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第2章
#7-D 絶望者たちの反省会 企鵝喫茶編 その2
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企鵝の頭カバーに包まれた裸電球が柔らかな明かりを齎す室内。ゆったりとしたピアノの旋律にサキソフォンが語るようにメロディを乗せると、企鵝頭の影が伸び縮みして踊っているように見える。そこへドラムのスネアとハイハットシンバル、そしてライドシンバルがリズムを刻み、コントラバスのピチカートが重厚感を醸し出す。棚に並んだ酒瓶を、まるで企鵝の影か飲み込むかのような演出が施される。
例のごとく、カウンター席の奥では黒エプロンを身に着け、嘴の根元にサングラスを載せた企鵝店長が、白布で空のグラスを磨いていた。
「あぁ、しんど……。今日も大量に血、吸われたんだが……」
「あへぇふぁ、いふぁふぁっふぁ、ふぇふふぇ……」
角氷の入ったグラスに、血のような鮮やかな赤い液体が注がれたグラスを揺らし、カウンターテーブルに片肘をついて上半身を預けた少年が濁った瞳で呟くと、それに答えたのは歯をほとんど失い、言葉を発することさえも不自由になった間抜け面の男だ。舌を動かしても息が漏れるだけ。もはやノイズ発生器と化した存在だ。
少年の名は、噛ませ犬ことカマ・セイヌ。歯抜けの男の名はドリステッド。
もともとドリステッドは大魔王ペンデヴァルト暗殺を目論み、その戦力集めのためにリクティオを勧誘しようとしたが失敗。新たに召喚された勇者カマ・セイヌと助っ人の狼耳の少年剣士を引き連れ、ほぼ逆恨みでリクティオを襲撃したが返り討ちに遭い、犯罪者として捕らえられた。
狼耳の少年スオウの裏切り――いや、もともとスオウはリクト陣営だったが、ドリステッドが安易に呼び込んだせいで裏切られる羽目になり、そこからは絶望の転落人生へと一直線だった。
リクティオがセイヌに教えた魔法で魅了され、抑えきれないセイヌ愛に抗うことができず、食べたくもなかったセイヌのオウリ・ハルコーンの唐揚げタルタルソースがけを無理やりリクティオに食わされ、歯を失った。挙句、下された実刑判決は、魔王チャッロプフゥホヒィアの餌として血を吸われることだ。
「あれやられると、人間性が死ぬ。痛いのはもちろん、いろいろと失った気分になるんだよ……」
「それは災難でしたね」
セイヌの独白に相づちを打ったのはドリステッドではなく、ドリステッドを挟んだセイヌとは反対側に座っていたアナ・ウンスだ。
ハンター管理局本部の独身ハンター実況部に所属しているという、たった一人だけの部署の職員だったか、とセイヌは彼のことを思い出していた。
「なぁ、あんた。あんたがなんでここにいるんだよ?」
「私? 私ですか? いや、あのあと局長に呼ばれまして――うちに独身ハンター実況部なんてあったか? いや、ないだろ。ってことでお前はクビだ、と一方的に告げられてしまい」
「……はぁ!? そんなの職権乱用じゃねぇか!」
憤るセイヌ。その言葉に感動し、ウンスは涙を流す。
「いえ、しかたないんです。私、モグリだったんで」
「おい……」
「局長の許可を得てなかったのに、あそこまで大々的にやらかしてしまったので、バレちゃいましたてへぺろ」
「てへぺろじゃねーよ!」
憤った自分が馬鹿みたいだと、セイヌは嘆息し、再びテーブルに突っ伏した。
「グァ」
そこで企鵝店長が嘴から赤い液体をドバドバと流し、セイヌのグラスになみなみと注いでいく。
「ああ、サンキュ。なんかこれ、吸われた血が元に戻ってくみたいでうまいよな」
「ふぉひゅふぉーふぁんふぇふっ」
何を言っているのかわからないドリステッドを一瞥したあと、セイヌはリクティオとの勝負を思い出す。
