ぐうたらサボりたいだけの僕ですが、絶望中の企鵝が監視してきます。世界の管理?知らんけど。

獣之古熊

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第1章

#2-B 無事に帰れたら絶対辞めてやる

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 遺跡ダンジョンは、魔物モンスターの襲撃により廃墟と化し、魔物の巣窟と化した場所のことをそう呼ぶようになったらしい。大陸のあらゆる場所に遺跡は存在し、その構造は日々進化している。一日に十の遺跡が消滅すれば、十の遺跡が新しく誕生する。どのような原理でそれが為されているのか、研究者たちの間でもその謎は未だに解かれていないらしい。

 遺跡の攻略は、ハンターと呼ばれる者たちが主に行なっている。彼らは基本的に魔物を狩ることを生業としているが、彼らが狩るのは何も魔物だけに限らない。遺跡に眠る遺物を始め、各地に生息している生物、そして――街で生きる人さえも狩る。

 シグ・ルーベンスは、ハンターと呼ばれる存在を目にしたことは一切なかった。主の命でハンター管理局の本部に潜り込みはしたが、そこでさえもハンターらしき人物には出会わなかったのだ。さすがはハンターというべきか。その存在を他人に気取られないようにしているのかもしれない。ハンターは闇に紛れ、闇に生きているのだ、シグは勝手にそう結論付けた。

 だが、今ここには、その、ハンターの卵――見習いというべきか、ハンター試験を受けにハンター管理局を訪れた少年三人がいる。シグは改めてその三人の姿を観察していた。

 一人目は、黒髪、黒眼の寝癖なのか元々の癖なのかはわからないボサボサ頭の眠たそうな顔をした少年。黒いスーツ姿ではあるが、シャツのボタンを開け、ネクタイを緩めたその姿はあまりにもやる気がなさそうで、およそこの場にはふさわしくない。それもそのはず、左腕に大事そうに大きな企鵝ペンギンのぬいぐるみを抱えているのだ。一体何をしに来たのだろうか、と疑問でしかない。

 二人目は金髪、褐色の目をした少年。格好はなぜか黒のドレスに白のフリルシャツとエプロンを身に着けた、メイド姿をしている。体格や声からして明らかに男で、髪もカツラを着用していることが丸わかりだ。この少年も何をしに来たのかが全くわからない。

 三人目。二人目と同じくメイドの格好。やはり青髪のカツラに、褐色の目の少年。二人目と違うところは丸縁眼鏡をかけていることくらい。もはやツッコミはどこかに置いてきた。

「おい、ここ、本当に初級遺跡なのかよ!? ハンター試験って、そんなに難しいもんじゃねぇって聞いてたんだぜ!?」
「け、ケン――あ、いや、メル! 大きな声出したらダメだって!」

 ケンではなく、メルと呼ばれた金髪の少年がひそひそ話をするような声だったが割と大きめの声量で、シグに突っかかると、それを制するように同じくひそひそ声で青髪の少年が彼の口元を塞ぐ。

 そう。シグも手元にある資料を見て、何度も今自分たちが置かれている状況とは異なることを充分に理解している。遺跡に来ること自体が初めてだったために何かの間違いだと思っているが、だったらどうなるのか――その答えは一つしか思いつかない。それは、死。

 ハンター管理局本部には、予定通り主の応募した清掃員として入り込んだ。局長室前廊下のゴミ箱の前でゴミを片付けていると、占いの結果にあったとおり、左胸に企鵝ペンギンが魚を丸呑みする刻印を刻んだ少年が通りがかったのだ。彼の手にしていた荷物をゴミと称し、強引に奪い取ると、それはハンター試験の監督証である名札だった。資料には試験官向けの試験概要が書かれており、シグは彼の代わりに試験監督官イチノセリクトとしてこのハンター試験にハンター志望の少年三人を引率してきた。

 試験内容はハンター管理局本部の地下に広がる地下遺跡の攻略。事前に別のハンターによって強力な魔物は駆除されているため、比較的安全な初心者向けの遺跡といえる、と資料には書かれていたはずだ。

 しかし、彼らの目に映るのは、遺跡内をゆったりと闊歩する大型ドラゴン。その向こうには、うずくまり眠っている、やはり大型のドラゴン、崩れた廃墟の上に翼を折り畳んで立って獲物を探しているような素振りの大型ドラゴンもいる。さながらここは、多数のドラゴンの巣だった。

