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第二章
本編 静かな圧力と、鋭き直感
しおりを挟む王宮の中庭に、冬の冷気が忍び寄っていた。
枯葉を踏む音が、回廊にさざめく風と重なる。白い息を吐いたセイランは、ふと足を止めた。
「……空気が、変わったな」
隣を歩いていた部下が首を傾げる。
けれど、セイランはそれ以上、言葉を重ねなかった。
張りつめたような空気──温度とは別の冷たさが、王城の廊下に染みついている。
それは、彼がよく知る“圧力”の前触れだった。
研究所ではアステルが、棚から資料を取り出しかけて、ふと手を止めた。
目線だけで、部屋の気配を探る。
「……妙に静かだね。騒がしいはずの第2分室まで、やけに“礼儀正しい”」
薄く笑ってみせる彼の声音に、いつもの軽やかさはなかった。
“意図的に避けられている”ことに、彼はとっくに気づいている。
(なるほど。魔導局の“老狐”どもが、動き出したってことか)
魔導士としての勘が告げていた。
それは、ミサトに向けられる視線の質が変わったこと。
好奇でも畏れでもなく──今は“疑念”と“疎外”。
(……ほんと、わかりやすいな。ああいう連中は)
不機嫌そうに魔導紙を閉じると、アステルは思った。
(さて。どこまで許すべきかな、これは)
そして、王宮の執務室。
ジグラートは机に手を置き、書簡の束を静かに見下ろしていた。
彼の鋭い視線は、王都のあちこちから届けられた報告書に注がれていた。
(名指しはされていない。だが、明らかだ)
「“特定の人物”への過剰な依存は、王政の中立性を損なう恐れあり」
「異邦人を特別扱いすることで、他国への外交姿勢に歪みが出る」
「王妃候補の立場を軽視していると受け取られかねない」
一通、また一通と、遠回しな文面が並ぶ。
だが、それはすべて同じ意図に通じていた。
(ミサトを、排除しようとしている)
目を細めるジグラートの傍らで、侍女のイリスが緊張をにじませる。
彼女もまた、流れの異変を敏感に感じ取っていた。
「殿下。差し出がましいようですが、ミサト様のことを……」
「……ああ」
ジグラートは短くうなずく。
「彼女には、まだ何も伝えるな。早計な判断で手を縛るわけにはいかない。ただし、動きは記録しておけ」
低く、静かな声だった。
だがその瞳には、わずかに鋼のような光が宿っていた。
(何者であろうと──理不尽を許すつもりはない)
やがて彼らの勘と静かな警戒は、ひとつの場所へと向かう。
それは“公の場”、誰もが目を逸らせない場所で、“何か”を仕掛けるだろうという、確信だった。
冬の到来を前に毎年開催されるこの「冬季定例会合」では、王国の年末行政報告や次期政策の方針決定、人事・予算・軍備・魔導運用に至るまで、あらゆる分野において“王宮中枢”の見解が集約される。
長方形の大理石の議場には、冬の淡い陽光が斜めに差し込んでいた。
天井には王家の紋章が刻まれ、重厚な椅子が円形に配置されている。
出席しているのは王宮重鎮、上級貴族、そして各省庁の代表。
その中で、ひときわ目立つのは、濃紺のローブに身を包んだ魔導局長エルヴァン・カザリスと、
隣に座るルアナ・ディ・セラフィア。
彼女は完璧に整った微笑を浮かべながら、まるで何気ない世間話のように言葉を紡いだ。
「異邦より来た彼女──ミサトツキムラについてですが。彼女の行う魔導研究と称する活動の中には、術式記録のない略語魔法の独自使用や、魔獣との私的契約など、非常に曖昧な領域が多く見受けられますわ」
その場がわずかにざわめいた。
ルアナはあくまで上品な所作を崩さない。
「もちろん、功績があることは否定いたしません。ですが、この王宮は“感情”や“好意”で優遇する場所ではありませんもの」
意図的に含ませたその言葉に、数人の視線がジグラートへと向かう。
しかし、当の王太子殿下は、一言も発せずに銀の盃を傾けていた。
その静寂を裂いたのは、魔導局長エルヴァンの低く鋭い声だった。
