元騎士は旧友の甘い執着に堕ちて

かべうち右近

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元騎士は旧友の甘い執着に堕ちて

4.旧友

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 転生する前のジェイミーが見習い騎士だったころ、彼はまだ身長が伸びきっていなかったせいなのか、美しい顔立ちのせいなのか、とにかく先輩騎士にちょっかいをかけられることが多かった。

 とはいえ、彼も男である。腕っぷしでそれをはねのけ、腕ずくでどうにかなるものではないのだと示してきた。
 今見ているのは、過去の夢である。ジェイミーが剣の手入れをしながら、親友の見習い騎士と二人で談笑しているときのことだった。

「一回くらい、付き合ってやればあんなにちょっかいかけられることもなくなるんじゃないか?」

 からかい気味のジョークを言う親友を、ジェイミーは睨みつける。アッシュグレーの髪に琥珀色の瞳が印象的な彼は、背の低いジェイミーと違って、すでにかなり背が高い。だから、先輩騎士にちょっかいをかけられるよりも、その気のある見習い騎士から告白を受ける立場だった。

 つまり、女っけのない集団生活の中で、見習い騎士と騎士が付き合う例は珍しくないのだ。男色の気がなくとも、一度も男と関係を持っていない騎士のほうが珍しいくらいである。

「そういうお前だって、誰ともヤってなんかないくせに。よく言う」

「ははは」

「お前にとっては笑いごとでも、私にとっては死活問題なんだよ。いいか、一度でも応じてみろ。『俺も相手してくれ』って他の先輩方がやってくるに決まってるだろう。与しやすいと思われているのだろうな。不愉快だ」

 吐き捨てたジェイミーに対し、親友はまたも笑った。

「そんなに男を敬遠するのは、故郷に好きな女でもいるからか? 婚約者はいないと言っていただろう」

「そんなものはいないが……そもそも色恋なぞ私はわからない。惚れただのなんだのというのは、騎士として身をたて、妻を持てる立場になってから考えるべきだろう」

「お前はつくづく真面目だな」

 笑い交じりの言葉がばかにされたように感じて、ジェイミーはむっとした。

「お前はどうなんだ。好きな女がいるから、誘いを断っているのか? ずいぶんとモテているだろう」

「好きな女ねえ。……そんなもんいねえよ」

 親友は言って、手入れしていた剣を置いて次のものを手にとる。これは先輩騎士の剣だ。

「じゃあどうしてだ? 私に『一回ヤれ』というくらいだから、別に男と寝るのがいやなわけではないんだろう?」

「はは、そいつは極端な推理だな、ジェイ。そうだな、強いて言えば……お前をからかってるほうが楽しいからじゃないか?」

 にやりと笑った親友に、ジェイミーはいよいよ憤慨する。

「またお前はそういうことを! ……もういい、私は休憩に入る! 仮眠を取るから邪魔するなよ!」

「なんだ、拗ねたのか。ジェイ」

「知らん」

 ごろりと横になって、ジェイミーは親友の笑いを含んだ声を冷たく切り捨てる。それが面白かったようで、親友はまた笑いをこぼした。よく笑うやつだ、と呆れながら目を閉じて、ジェイミーはそのまま昼寝をしたのだった。


***


(そうだ。あの頃は簡単に、ねじ伏せられたのに)

 ぼやぼやと夢の中で、ジェイミーは考える。

「……イ」

 木漏れ日の落ちる木の下、うたたねをしていたジェイミーは呼び声がしたのに、眉間に皺を寄せた。

「ジェイミー」

「んん……」

「おい、起きろ」

 肩を揺すられるが、瞼が重くてまだ起きられない。

「ジェイ」

「もう少し寝かせてくれ、クリフォード。私はまだ……」

 身体を揺する腕を邪険に払おうとしてぼやいたところで、ジェイミーははっとした。ぱちぱちと瞬きをすれば、逆光にきらめいて、アッシュグレーの髪が眩しく映る。だがそれはつい先ほどまで見ていた夢の親友の顔とは違う。彼の顔は、夢の中より二十歳ほど老けている。

(しまった……!)