「ところでさ、あいつの料理、そんなにうまかったのか?」
「あ、それ、私も気になりますね。実況しながらずっと見てましたけど、彼、鍋に材料詰め込んだら最後までじっと動かなかったですし」
「だよな!? ていうか寝てなかったか!? あいつ!!」
「そう……なんですかね? 私はあれで魔法でも使って調理してるんだと思ってましたが」
「魔法……その話はやめてくれ」
セイヌに嫌な記憶が蘇る。その言葉に、ドリステッドの目がハートマークになってセイヌのほうを向いた気がしたが、セイヌは気づかない振りをした。
「グァァ……」
そこで企鵝店長が、空のグラスをカウンターに置いた。そしてコックリコックリと居眠りを始める。その様子に、ハッとするセイヌとウンス。
「やっぱり寝てたんじゃねーか!」
「しかも置いただけ!?」
置いただけで鍋の中身がドロドロになる、あの見た目は悪夢だろう。なのに、食欲をそそられる匂いがするという、絶望。一口。たった一口だ。それだけですべてを腹の中に納めたくなる衝動に駆られる料理など、見たことも聞いたこともない。料理とは目で楽しみ、香りと味で楽しむものではなかったか。常識を根本から覆したリクティオの料理は、おかわりも許されず、同じものも二度と味わえないという。三度絶望するとはよく言ったものだ。
「はぁ……あいつに関わったのが間違いだったぜ」
「彼の噂は本当だったんですね」
「噂?」
「はい。彼に喧嘩を売った者は皆、絶望した。そして、どこかへと消えてゆく、と」
「消える、か……」
沈黙する二人。間をおいて、ウンスがもう一度口を開いた。
「きっと我々もそうなんでしょうね」
「ああ……。このまま消え去りたい気分だよ……」
「ふぃふぁふふぁふぇふふふぇふふぇふぉふぇ」
「何言ってんのかわかんねぇんだよ!」
「本編でセイヌくんが惨敗して実況しがいがなかったんで、不完全燃焼だから解説実況してあげますよ。歯を失った男は何を語る!? そう! ここから消えても、“血は吸われ続けるけどね”! こうなったらもう自分の境遇を呪うしかないでしょう! でもあなた方は犯罪者なのでしかたありません」
「……てめぇ、殴り飛ばすぞ!!」
今宵も、企鵝喫茶店の夜は更けていく――。
例のごとく、カウンター席の奥では黒エプロンを身に着け、嘴の根元にサングラスを載せた企鵝店長が、白布で空のグラスを磨いていた。
「あぁ、しんど……。今日も大量に血、吸われたんだが……」
「あへぇふぁ、いふぁふぁっふぁ、ふぇふふぇ……」
角氷の入ったグラスに、血のような鮮やかな赤い液体が注がれたグラスを揺らし、カウンターテーブルに片肘をついて上半身を預けた少年が濁った瞳で呟くと、それに答えたのは歯をほとんど失い、言葉を発することさえも不自由になった間抜け面の男だ。舌を動かしても息が漏れるだけ。もはやノイズ発生器と化した存在だ。
少年の名は、噛ませ犬ことカマ・セイヌ。歯抜けの男の名はドリステッド。
もともとドリステッドは大魔王ペンデヴァルト暗殺を目論み、その戦力集めのためにリクティオを勧誘しようとしたが失敗。新たに召喚された勇者カマ・セイヌと助っ人の狼耳の少年剣士を引き連れ、ほぼ逆恨みでリクティオを襲撃したが返り討ちに遭い、犯罪者として捕らえられた。
狼耳の少年スオウの裏切り――いや、もともとスオウはリクト陣営だったが、ドリステッドが安易に呼び込んだせいで裏切られる羽目になり、そこからは絶望の転落人生へと一直線だった。
リクティオがセイヌに教えた魔法で魅了され、抑えきれないセイヌ愛に抗うことができず、食べたくもなかったセイヌのオウリ・ハルコーンの唐揚げタルタルソースがけを無理やりリクティオに食わされ、歯を失った。挙句、下された実刑判決は、魔王チャッロプフゥホヒィアの餌として血を吸われることだ。
