ぐうたらサボりたいだけの僕ですが、絶望中の企鵝が監視してきます。世界の管理?知らんけど。

獣之古熊

文字の大きさ
26 / 29
第2章

#7-D 絶望者たちの反省会 企鵝喫茶編 その2

しおりを挟む
 企鵝ペンギンの頭カバーに包まれた裸電球が柔らかな明かりをもたらす室内。ゆったりとしたピアノの旋律にサキソフォンが語るようにメロディを乗せると、企鵝頭の影が伸び縮みして踊っているように見える。そこへドラムのスネアとハイハットシンバル、そしてライドシンバルがリズムを刻み、コントラバスのピチカートが重厚感を醸し出す。棚に並んだ酒瓶を、まるで企鵝の影か飲み込むかのような演出が施される。

 例のごとく、カウンター席の奥では黒エプロンを身に着け、嘴の根元にサングラスを載せた企鵝店長ペンギンマスターが、白布で空のグラスを磨いていた。

「あぁ、しんど……。今日も大量に血、吸われたんだが……」
「あへぇふぁ、いふぁふぁっふぁ、ふぇふふぇ……」

 角氷の入ったグラスに、血のような鮮やかな赤い液体が注がれたグラスを揺らし、カウンターテーブルに片肘をついて上半身を預けた少年が濁った瞳で呟くと、それに答えたのは歯をほとんど失い、言葉を発することさえも不自由になった間抜け面の男だ。舌を動かしても息が漏れるだけ。もはやノイズ発生器と化した存在だ。

 少年の名は、噛ませ犬ことカマ・セイヌ。歯抜けの男の名はドリステッド。

 もともとドリステッドは大魔王ペンデヴァルト暗殺を目論み、その戦力集めのためにリクティオを勧誘しようとしたが失敗。新たに召喚された勇者カマ・セイヌと助っ人の狼耳の少年剣士を引き連れ、ほぼ逆恨みでリクティオを襲撃したが返り討ちに遭い、犯罪者として捕らえられた。

 狼耳の少年スオウの裏切り――いや、もともとスオウはリクト陣営だったが、ドリステッドが安易に呼び込んだせいで裏切られる羽目になり、そこからは絶望の転落人生へと一直線だった。

 リクティオがセイヌに教えた魔法で魅了され、抑えきれないセイヌ愛に抗うことができず、食べたくもなかったセイヌのオウリ・ハルコーンの唐揚げタルタルソースがけを無理やりリクティオに食わされ、歯を失った。挙句、下された実刑判決は、魔王チャッロプフゥホヒィアの餌として血を吸われることだ。

「あれやられると、人間性が死ぬ。痛いのはもちろん、いろいろと失った気分になるんだよ……」
「それは災難でしたね」

 セイヌの独白に相づちを打ったのはドリステッドではなく、ドリステッドを挟んだセイヌとは反対側に座っていたアナ・ウンスだ。

 ハンター管理局本部の独身ハンター実況部に所属しているという、たった一人だけの部署の職員だったか、とセイヌは彼のことを思い出していた。

「なぁ、あんた。あんたがなんでここにいるんだよ?」
「私? 私ですか? いや、あのあと局長に呼ばれまして――うちに独身ハンター実況部なんてあったか? いや、ないだろ。ってことでお前はクビだ、と一方的に告げられてしまい」
「……はぁ!? そんなの職権乱用じゃねぇか!」

 憤るセイヌ。その言葉に感動し、ウンスは涙を流す。

「いえ、しかたないんです。私、モグリだったんで」
「おい……」
「局長の許可を得てなかったのに、あそこまで大々的にやらかしてしまったので、バレちゃいましたてへぺろ」
「てへぺろじゃねーよ!」

 憤った自分が馬鹿みたいだと、セイヌは嘆息し、再びテーブルに突っ伏した。

「グァ」

 そこで企鵝店長が嘴から赤い液体をドバドバと流し、セイヌのグラスになみなみと注いでいく。

「ああ、サンキュ。なんかこれ、吸われた血が元に戻ってくみたいでうまいよな」
「ふぉひゅふぉーふぁんふぇふっ」

 何を言っているのかわからないドリステッドを一瞥したあと、セイヌはリクティオとの勝負を思い出す。

「ところでさ、あいつの料理、そんなにうまかったのか?」
「あ、それ、私も気になりますね。実況しながらずっと見てましたけど、彼、鍋に材料詰め込んだら最後までじっと動かなかったですし」
「だよな!? ていうか寝てなかったか!? あいつ!!」
「そう……なんですかね? 私はあれで魔法でも使って調理してるんだと思ってましたが」
「魔法……その話はやめてくれ」

 セイヌに嫌な記憶が蘇る。その言葉に、ドリステッドの目がハートマークになってセイヌのほうを向いた気がしたが、セイヌは気づかない振りをした。

「グァァ……」

 そこで企鵝店長が、空のグラスをカウンターに置いた。そしてコックリコックリと居眠りを始める。その様子に、ハッとするセイヌとウンス。

「やっぱり寝てたんじゃねーか!」
「しかも置いただけ!?」

 置いただけで鍋の中身がドロドロになる、あの見た目は悪夢だろう。なのに、食欲をそそられる匂いがするという、絶望。一口。たった一口だ。それだけですべてを腹の中に納めたくなる衝動に駆られる料理など、見たことも聞いたこともない。料理とは目で楽しみ、香りと味で楽しむものではなかったか。常識を根本から覆したリクティオの料理は、おかわりも許されず、同じものも二度と味わえないという。三度絶望するとはよく言ったものだ。

「はぁ……あいつに関わったのが間違いだったぜ」
「彼の噂は本当だったんですね」
「噂?」
「はい。彼に喧嘩を売った者は皆、絶望した。そして、どこかへと消えてゆく、と」
「消える、か……」

 沈黙する二人。間をおいて、ウンスがもう一度口を開いた。

「きっと我々もそうなんでしょうね」
「ああ……。このまま消え去りたい気分だよ……」
「ふぃふぁふふぁふぇふふふぇふふぇふぉふぇ」
「何言ってんのかわかんねぇんだよ!」
「本編でセイヌくんが惨敗して実況しがいがなかったんで、不完全燃焼だから解説実況してあげますよ。歯を失った男は何を語る!? そう! ここから消えても、“血は吸われ続けるけどね”! こうなったらもう自分の境遇を呪うしかないでしょう! でもあなた方は犯罪者なのでしかたありません」
「……てめぇ、殴り飛ばすぞ!!」

 今宵も、企鵝喫茶店の夜は更けていく――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

処理中です...