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第2章
#8-B カモを見つけたらネギ背負った婆さんと合流した
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高速鉄道駅の改札口。飲食店や土産物屋、雑貨店などが建ち並ぶ先には駅前広場があり、待ち合わせをする者、店で買ったスイーツを頬張る者、弾き語りをしている者、立ち止まってそれに耳を傾ける者、忙しなく歩き去って行く者など、その賑わいは多種多様で枚挙に暇がない。
その一人ひとりを順番に見つめ、観察する女がいた。セットアップの白いビジネススーツに、ピンクのスカーフを首に巻き、色付きの大きな丸眼鏡を掛けている。その眼鏡のテンプル部分を何度も上下させながら、通りすがる人々に点数をつけていく。
「……五点。あっちは三点。はぁ、駄目ね。今日はハズレかしら」
金を持っていそうな男は疑り深そう。逆に、騙しやすそうな相手に限ってみすぼらしく、期待薄だ。
「……あら? あれは……」
そんな折、駅から出てきたとある少年が目に映る。黒いスーツに緩んだネクタイ。寝癖の残るボサボサ頭。左手には大きな企鵝のぬいぐるみを抱え、右手には高級スイーツ店オタカ・イーンデスの超人気ソフトクリーム、プディングソフトを持って幸せそうな――いや、とても間抜けな顔を晒している。
周囲には誰もいない。彼一人。
「……いいわね、十点満点よ」
女はニヤリと笑みを浮かべたあと、すぐにその笑みを消して営業用の表情をつくる。自然さを装いながら徐々にその少年の元へと近づいて行き、声をかけた。
「あら、ボウヤ。もしかして、観光?」
妖艶な笑みを浮かべ、色艶のある声を出す。この日のために練習してきたのだ。実践するのは初めてだったが、それはこれまで彼女の眼鏡にかなう満点の男がいなかっただけだ。
少年はキョトンとしてこちらを見てくる。ペロリ、とソフトクリームを一舐めしてから、首を傾げた。
「うーん、観光、なのかなぁ?」
完全な遊びではない、と。仕事の合間の観光だとすると、仕事面でも何かしらの利益が期待できるかもしれない。これはもしかすると、十点以上の超優良物件ではないだろうか。
「近くにとてもいい店があるのよ。海の見えるカフェテラスで、あたしと一杯、どうかしら?」
少年はペロリ、とソフトクリームを舐める。反応はいまいち。お子様にはまだ早かったかしら、と内心で焦り出す女。
「そんなことより、お姉さん。僕と子づくりしませんか?」
「はぁっ!? えええっ!?」
突然のことに驚き、跳び退ってしまう。心臓が跳ね上がり、動悸がし始めた。
「いや、その。ボウヤにはまだ、早い、と、思うし、あたしも、その……だし」
最後は言葉にするのも憚られ、誤魔化した。すると少年は、もう一度ソフトクリームを舐め、左腕にある企鵝のぬいぐるみに視線を落とす。
そのとき、何者かに女は右腕を掴まれていた。
「えっ……!?」
「リクトは俺の嫁」
「あ、いた、痛い痛いッ!」
「うん、それは違うよー」
赤毛に狼耳と尻尾の生えた上背のある少年だった。こちらを見下ろし、怒ったような顔つきで威嚇してくる。そのあとには、黒髪の少年の間延びした声。
――なんなの、この子!? っていうかリクトって誰!?
女が混乱しているさなか、黒髪の少年はのんびりとその狼耳の少年に声をかけていた。
「スオウ、お帰り。ケントとタスクは?」
スオウと呼ばれた狼耳の少年が、黒髪の少年の問いに答えるように、女を掴んでいないほうの手を伸ばして指さした。その先には、たくさんの荷物を抱え、ひぃひぃ言いながら歩いて来る、メイド服姿の少女が二人――いや、少年だ。
「リクトさん、はぁっ、はぁっ、酷いじゃないですか。こんな、荷物持ちなんて」
「ふ、ふざけんなよ! 俺たちに荷物持たせて、自分はうまいもん食いやがって……!」
なんということだ。一人だと思っていたが、連れがいたとは。これでは作戦に支障が出る。彼一人だったから声をかけたというのに。まずいまずいまずい。一人だったら十点満点だったのに、連れが、しかも三人もいるならマイナス五点だ。
「まぁまぁ。そう言わずに。それよりスオウ、放してあげなよ。その人、僕たちをいいところに連れて行ってくれるんだって」
「へっ……?」
無言で手を放すスオウという少年。思いがけない言葉に意表を突かれ、女は変な声を出していた。
――誘うまでもなく、向こうからついて来てくれるとは、なんと空気の読めるカモなのかしらッ!?