 時折一頭が大きく啼くと、それに呼応するかのような大合唱が始まる。それだけで周囲の廃墟が振動し、崩壊していく危険極まりない場所だ。四人は一塊になり、大きな瓦礫と廃墟の隙間に身を隠して周囲の様子を窺っていた。

 ――いや、周囲の様子を窺っていたのは三人で、若干一名は最初から表情を変えることなく、相変わらず眠たそうにしている。

「遺跡に初級も中級も上級もないよ。遺跡に棲んでる魔物はどんなに弱い魔物でも、一般人なんかあっという間に食い殺しちゃうんだから。だいたい、新人ハンターとかハンター試験を受けにきたハンター見習い用の遺跡なんて、誰が用意するのさ。ゲームじゃあるまいし、そんなに都合よくいくわけないよね」

 ふぁー、と大欠伸あくびをしながら、黒髪の少年がつまらなさそうに言う。その言葉に、シグを含めた三人が息を飲む。目を見開き、黒髪の少年のほうを見やると、彼はゆっくりと立ち上がった。

「そういえば、僕、トイレ行きそびれてヤバかったんだよね。思い出したら漏らしそうだよ」
「おい! 馬鹿! 見つかるだろ!?」

 金髪の少年が慌てて黒髪の少年の腕を引き、身を低くさせるが、その声と物音に、近くを歩いていたドラゴンが反応した。

「やばい! イチノセさん! 見つかった!!」
「くそ! 逃げるぞ!!」

 緊張感の欠片かけらもない黒髪の少年の言葉は全員がスルーして、青髪の少年が叫ぶや否や、身を隠していた瓦礫の隙間から抜け出し、三人は一目散に逃げ出す。地響きを立てて走ってくるドラゴンがあっという間に近づいてくるのが振り向かなくてもわかる。全速力で走り出すと、それに気づいた他のドラゴンたちも、あらゆる方向からこちらへ向かって来るのが視界に入り、シグは恐慌状態に陥った。

「ふざけんな!! なんで俺がこんな恐ろしい目に遭わなきゃなんねぇんですかい!! あのクソ主! 帰ったら絶対退職願叩きつけてやる!!」

 叫びながら、ドラゴンの進路を避け、もう一度身を隠せる場所を探す。ドラゴンの巨体では通れない廃墟と廃墟の間を抜け、視界からドラゴンの姿が消えたところで身を屈め、もう一度瓦礫の影に隠れ、隙間から顔を出して辺りの様子を窺う。

 ドラゴンたちは、シグたちが隠れていた場所に殺到しているようだった。逃げ遅れた――というか逃げる気すらなかったような――黒髪の少年はもうダメだろう。残りの二人は無事、逃げおおせただろうか。そう思っていたときだった。

 ドラゴンたちから悲鳴にも似た断末魔が上がり、その巨体が宙を舞い、次々にドラゴンの死体の山ができていく。どのドラゴンも一撃で首を落とされているようで、その光景にシグは隠れていることも忘れ、身を晒し、たった今逃げて来たほうへと歩き出してしまう。

 それは金髪と青髪の少年二人も同じだったようだ。驚きに目をみはり、元いた場所へと近づいている。やがて二人と合流したシグは、無言で頷き合うと、血まみれで立ち尽くしている黒髪の少年の姿を認め、立ち止まって様子を窺う。

「あれ? どうしたの? キミたち」
「お、おい、これ、お前がやったのか……!?」

 振り向いてにっこりと笑う黒髪の少年は――三人にはまるで死神のように見えた。全身血まみれだが、ドラゴンに食われそうになって傷ついたわけではなく、どうやら返り血を浴び、そうなっているだけのようだ。金髪の少年の声は引き攣り、死体となったドラゴンの山と黒髪の少年を何度も交互に見ている。シグ自身もそうだったが、目は泳ぎ、有り得ない光景に自然と身体が震えてくる。

「やだなあ。ドラゴンのお肉っておいしいけど、さすがに僕一人じゃこんなには食べられないよ」

 答えになっていない。

 一人で食べられる量ではないが、このドラゴンの死体の山を作ったとでもいうのだろうか。しかし、涼しい顔をして言うことではないはずだ。この少年、ハンター試験を受けに来たのだからそれなりに戦う力もあったのだろうが――見た目からは想像もつかない、とてつもない力を持っているのかもしれない。

 ――まさか、彼が勇者か!?

