。

(頭が、ぼーっとする……)

「んぁっじぇらるど……!」

 彼の太ももがスカートを割ってリディの股をぐりぐりと押し始めた。ろくな愛撫をせずとも発情によって潤ったそこは、ドロワーズを汚して膝で乱暴に擦られるだけの刺激でも、快楽を得てしまう。

「あっあぁっそれ、いたいぃ……!」

「痛くないだろ、ここは気持ちいいって言ってる」

 ドレスを隔てていてさえ、リディの秘部からは膝で押されるたびに水音が響いていた。それを獰猛に笑ってジェラルドはからかう。

「や、ぁあ……」

「しょうがないな」

 いやいやしたリディの唇をキスで塞いで、ジェラルドは彼女のスカートをばさりとめくりあげる。そうしてドロワーズの中に手を潜り込ませると、下生えをかき分けて一気に割れめへと指を埋没させた。

「だめぇっ!」

「はは、びちゃびちゃだな? やっぱり気持ちいいんじゃないか」

「やっぁあっだめ、そこ、あああ……っ」

 蜜壺の奥には指を差し込まないで、ジェラルドは肉芽をごりっごりっと強く左右にこする。膝の刺激で固くなったそこは、強すぎるしごきを受けるたびに、身体の奥に電撃のような衝撃を走らせる。

「じぇらる、んぁっだ、めぇ……っ!」

「もっとしてってことだな」

「ひぁあああああ……っ!」

 刹那にリディは内腿を震わせて、ジェラルドの手を強く挟みこんだ。きゅうきゅうと痙攣する蜜壺は、快楽が強すぎたせいか、それが納まるころにはリディの全身から力が抜ける。

(わたし……また、こんな恥ずかしいことして……)

 発情した自分が恥ずかしく、未だとくとくとうるさい胸をきゅっと握りこんだリディはため息を吐いた。

「もうイった? リディ、でもまだ、足りないよな?」

「え、私もう……」

 発情は納まっていると言おうとしたその言葉を、唇で遮られた。先ほどと同じで、貪るような荒々しい口づけだ。

(どうしちゃったの、私……!)

 抵抗をすればいい。そのはずだ。だが、腕が動かない。

「んぅ……ん、んん」

 また発情が始まったのかと思うには、身体の熱はそれほどでもない。だが、荒々しく口内を犯すその舌が、リディにとっては。

(気持ちいいなんて……!)

 発情してたときならばまだしも、リディは息苦しいにもかかわらずジェラルドの舌に応え始めている。その熱に再び身体の奥にふつふつと湧き上がるような欲を覚えた。ジェラルドの手は未だにリディの敏感なところを強くこすっていて、そのせいで腰が揺れる。

(オメガって、こんなにいやらしいのが普通なの!?)

 泣きそうになったリディは、さらにショックを受ける。

「最後まではしないから」

「……?」

 口を離された途端の宣言から、ドロワーズがずるんと降ろされた。その彼女の身体をぐるんと反転させてうつ伏せにさせると、腰を持ち上げて四つん這いのような格好にする。スカートをまくりあげられ、尻を突き出した状態にさせられたリディの閉じた股を割って、ジェラルドは腰をぐっと押し付けた。

(なに? 熱い……!)

 びくん、と震えた彼女の股には今、熱を孕み固くそそりたったものが秘所の花弁を押し開くようにして当てられていた。それはいつの間にかズボンをくつろげていたジェラルドの猛った肉棒に他ならない。

「や……っジェラルド! こんなこと許されないわ!」

「挿れないから……少しは付き合ってくれよ。今だってめちゃくちゃにお前を犯したいのに我慢してるんだ」

 リディの拒絶の声に構わず、ジェラルドは彼女の腰をしっかりと抱えて、密着させていた身体をわずかに引いた。

「いや……っ!」

 ぬるん、と股の間を肉棒が滑る。腰が打ち付けられると同時に肉芽を引っかけて、ジェラルドの欲望が割れ目の上をずりずりとこすりあげた。秘部から溢れた蜜を肉棒にまとわりつくたびに滑りがよくなり、前後する腰の動きが早くなる。

「やっこんなの……ジェラルド……ぁっあっ……んぅ……っ」

 明るい部屋の中に、ベッドの軋む音と水音、そして自身の喘ぎ声がばかりが響いて恥ずかしい。ジェラルドも荒い息を吐いて腰を振っているが、うつ伏せにされているせいか、その息遣いが聞き取れず、自分ばかり喘がされているかのような錯覚に陥る。甘い言葉をかけられるでもなく、リディのフェロモンに煽られたジェラルドはただ快楽を求めて腰を打ち付け続けていた。

 身体を固定されていて逃げることも叶わないリディは、そのまましばらくただ割れ目をこすられる。

「リディ……そろそろ……っ」

「えっあ、……んんっ」

 ジェラルドが腰を止めたその刹那、股に挟まれた肉棒がびくんびくんと震える。

「……え……?」

 下腹のあたりに何か熱いものが当たったのを感じて、リディが声をあげた。その彼女の背中にジェラルドがのしかかって、満足そうに息を吐く。

「やっぱり、俺がお前の運命だ」

「ジェラルドが運命……」

 双子のどちらかが運命だという話だったが、ジェラルドがそうだったのか。それとも体調の乱れで発情したのか、リディはわからない。だが、初恋の人が運命だと言われて、悪い気はしなかった。

「初恋が実るなんて、おとぎ話みたい……」

「初恋?」

 聞きとがめられて、はっとしたリディは慌てる。

「あ、あの子どものころにね! ジェラルドのこと、好きだったの。意地悪なときもあるけど、私を助けてくれたり、優しくて。それで、あの……」

「リディ」

 うつ伏せだった彼女の身体を仰向けにさせて、ジェラルドが熱のこもった声をかける。

「あ……、で、でももうだめ……婚約も決まってないんだから!」

 ゆっくりと唇を落とされそうになったのを、リディは慌てて両手で遮る。

「お前は真面目だな。いいぜ。すぐに婚約を申し込んでやる」

 ふはっと笑った彼の目に、獲物を狩るような獰猛な光が宿った。その目線になぜかどきりとしながら、リディはひとまずこれ以上何もされないことにほっとした。

「……うん」

 目を閉じて、リディはこれからの婚約を思って息を吐くのだった。
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