「ほらほら。行くよ? 確か、こっちって言ったっけ?」
だが、それからのことはよく覚えていなかった。黒髪の少年の目を見ているうちに頭がボーっとしてきて、荷物を抱えていたメイド服姿の少年二人に荷物同様の扱いを受けながら、無理やり歩かされていたような――。
気づけば、狼耳の少年と黒髪の少年の間に挟まれ、向かいの席に二人のメイド服姿の少年が座っていた。古民家をリノベーションしたような洒落たカフェだ。自分たち以外に客はおらず、店員は無言でお冷の入ったグラスを五つ置いて行くと、奥へと引っ込んでしまった。
「ね、ねぇ、ちょっと、ど、どういうつもり?」
「え? この店、お姉さんのお勧めじゃなかった? 寛ぐにはいい店だと思うんだけど」
何がなんだか理解できていない女に、黒髪の少年がいけしゃあしゃあと言う。勝手に連れて来ておいて、お勧めとはどういうことだ。
「あの。まぁ、こうなったら、もう誰が何言ってもこの人に話は通じないんで、諦めてください」
「俺たちよく我慢できてるよな」
向かいに座った青いカツラのメイド服少年が言うと、金髪のメイド服少年がため息をつく。もう、充分慣れた、というような玄人感がにじみ出ている。
――諦める? 何を?
まさか、自分がこの少年に対して詐欺を働こうとしたのがバレてしまったということか!?
なにか嫌な予感がする。とんでもない何か、そう。触れてはいけないものに触れてしまったような――。
「あんたたち、騒々しいね。ほら、言うほど待たせてないけど、待たせたね。新作のヴィルグールのたぽたぽ焼きとネギシロップティーじゃ」
聞いたこともない料理と飲み物を運んできたのは、かなりの歳を召していると思われる老婆だ。腰が曲がり、よろよろと危なっかしい足取りでテーブルの前まで来ると、盆の上から震える手でそれらを置いて行く。気になったのは、簪代わりに長ネギで髪を留めていることだ。子どもが爆弾を持って走っているワッペンのついたエプロンには、“ばぁば”と書かれている。
――いや、どんな趣味よッ!?
「おばあちゃん、ありがとう」
「あんたには特別サービスじゃ」
黒髪の少年の前には、底が黒く、黄色い液体の注がれたグラスが置かれる。
「あーこれこれ。おばあちゃんのプリンジュース、最高なんだよね」
「え、なに、知り合いだったのか?」
金髪のメイド服少年の言葉に、隣に座る黒髪の少年がドヤ顔をしている。
「言ってなかったっけ? 僕、ここの常連だよ?」
「リクトはよくここにサボりに来ていた。さすが俺の嫁」
「だからそれは違うって」
いや、何がさすが、か。何が。
ただ彼自身が来たかっただけではないか。これでは騙すつもりで近づいた彼に、自分が騙されているだけだ。そう思った女は、バァン、と机に手をついて勢いよく立ち上がる。すると、少年たちの視線が女に集まった。
「帰る」
その瞬間、ついた女の指の間を正確に、包丁の切っ先がトントントンと――軽快なリズムを刻み、テーブルに突き立てられる。
「ひっ……」
指を斬り落とされるかもしれない恐怖に、女は引き攣った声を出すが、動けなかった。いや、動かないほうが正解だった。どこから取り出したのか、その包丁を握っていたのは老婆だ。さきほどの緩慢な動きはどこへなりをひそめたのやら、狙った獲物は逃がさないとばかりに目の奥を光らせて、敢えて指を落とさないようにしているように思えた。
「うちの作った料理を食べずに帰るなんて、世間知らずもいいところさね。食べずに帰るなら五百万ギリル。食べて帰っても五百万ギリルだよ」
「いや、それどっちも同じ……」
「なんか言ったかい!?」
「すいませんすいませんっ!?」
老婆の剣幕に、女は平謝りする。それに助け船を出したのは黒髪の少年だった。
「おばあちゃん、元気だねぇ。それなら、食べたら一千万ギリルでどう? 元も取れてお得感あるよねぇ」
「なっ……!?」
絶句する女。まったく助け船ではなかった。元が取れるとは一体なんなのか。どちらの元が取れるのかはお察し。いや、元どころの話ではないだろう。