「我々としても、魔導局内での略語魔法《レコードシャドウ》の導入過程は精査中でしてな。
発案経緯や術式展開の検証が不十分である以上、
異邦の者が“王国魔導体系に干渉している”可能性を、看過するわけにはいかない」
彼の眼鏡の奥がきらりと光る。
局長補佐ノーマンも無言で頷いた。
その時──
「……発言を許可願います」
緋色の外套を揺らし、立ち上がったのはセイラン・ルティアス・ヴァルグレイだった。
背筋を伸ばし、冷えた空気の中に、彼の声がすっと通る。
「ミサトツキムラの行動はすべて、王国の益となるものであり、私が全責任をもって承認・管理しています。
略語魔法の導入による記録技術の進展、治癒薬による軍属の負傷軽減、そして…国内での雷災封じの実績。どれ一つとして国益を損なったものはありません」
ざわっ──
誰かが椅子を動かす音すらも、静寂の中では目立つ。
「術式が不透明? ならば貴殿方が解明できなかったことが問題でしょう。
彼女の功績を疑うのではなく、正しく評価するべきです」
その毅然とした言葉に、数人の貴族が目を見開いた。
だが、まだ沈黙を保っていた男が、ふいに口を開く。
「異邦であろうと、王国に尽くす者を退けるのは、
“尽くす意思”を持たぬ者たちにとって都合が悪いからだろう」
ジグラート・アーデル・フィルヴェイン王太子。
審議会席の上座に座した彼の静かな声が、議場の空気を凍らせた。
「この件に関しては、今後も私の監督下で進める。
異論のある者は、私の名のもと、記録に残しておくように」
それ以上、誰一人として反論の言葉を続けられなかった。
雪夜に灯る、静かな意志
王都に雪の気配が忍び寄った夜。
王宮東棟、王太子の執務室では、暖炉の火が小さく揺れていた。
カーテンの隙間からは、ちらつき始めた白い雪が、闇の中をさまようように舞い落ちている。
その光景を黙って見つめる一人の影──ジグラート。
片手には、机上にあった銀のペンダントがあった。
王家の紋章が刻まれた、対の護符。その片方は、今──彼女の胸元にある。
「……理では、語れぬ世界だな」
低く響くその声は、あくまで静かだった。
だが、瞳の奥には確かな熱があった。
今日の会合で、確かに“その瞬間”はあったのだ。
貴族たちの視線。
ルアナの言葉。
そして、魔導局長が放った“異邦人”という言葉の棘。
ジグラートは、それを全て受け止めながら、あえて口を閉ざした。
守るべき時と、動くべき時の違いを、彼は知っていた。
「…父上が伏せっておられる今、俺が選ばなければならない…何を守るかを、何よりも誰を、だ」
「殿下。お茶をお持ちしました」
控えめなノックとともに入ってきたのは、侍女イリス。
彼女は銀のトレイを手に、静かに机の上へと湯気の立つ器を置く。
「……ありがとう。イリス」
イリスはふと、窓辺に立つ彼の手元を見て、小さく瞳を揺らした。
「その護符……」
「ああ」
彼は、それ以上多くを語らず、ペンダントをそっと懐に戻す。
「イリス。今夜から、研究所の魔導記録の確認を優先に。ミサトが調合した薬と術式の記録は、私の名で正式に保管命令を出そう。
彼女の成果は、過去のいかなる魔導士にも並ぶと証明するために」
「……承知しました」
イリスは、深く頭を下げた。
それは命令としてというより、彼の揺るぎなき意思を感じ取ったからだった。
ジグラートは、もう一度だけ窓の外を見た。
雪が、少しずつ音もなく積もっていく。
彼の中に、ひとつの決意が積み重なっていた。
いかなる声があろうとも、彼女を“守る”ということ。
それは、ただの好意でも、義務でもない。
この国の未来に必要な者として、ひとりの“選ぶ者”として──
「ミサト」
その名を、誰にも聞こえぬように、彼は静かに口にした。
夜はまだ浅い。
けれど、その奥底では、確かな火が灯っていた。
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