着ぶくれ令嬢は××好きな仕立て屋に貪られる

かべうち右近

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3.卒業パーティー

 二人の縁談はとんとん拍子に進んだ。クレイは留学生なうえ祖国では仕立て屋をしているらしいとミュリエルは聞いている。そんな相手だからこそ、てっきり反対されるかと思っていたが、両親は手放しで喜んでくれた。もとより伯爵家相手とはいえ、ブライアンの横暴な態度にミュリエルが幸せになれないのではないかとずっと心配をしていたらしい。

 貴族学校で、クレイや他の友人たちと親しくしているのは聞いていたものの、ブライアンはそっけなくなる一方だった。しかも、そろそろ婚約誓約書を取り交わさないといけないのに、ブライアンにはその気がない様子だ。そんな中でミュリエルにベタ惚れの様子のクレイが縁談を申し込んできたから一安心というわけである。

(……クレイってば、本当はす、すごくえっちなだけの人なのに……お父様もお母さまも騙されてるわ……!)

 優しい雰囲気の彼が、よもやむっつりすけべで、ミュリエルのことを「いい身体」だの「いいおっぱい」だのと言っていることは、もちろん両親は知らないのである。とはいえ。

(……私も、断らないんだから……一緒かもしれないけど……うぅ)

 困ったことに、クレイへの気持ちは変わらない。

(だってクレイが前と変わったのは、胸のことだけだし……)

 そんな調子で縁談のまとまった二人は、卒業パーティーを迎えていた。

『僕にミュリエルのドレスをデザインさせてほしいな』

 そう言って、クレイはミュリエルのドレスを仕立ててくれた。もちろん採寸から彼が担当したのは言うまでもない。全身をコーディネートすると豪語した彼は、どこから手に入れたのか髪用の専用石鹸や、髪を整える香油を色々贈ってくれ、装飾品類までも全てをクレイは用意してくれたのだ。

 そうして頭のてっぺんからつま先まで全てがクレイが選んだものに身を包んだミュリエルは、卒業式のパーティーの会場に入る前に緊張していた。

「ミュリエル、とっても素敵だよ」

 会場に入る直前、クレイは今日何度も口にしている賛辞をまたも囁いた。エスコートのために絡ませた腕を嬉しそうにさすり、うっとりとミュリエルに見つめている。顔の整った彼がそんなふうに見つめてくるだけで、ミュリエルの胸がうるさくなって仕方がない。その胸の高鳴りを無視するように、自分の身体を見下ろしてミュリエルはため息をついた。

「でも……はしたなくないかしら」

「君の魅力を一番引き立てるドレスがたまたまこの形だったってだけだよ。さ、行こうか」

 パーティーホールの扉が開け放たれて、招待状を受け取った受付の者が声を張り上げる。

「ミュリエル・モット子爵令嬢、ならびにレーヌ国クレイル・ランヌ侯爵令息、ご入場です」

 読み上げられた名前に、すでに会場に来ていた生徒たちの視線が一斉に向いた。どよめきが広がって、皆が二人に注目している。

「嘘だろう……」
「あれが、モット子爵令嬢……?」

 今日のミュリエルは、光り輝かんばかりの美貌だった。もともと彼女の顔は整っていて愛らしい。その顔を縁取る金の髪は、いつもならわら束のようだが今日はしっとりと艶を帯びてゆったりとしたウェーブヘアを垂らし、ハーフアップにして宝石をちりばめた飾りでまとめたまるで妖精のような髪型だ。この国では見られないが、これは隣国の流行りのヘアスタイルだった。

 それにドレスも変わっている。デコルテと肩を大胆に晒したカットになっていて、胸元と二の腕の袖はレースで覆われている。彼女のふくよかな胸が綺麗なまるみを描いていて、その胸のすぐ下できゅっと引き締まっていた。腰から太ももまでがぴったりと身体に添うようなラインで、そこからつま先の裾にかけて徐々に広がった形状のドレスである。ドレスの内側には身体のラインを補正するような骨組みなどは入っていないから、彼女のボディラインを見せつけるようなデザインである。これは着る人の体型が悪ければ着こなせないが、ミュリエルにはぴったりだった。

 この国の流行では、腰の引き絞りから下は、たっぷりのパニエで膨らませたボリュームのある釣鐘型のドレスが主流だからこそ、ミュリエルの身に着けるドレスは驚きの目で見られている。けれども、その眼差しは羨望だ。ふくよかな胸に引き締まったウエストに憧れるからこそ、コルセットを身に着けるのだから。

 つまり、ミュリエルは太ってなんかいなかった。胸が極端に大きいだけで、彼女のウエストはきゅっと引き締まっているのだ。制服はみな一律で同じ型を作って作るので、胸に合わせたサイズを着ようとするとどうしてもお腹周りは太くなってしまう。結果、ミュリエルは太って見えていたのである。

「……やっぱり、他の人にはみっともなく見えたんじゃないかしら」
「そんなことないよ。大丈夫」
「だって、ふ、太いし……」
「ミュリエルのおっぱ……胸は、グラマラスっていうんだよ」

(また胸のこと言ってる……太いのに……)

 魅惑的に張り出した胸も、形の良い尻も、ミュリエルからすれば太っているのだ。なのに、クレイはそれがいいという。

(クレイって変だわ)