「あれやられると、人間性が死ぬ。痛いのはもちろん、いろいろと失った気分になるんだよ……」
「それは災難でしたね」
セイヌの独白に相づちを打ったのはドリステッドではなく、ドリステッドを挟んだセイヌとは反対側に座っていたアナ・ウンスだ。
ハンター管理局本部の独身ハンター実況部に所属しているという、たった一人だけの部署の職員だったか、とセイヌは彼のことを思い出していた。
「なぁ、あんた。あんたがなんでここにいるんだよ?」
「私? 私ですか? いや、あのあと局長に呼ばれまして――うちに独身ハンター実況部なんてあったか? いや、ないだろ。ってことでお前はクビだ、と一方的に告げられてしまい」
「……はぁ!? そんなの職権乱用じゃねぇか!」
憤るセイヌ。その言葉に感動し、ウンスは涙を流す。
「いえ、しかたないんです。私、モグリだったんで」
「おい……」
「局長の許可を得てなかったのに、あそこまで大々的にやらかしてしまったので、バレちゃいましたてへぺろ」
「てへぺろじゃねーよ!」
憤った自分が馬鹿みたいだと、セイヌは嘆息し、再びテーブルに突っ伏した。
「グァ」
そこで企鵝店長が嘴から赤い液体をドバドバと流し、セイヌのグラスになみなみと注いでいく。
「ああ、サンキュ。なんかこれ、吸われた血が元に戻ってくみたいでうまいよな」
「ふぉひゅふぉーふぁんふぇふっ」
何を言っているのかわからないドリステッドを一瞥したあと、セイヌはリクティオとの勝負を思い出す。
「ところでさ、あいつの料理、そんなにうまかったのか?」
「あ、それ、私も気になりますね。実況しながらずっと見てましたけど、彼、鍋に材料詰め込んだら最後までじっと動かなかったですし」
「だよな!? ていうか寝てなかったか!? あいつ!!」
「そう……なんですかね? 私はあれで魔法でも使って調理してるんだと思ってましたが」
「魔法……その話はやめてくれ」
セイヌに嫌な記憶が蘇る。その言葉に、ドリステッドの目がハートマークになってセイヌのほうを向いた気がしたが、セイヌは気づかない振りをした。
「グァァ……」
そこで企鵝店長が、空のグラスをカウンターに置いた。そしてコックリコックリと居眠りを始める。その様子に、ハッとするセイヌとウンス。
「やっぱり寝てたんじゃねーか!」
「しかも置いただけ!?」
置いただけで鍋の中身がドロドロになる、あの見た目は悪夢だろう。なのに、食欲をそそられる匂いがするという、絶望。一口。たった一口だ。それだけですべてを腹の中に納めたくなる衝動に駆られる料理など、見たことも聞いたこともない。料理とは目で楽しみ、香りと味で楽しむものではなかったか。常識を根本から覆したリクティオの料理は、おかわりも許されず、同じものも二度と味わえないという。三度絶望するとはよく言ったものだ。
「はぁ……あいつに関わったのが間違いだったぜ」
「彼の噂は本当だったんですね」
「噂?」
「はい。彼に喧嘩を売った者は皆、絶望した。そして、どこかへと消えてゆく、と」
「消える、か……」
沈黙する二人。間をおいて、ウンスがもう一度口を開いた。
「きっと我々もそうなんでしょうね」
「ああ……。このまま消え去りたい気分だよ……」
「ふぃふぁふふぁふぇふふふぇふふぇふぉふぇ」
「何言ってんのかわかんねぇんだよ!」
「本編でセイヌくんが惨敗して実況しがいがなかったんで、不完全燃焼だから解説実況してあげますよ。歯を失った男は何を語る!? そう! ここから消えても、“血は吸われ続けるけどね”! こうなったらもう自分の境遇を呪うしかないでしょう! でもあなた方は犯罪者なのでしかたありません」
「……てめぇ、殴り飛ばすぞ!!」
今宵も、企鵝喫茶店の夜は更けていく――。
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