 シグの脳裏に主の言葉が蘇る。勇者を探し出して始末してくるように、との命でこのような危険な場所に来るはめになってしまったが、彼が勇者であるならば、占いどおりに行動した結果、その命が果たせるということになる。いや、これが占いによって導かれた結果だ。

 しかし、果たしてシグに彼を始末することができるのだろうか。正面から対峙すれば易々と食い殺されてしまうであろうドラゴンの群れを、たった一人で怪我一つ負うことなく瞬殺できる少年に挑んで勝てるはずがない。なんの計画もなく襲いかかれば、返り討ちに遭うであろうことは容易に予想がつく。一体どうすれば。
考えにふけっていると、二人の少年が大きな声を上げ、その身を硬直させた。

「危ねぇっ!!」
「ちょっ!? 後ろっ!!」

 音も気配もなく、黒髪の少年の背後から、純白のドラゴンの首がその肩越しにニュっと現れる。なぜこの巨体で接近に気づかなかったのかと思うほど、唐突に姿を現したのだ。この距離ではもはや逃げきることは不可能だろう。恐怖でシグの身体はまったく反応できなかったが、その場で尻餅をつかなかっただけ、自分をほめてやりたいくらいだ。まだ試験官を演じることの意義はあるはずだ。

「ああ、にくまんじゃないか。久しぶり、元気にしてた?」

 純白のドラゴンは目を細め、その顔をぽんぽんと叩いて撫でる黒髪の少年の手に、自分の顔を押し付け、もっと撫でろとでもいうようにじゃれていた。

「はぁぁぁぁっ!?」
「えええええっ!?」
「マジかよっ!?」

 言葉は違うが、シグたちの驚きの声が重なり合う。黒髪の少年は純白のドラゴンに顔中を舐め回されながら――そして身体半分を口の中に咥えられ――それでもくすぐったそうな笑い声をあげて、驚愕の事実を告げてくる。

「心配いらないよ? この子、僕の友達だから。名前はにくまんって言うんだ。ドラゴンのお肉で肉まん作ろうと思って前に出かけたときに仲良くなったんだよ。ね、ドラゴンのお肉の肉まんって、おいしいよね?」

 その言葉に純白のドラゴンが大きく口を開け――黒髪の少年を吐き出し、一瞬びくついたように身体を震わせて固まった。いくら肉まんがうまいからといえ、友達というほど仲良くなったドラゴンにその名前をつける神経を疑う。友達どころではなく、食べる気満々ではないか。そして、その無邪気な悪魔は、無邪気ゆえに自身の言動の何がおかしいのかを一切理解していない。ドラゴンですらも彼の無邪気さに恐怖を感じているではないか。

 すると、純白のドラゴンがその身を低くして、黒髪の少年の足元に這いつくばった。まるで平伏し、慈悲を請う格好だ。尻尾も巻いて巨体を縮こまらせており、彼の言葉に力があることを示している。

「な、なんなんだよ! あんた! 一体何者なんだ!?」

 金髪の少年が理解が追いつかない様子で喚き散らす。シグもそうしたい気持ちはやまやまだったが、彼が勇者だと仮定すると、一連の出来事がすべて腑に落ちた。

 『ユウシャ』という名すら聞いたことがなく、ハンター管理局本部へと向かう前に大図書館で勇者に関する資料を調べた結果、唯一無二の力を持ち、魔王を討ち滅ぼす存在として異世界より召喚されるのだと書かれていた。なかには特殊な能力で魔物を従魔にし、自身の代わりに戦わせるという記述もあった。その記録には、古代龍――長い年月をかけ、漆黒や純白の姿に変異したドラゴンの王とも呼べる存在を従えたらしい、という記録も残っていたからだ。

 それと同時にシグは、自身の主が魔王ではないのかという疑いを持った。魔王は、この世界にある七つの大陸それぞれを統べる統治者だ。人前に姿を現すときは、身バレを防ぐためにその顔を隠しているが、主の執務室にあったシルクハットと髑髏の仮面にステッキは、南東大陸を治めるチャッロプフゥホヒィアという矮人の吸血鬼そっくりだ。シグの主がただのなりきり魔王オタクである可能性は、否定できないが。

 シグは、この世界の魔王が悪だとは思っていない。いや、シグだけではない。この世界に暮らしている者たちのほとんどが、それを知っている。各大陸が正しく統治されているのは、その魔王のおかげだからだ。

 南東大陸のチャッロプフゥホヒィア、南西大陸のラ・ウルル・ウ・ララ・ウル・ルウラをはじめとした七人いや、八人の魔王。彼らは七つの大陸をそれぞれ統べているというが――余るのはなぜだろう。もしかして、誰か一人はサボっているのか?