顎に手をやり、考え込んだあと、左手のひらを右手の拳で打つ老婆。
「おお! さすがリク坊。妙案じゃ!」
女はへなへなと、力なく椅子の上に尻をついた。
その一人ひとりを順番に見つめ、観察する女がいた。セットアップの白いビジネススーツに、ピンクのスカーフを首に巻き、色付きの大きな丸眼鏡を掛けている。その眼鏡のテンプル部分を何度も上下させながら、通りすがる人々に点数をつけていく。
「……五点。あっちは三点。はぁ、駄目ね。今日はハズレかしら」
金を持っていそうな男は疑り深そう。逆に、騙しやすそうな相手に限ってみすぼらしく、期待薄だ。
「……あら? あれは……」
そんな折、駅から出てきたとある少年が目に映る。黒いスーツに緩んだネクタイ。寝癖の残るボサボサ頭。左手には大きな企鵝のぬいぐるみを抱え、右手には高級スイーツ店オタカ・イーンデスの超人気ソフトクリーム、プディングソフトを持って幸せそうな――いや、とても間抜けな顔を晒している。
周囲には誰もいない。彼一人。
「……いいわね、十点満点よ」
女はニヤリと笑みを浮かべたあと、すぐにその笑みを消して営業用の表情をつくる。自然さを装いながら徐々にその少年の元へと近づいて行き、声をかけた。
「あら、ボウヤ。もしかして、観光?」
妖艶な笑みを浮かべ、色艶のある声を出す。この日のために練習してきたのだ。実践するのは初めてだったが、それはこれまで彼女の眼鏡にかなう満点の男がいなかっただけだ。
少年はキョトンとしてこちらを見てくる。ペロリ、とソフトクリームを一舐めしてから、首を傾げた。
「うーん、観光、なのかなぁ?」
完全な遊びではない、と。仕事の合間の観光だとすると、仕事面でも何かしらの利益が期待できるかもしれない。これはもしかすると、十点以上の超優良物件ではないだろうか。
「近くにとてもいい店があるのよ。海の見えるカフェテラスで、あたしと一杯、どうかしら?」
少年はペロリ、とソフトクリームを舐める。反応はいまいち。お子様にはまだ早かったかしら、と内心で焦り出す女。
「そんなことより、お姉さん。僕と子づくりしませんか?」
「はぁっ!? えええっ!?」
突然のことに驚き、跳び退ってしまう。心臓が跳ね上がり、動悸がし始めた。
「いや、その。ボウヤにはまだ、早い、と、思うし、あたしも、その……だし」
最後は言葉にするのも憚られ、誤魔化した。すると少年は、もう一度ソフトクリームを舐め、左腕にある企鵝のぬいぐるみに視線を落とす。
そのとき、何者かに女は右腕を掴まれていた。
「えっ……!?」
「リクトは俺の嫁」
「あ、いた、痛い痛いッ!」
「うん、それは違うよー」
赤毛に狼耳と尻尾の生えた上背のある少年だった。こちらを見下ろし、怒ったような顔つきで威嚇してくる。そのあとには、黒髪の少年の間延びした声。
――なんなの、この子!? っていうかリクトって誰!?
女が混乱しているさなか、黒髪の少年はのんびりとその狼耳の少年に声をかけていた。
「スオウ、お帰り。ケントとタスクは?」
スオウと呼ばれた狼耳の少年が、黒髪の少年の問いに答えるように、女を掴んでいないほうの手を伸ばして指さした。その先には、たくさんの荷物を抱え、ひぃひぃ言いながら歩いて来る、メイド服姿の少女が二人――いや、少年だ。
「リクトさん、はぁっ、はぁっ、酷いじゃないですか。こんな、荷物持ちなんて」
「ふ、ふざけんなよ! 俺たちに荷物持たせて、自分はうまいもん食いやがって……!」
なんということだ。一人だと思っていたが、連れがいたとは。これでは作戦に支障が出る。彼一人だったから声をかけたというのに。まずいまずいまずい。一人だったら十点満点だったのに、連れが、しかも三人もいるならマイナス五点だ。
「まぁまぁ。そう言わずに。それよりスオウ、放してあげなよ。その人、僕たちをいいところに連れて行ってくれるんだって」
「へっ……?」
無言で手を放すスオウという少年。思いがけない言葉に意表を突かれ、女は変な声を出していた。
――誘うまでもなく、向こうからついて来てくれるとは、なんと空気の読めるカモなのかしらッ!?