 過去の夢を見ていたせいで、あの頃の呼び方でクリフォードを呼んでしまった。目の前のクリフォードは、今となっては婚約者になったが、転生前のジェイミーの親友の騎士だったのだ。

 旧友とこうして剣術指南の相手として再会したのは、本当に偶然だった。剣を習いたいとねだったジェイミーに、たまたま父が用意したのが騎士を退任したクリフォードだったのだ。普通ならもっと若い騎士をあてがうところだろうが、うら若い令嬢への指南ということでクリフォードに白羽の矢が立ったわけである。十四歳の時に習い始めて、もう五年になる。

 再会したばかりのころは、クリフォードと婚約する未来など想像もしなかった。

 そして婚約者になった今でなお、剣術指南は続いている。今日もその約束をしていたが、クリフォードが来るまで庭の木にもたれかかっているうちに、いつの間にかうたたねしていたらしい。寝顔を見られたことも、夢の続きと勘違いしたことも、全てが恥ずかしい、。

「ウィル、ズ卿……」

 気まずさに、ジェイミーは口ごもったようになる。転生前に男であったことを告白したものの、ジェイミーがかつての親友であることを、未だに打ち明けていない。だから呼び方を間違えたのをどう言い訳しようと考えるが、うまい言葉が見つからない。

「ん、なんだ? またその呼び方に戻るのか」

 からかうような笑みを浮かべて、クリフォードは言う。

「すみません、寝ぼけてしまって」

「いいや、構わない。どうせお前と俺は婚約者同士だろう。いつまでも『ウィルズ卿』じゃ体裁が悪いだろうと思っていたところだ」

(でも……)

 心の中では『クリフォード』と呼んでいても、面と向かって呼ぶ勇気はない。ついさっきや、先日の夜会のとき、とっさにそう呼んでしまったものの、普段から『クリフォード』と呼ぶようになれば、いつ気が緩んで彼にジェイミーの正体がバレるのではないかとヒヤヒヤしてしまう。

 元男であったことは伝えられても、ジェイミーが親友であったことなど、言えるわけがない。

(……あんな、あんなに情けない死に方をした男が、おめおめと戻ってきたなんて、クリフォードに言えるわけがない)

 そんなことを思っているにも関わらず、彼を婚約者にすることを選んだのは、ひとえに男は男でも、クリフォードだけはそばにいても心地良いからだろう。それは騎士時代から変わらない。

「なんだ、『婚約者』なんて肩書だけじゃあ名前は呼びづらいか? だが、対外的には親しそうにしておいたほうがよかろうよ。政略結婚だなんだと言って、こないだのブライトンのような若造が沸いて出るとも限らん。それじゃあ、俺と婚約した意味がないだろう」

 返事をしないジェイミーに対して、クリフォードは畳みかける。彼の言うことはもっともだ。ただでさえ年齢差ゆえに目立っているのだから、恋愛結婚であると見せかけておいたほうがいい。理屈はわかっているのだが、それでもジェイミーは頷けない。

「……何がいやなのか知らないが……しょうがねえな。じゃあお前のことを『ジェイ』と呼ぶ。それでいいな?」

「え」

「愛称なんざ、異性は家族か恋人くらいしか呼ばせねえだろ」

「そう、ですね……わかりました」

(ここらが妥協点か……。いや全部、私のわがままに付き合わせているというのに。クリフォードも律儀なやつだ)

 旧友の気遣いにありがたく思いながらもジェイミーは頷く。

(それにしても、昔と同じ呼び名か……)

「色々と気遣ってくださってありがとうございます」

「気にするな。その口調も、俺とふたりきりのときならいつも通りに戻していいんだぞ? 敬語も必要ない」

「いつも、とおっしゃいますと?」

「ほら、男言葉が飛び出ることがあるだろう。あれが素じゃないのか?」

 指摘されたジェイミーの頬が赤く染まる。そういえば、時々男言葉が出ていると指摘されていたのだった。自分では淑女の仮面を完璧被れていると思っていたのに、そうではなかったと改めてつきつけられると恥ずかしい。

「…………それは……」

(言葉遣いまで戻したら、ますますあの頃のように接してしまいそうで怖いな。だけど)

 苦笑したジェイミーは立ち上がって淑女の礼をとった。

「では、気兼ねなくそうさせてもらおう、ウィルズ卿」

「ははは、見た目だけは立派な礼だな」

 楽しそうに笑ったクリフォードは、言いながら木剣をジェイミーに渡してよこす。

「じゃあ今日も始めるか」

「よろしくお願いします」

 今度は騎士の礼を取ってからジェイミーは木剣を構える。そうして、今日もクリフォードによる剣術指南が始まった。

(……婚約する前よりも、ずっと距離が近くて困るな)

 それは心の距離なのか身体の距離なのか。昔じゃれあっていたころにはどうしたって戻れないのに、ジェイミーは懐かしみながら木剣を振るのだった。
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