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身代わり花嫁と軍服のこじれた初恋
二十三話『死臭』
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「清華」
昭三と会ったのは、これが初めてだった。
「あの、どちら様でしょう」
清華は男性に訊ねた。
「わしか。わしは美作昭三、和俊の父親だ」
「!」
清華が凍りつき、鏡弥が庇うよう立つ。
「なんのご用です」
「なんの、とは!ここは大通りだ、わしはたまたま君らに会っただけだ」
「――――」
「まるで、闘犬のような目だな。しょせんは成り上がりの末裔だ」
「話がないなら、失礼させていただきます」
清華の肩を抱き、鏡弥は昭三の横を通り過ぎる。
「清華は皇族だ。長谷川の当主如きが抱いてよい娘ではない」
「清華はオレの妻です。昨日、祝言を挙げました。あなたにとやかく言われる筋ではありません」
失礼、と鏡弥は一礼した。
「鏡弥さん」
「大丈夫だ、君には触れさせない」
いつもの優しい鏡弥の横顔ではないことに、清華は不安を感じていた。
「鏡弥さん」
お願いだから、遠くに行かないで。清華は言葉を飲み込んだ。
(一瞬で、軍人の顔に変わる。戦場にいるかのような精悍さのある表情に、私は頼もしさより不安を感じた)
この顔と眼差しで、鏡弥は銃を構えていたのだ。狙撃部隊の一人として、一騎当千の兵士として。
鏡弥と対峙した敵兵は、さぞや恐怖を感じただろう。
「昭三だ」
「え?」
姿が見えなくなった所で、鏡弥が足を止めた。
「あの男、人を殺めている。それも、やったのは戦場じゃなく」
「まさか」
振り返るな、と鏡弥が囁く。
「まだ見てる。嫌な視線と気配がする」
「――――」
清華が震える。
「あの人が父や母を殺したんでしょうか?」
「わからない。だが、あの眼は普通じゃない」
海辺の家に帰り、鏡弥が話した。死線を、そういう世界を生き抜いた者だけがわかるニオイがある。
「あれは、体に染み付いた死臭だ」
「え」
「香水か何かで誤魔化していたが、和俊にはしないニオイが昭三にはある」
数多と殺した死人のニオイが、昭三には染み付いている。
「わ、わかりませんでした」
「ま、分からない方が幸せさ。葬儀屋でもない限りは、付かないニオイだからな」
―――死体の臭いとは、どのようなニオイなのだろう。
「清華と会った」
「そう、ですか」
和俊は昭三に呼び出された。
「あれは長谷川の若造の妻ではない、お前の妻になるべき女だ」
「父さん、僕は」
「案ずるな、長谷川鏡弥が消えれば清華はお前に」
(僕はそんなことは望んでいない。そう言えていれば、あの出来事は―――。全ては家を捨てられない、僕の弱さが招いたことだった)
「鏡弥さ」
その夜、鏡弥は激しく清華を抱いた。
「待って、まだイッ」
「待たない」
深く口付けられ、涙が流れ落ちた。
(まともに生きてきた人間の目じゃない。昭三の眼に、底知れない恐怖を感じた)
昭三と会ったのは、これが初めてだった。
「あの、どちら様でしょう」
清華は男性に訊ねた。
「わしか。わしは美作昭三、和俊の父親だ」
「!」
清華が凍りつき、鏡弥が庇うよう立つ。
「なんのご用です」
「なんの、とは!ここは大通りだ、わしはたまたま君らに会っただけだ」
「――――」
「まるで、闘犬のような目だな。しょせんは成り上がりの末裔だ」
「話がないなら、失礼させていただきます」
清華の肩を抱き、鏡弥は昭三の横を通り過ぎる。
「清華は皇族だ。長谷川の当主如きが抱いてよい娘ではない」
「清華はオレの妻です。昨日、祝言を挙げました。あなたにとやかく言われる筋ではありません」
失礼、と鏡弥は一礼した。
「鏡弥さん」
「大丈夫だ、君には触れさせない」
いつもの優しい鏡弥の横顔ではないことに、清華は不安を感じていた。
「鏡弥さん」
お願いだから、遠くに行かないで。清華は言葉を飲み込んだ。
(一瞬で、軍人の顔に変わる。戦場にいるかのような精悍さのある表情に、私は頼もしさより不安を感じた)
この顔と眼差しで、鏡弥は銃を構えていたのだ。狙撃部隊の一人として、一騎当千の兵士として。
鏡弥と対峙した敵兵は、さぞや恐怖を感じただろう。
「昭三だ」
「え?」
姿が見えなくなった所で、鏡弥が足を止めた。
「あの男、人を殺めている。それも、やったのは戦場じゃなく」
「まさか」
振り返るな、と鏡弥が囁く。
「まだ見てる。嫌な視線と気配がする」
「――――」
清華が震える。
「あの人が父や母を殺したんでしょうか?」
「わからない。だが、あの眼は普通じゃない」
海辺の家に帰り、鏡弥が話した。死線を、そういう世界を生き抜いた者だけがわかるニオイがある。
「あれは、体に染み付いた死臭だ」
「え」
「香水か何かで誤魔化していたが、和俊にはしないニオイが昭三にはある」
数多と殺した死人のニオイが、昭三には染み付いている。
「わ、わかりませんでした」
「ま、分からない方が幸せさ。葬儀屋でもない限りは、付かないニオイだからな」
―――死体の臭いとは、どのようなニオイなのだろう。
「清華と会った」
「そう、ですか」
和俊は昭三に呼び出された。
「あれは長谷川の若造の妻ではない、お前の妻になるべき女だ」
「父さん、僕は」
「案ずるな、長谷川鏡弥が消えれば清華はお前に」
(僕はそんなことは望んでいない。そう言えていれば、あの出来事は―――。全ては家を捨てられない、僕の弱さが招いたことだった)
「鏡弥さ」
その夜、鏡弥は激しく清華を抱いた。
「待って、まだイッ」
「待たない」
深く口付けられ、涙が流れ落ちた。
(まともに生きてきた人間の目じゃない。昭三の眼に、底知れない恐怖を感じた)
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