「ほらほら。行くよ? 確か、こっちって言ったっけ?」
だが、それからのことはよく覚えていなかった。黒髪の少年の目を見ているうちに頭がボーっとしてきて、荷物を抱えていたメイド服姿の少年二人に荷物同様の扱いを受けながら、無理やり歩かされていたような――。
気づけば、狼耳の少年と黒髪の少年の間に挟まれ、向かいの席に二人のメイド服姿の少年が座っていた。古民家をリノベーションしたような洒落たカフェだ。自分たち以外に客はおらず、店員は無言でお冷の入ったグラスを五つ置いて行くと、奥へと引っ込んでしまった。
「ね、ねぇ、ちょっと、ど、どういうつもり?」
「え? この店、お姉さんのお勧めじゃなかった? 寛ぐにはいい店だと思うんだけど」
何がなんだか理解できていない女に、黒髪の少年がいけしゃあしゃあと言う。勝手に連れて来ておいて、お勧めとはどういうことだ。
「あの。まぁ、こうなったら、もう誰が何言ってもこの人に話は通じないんで、諦めてください」
「俺たちよく我慢できてるよな」
向かいに座った青いカツラのメイド服少年が言うと、金髪のメイド服少年がため息をつく。もう、充分慣れた、というような玄人感がにじみ出ている。
――諦める? 何を?
まさか、自分がこの少年に対して詐欺を働こうとしたのがバレてしまったということか!?
なにか嫌な予感がする。とんでもない何か、そう。触れてはいけないものに触れてしまったような――。
「あんたたち、騒々しいね。ほら、言うほど待たせてないけど、待たせたね。新作のヴィルグールのたぽたぽ焼きとネギシロップティーじゃ」
聞いたこともない料理と飲み物を運んできたのは、かなりの歳を召していると思われる老婆だ。腰が曲がり、よろよろと危なっかしい足取りでテーブルの前まで来ると、盆の上から震える手でそれらを置いて行く。気になったのは、簪代わりに長ネギで髪を留めていることだ。子どもが爆弾を持って走っているワッペンのついたエプロンには、“ばぁば”と書かれている。
――いや、どんな趣味よッ!?
「おばあちゃん、ありがとう」
「あんたには特別サービスじゃ」
黒髪の少年の前には、底が黒く、黄色い液体の注がれたグラスが置かれる。
「あーこれこれ。おばあちゃんのプリンジュース、最高なんだよね」
「え、なに、知り合いだったのか?」
金髪のメイド服少年の言葉に、隣に座る黒髪の少年がドヤ顔をしている。
「言ってなかったっけ? 僕、ここの常連だよ?」
「リクトはよくここにサボりに来ていた。さすが俺の嫁」
「だからそれは違うって」
いや、何がさすが、か。何が。
ただ彼自身が来たかっただけではないか。これでは騙すつもりで近づいた彼に、自分が騙されているだけだ。そう思った女は、バァン、と机に手をついて勢いよく立ち上がる。すると、少年たちの視線が女に集まった。
「帰る」
その瞬間、ついた女の指の間を正確に、包丁の切っ先がトントントンと――軽快なリズムを刻み、テーブルに突き立てられる。
「ひっ……」
指を斬り落とされるかもしれない恐怖に、女は引き攣った声を出すが、動けなかった。いや、動かないほうが正解だった。どこから取り出したのか、その包丁を握っていたのは老婆だ。さきほどの緩慢な動きはどこへなりをひそめたのやら、狙った獲物は逃がさないとばかりに目の奥を光らせて、敢えて指を落とさないようにしているように思えた。
「うちの作った料理を食べずに帰るなんて、世間知らずもいいところさね。食べずに帰るなら五百万ギリル。食べて帰っても五百万ギリルだよ」
「いや、それどっちも同じ……」
「なんか言ったかい!?」
「すいませんすいませんっ!?」
老婆の剣幕に、女は平謝りする。それに助け船を出したのは黒髪の少年だった。
「おばあちゃん、元気だねぇ。それなら、食べたら一千万ギリルでどう? 元も取れてお得感あるよねぇ」
「なっ……!?」
絶句する女。まったく助け船ではなかった。元が取れるとは一体なんなのか。どちらの元が取れるのかはお察し。いや、元どころの話ではないだろう。
顎に手をやり、考え込んだあと、左手のひらを右手の拳で打つ老婆。
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