 頬を赤くして黙りこんだ婚約者にクレイは微笑んで、組んだ手を引き寄せ甲に口づける。ますます頬が赤くなったのを満足そうに眺めてからクレイは悠々とミュリエルをエスコートして会場内を進んでいった。

「ど、どういうことだ……!」

 わなわなと震えた声で怒鳴りつけてきたのは、案の定というべきか、ブライアンである。彼は黒髪の女性を連れていた。彼女が噂のブライアンの恋人なのだろう。

「こんばんは、サリス伯爵令息」

 にこやかにクレイが挨拶したのに倣って、ミュリエルも礼をとる。特にその二人が並んでいるのを見ても、何も心は痛まない。

「貴様……平民の仕立て屋じゃなかったのか……!」
「うーん、面倒臭いから隠してたんだけどねえ……。どうせ僕は三男だし、ここの学校は身分は関係ないんだから、肩書きは必要ないと思って」

 困ったようにクレイは言う。彼の身分についてミュリエルが知ったのは、両親に結婚の承諾をもらったあとだった。クレイの家門の書名が入った正式な求婚状が届き、驚いて問い詰めたところで明かされて随分と動揺したものだ。こんなに高位の貴族だとは知らずに、ミュリエルは気兼ねなく接していたのだから。

『身分で結婚してくれるわけじゃないんでしょう?』

 と言われてしまえばその通りだったので、ミュリエルは表向きには『仕立て屋のクレイ』と婚約したことになっていたのだが。その表向きの情報を、ブライアンも鵜呑みにしていたというわけだ。

「……そ、そうか……じゃあ、その侯爵家の金を使って、みゅ、ミュリエルも痩せさせたんだな。随分といい化粧師を雇っているようじゃないか」

 お金を使ってどうやって痩せさせるのだ。そうつっこみが来ても仕方のない場面だが、クレイはふふっと笑った。エスコートのために絡めていた腕をミュリエルの腰に回して引き寄せる。腰の細い彼女の身体は、クレイの腕にすっぽりと収まった。

「クレイ……恥ずかしいわ」

 小さい抗議の声をあげて、ミュリエルが困ったように言ってもクレイは離してくれない。

「全く、サリス伯爵令息は見る目がないね。ミュリエルは最初からずっとこの身体だよ。ああ、髪を整えるのにオイルは贈ったけれど」
「なに……」
「サリス伯爵令息が、休みの日に一度でもミュリエルを誘っていたら普段のドレス姿でわかっただろうにね。まあ……僕は君がまぬけなおかげでミュリエルと婚約できたんだけど。君には感謝してるよ」

 言いながらクレイは、ミュリエルのつむじに軽く口づけて、ちらりとブライアンに目を向ける。

「そろそろ行ってもいいかな? ミュリエルはこれがデビュタントだからね」

 そう言ってクレイはブライアンの返事も聞かずに、パーティー会場を再び歩き始める。ブライアンを無視して歩き出したことに、ミュリエルはほんのちょっぴりだけ後ろを気にする。

「いいのかしら……?」
「構わないよ。だって、もうサリス伯爵家とは関係ないでしょう」
「うん……」
「ほら、そんなことよりも。一曲、踊っていただけますか?」
「!」

 クレイの言った通り、今夜はミュリエルの社交デビューだ。パートナーとのファーストダンスも初めてである。心配に染まっていた顔が一瞬にして照れに塗り替わって、ミュリエルは花がほころぶように微笑んだ。

「喜んで」

 会場内に流れる音楽に乗って、ミュリエルとクレイは踊りだした。彼女の横顔が美しく微笑んでいる。初めてのダンスだとは思えないくらいに流麗なその姿は、まるでおとぎ話のお姫様たちの姿のようだ。

 そんな彼女たちを夢見るような眼差しで見つめる人々がいる一方で、忌々し気な目線を送る男が一人いる。もちろんブライアンである。

『太って醜いミュリエルが、みすぼらしい格好の平民の男にエスコートされてくるに違いない』

 おそらくブライアンは、そんな予想をしていて、二人を嘲笑うつもりで彼女らを待ち受けていたのだろう。だからこそいち早く声をかけてきたのだろうが、見事にあてが外れている。今の二人はどこからどう見ても美男美女のカップルだし、クレイも隣国ではあるものの、侯爵令息の立場である。ミュリエルのドレスもクレイのまとう礼服も一級品だ。

 太っていてみすぼらしいと見下していたミュリエルがグラマラスボディの美女に生まれ変わって現れた。しかも自分より爵位の高い男と幸せそうに踊る姿を見て、ブライアンは歯ぎしりをした。貶めて嘲笑ってやろうだなんて目論見ははずれている。

「くそ……っ! なんなんだ!」

 隣にいる黒髪の恋人の存在も忘れて、ブライアンは咆哮をあげる。

(今、怒鳴り声が聞こえたかしら……?)

 首を傾げたミュリエルに、クレイが口元を歪めて腰をぐっと引き寄せた。

「何を考えているの? ほら、僕に集中して?」
「……っ!」

 耳元に囁かれたその一言だけで、ミュリエルはクレイのことで頭がいっぱいになってしまった。

 そうして二人は会場の注目を浴びながら、きらびやかな卒業パーティーを楽しんだのだった。
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