「僕が何者かだって? そんなの、見てわかるだろ? ただの一般人だよ」

 思考を巡らせていると、黒髪の少年が自身なさげに言葉を発した。

「嘘つくんじゃねぇ! こんな一般人がいてたまるか!」

 金髪の少年の叫びに、青髪の少年と一緒になって頷く。この場の三人に、奇妙な連帯感が生まれた瞬間だった。

「あ、そうだ。にくまん、お腹すいてる? 食べる?」

 黒髪の少年がこちらを指さし、隣で伏せているドラゴンに尋ねる。三人揃ってぎょっとしていると、純白のドラゴンは頭を持ち上げ、その首を傾げた。

「あ、でも、飢餓状態のドラゴンのほうが実はおいしいらしいんだよね。お腹すいてるにくまんを肉まんにして食べたらどんな味がするかなぁ」
「……!?」

 黒髪の少年を除く、シグたち三人と純白のドラゴン、そして、少年の抱えている企鵝のぬいぐるみまでもがその目をビックリマークとハテナマークに変え、さらに身体を震わせる。

 ここに弱肉強食の生態系ピラミッドが完成してしまった。腹をすかせたドラゴンは、肉まんに加工されて黒髪の少年に食われる。食われたくないドラゴンは、腹を膨らませるためにシグたち三人を食らう。最底辺のシグら三人は、ドラゴンの餌となるしかない。最悪の構図ではないか。

「な!? や、やめろ!! 俺たちなんて食っても、うまかねぇって!!」
「そ、そうだよ! それに僕たちは食べ物じゃないから!」

 二人の少年が焦る。それに笑った黒髪の少年は、金髪の少年のそばに歩み寄り、彼に顔を寄せて何かを耳打ちしていた。

「――勇者――ない? 今――プリン――から」

 よく聞こえなかったが、今、勇者という単語を発したか?
 やはり、思ったとおり、黒髪の少年が勇者だということか。だとすると、とんでもない力を有しているというのは、まんざら脚色された内容というわけでもないらしい。

 主の命は勇者を始末してくることだが、今のシグに彼を倒せるとは思えない。だが、誰が勇者であるのかは突き止めた。それならば、この場から生き延びてこの情報を持ち帰り、勇者を倒せるだろう力のある者を彼の元へ派遣したほうがいいのではないか。

「それが駄目なら、僕と子づくりしない? そっちでもいいよ」
「はぁ!?」

 もはやカオス。一人取り残されたシグは展開についていけない。一体この少年は何を言っているのだろうか。二人が女装した少年だということに気づいていないのだろうか。

 それよりも――。一人、取り残されたシグはどうなるのか。気づくと黒髪の少年はシグのそばまで歩み寄り、首にかけていた名札をシグから取り上げ、自分の首にそれをかける。

「これ。僕のだから、返してもらうね? あ、代わりにこっちあげるよ。えーとスグキ――じゃないや、今度はシグになってる」
「……っ!?」

 八三九〇の番号札――やさぐれの語呂番号が書かれた札の下に、彼が触ったせいで字が滲んだ名前は確かに『シグ』と書かれていた。なぜ、身バレした?

 その理由もわからないまま背中を向けて歩き出す少年を見つめていると、彼は一度だけこちらを振り向き――人差し指をこちらへと突きつけた。それを見た純白のドラゴンが、彼と入れ替わるようにしてこちらへと歩を進め――シグの頭上で口を大きく開ける。

 目をこれでもかと大きく見開き、自身の終わりを知らせるドラゴンの息吹に、ここへ送り込んだ主に呪いの言葉を心の中で浴びせかける。帰還することが叶うならば、退職届を叩きつけ、主の大好物、飲む鉄トマトにこっそり超激辛ピクリンソースを混ぜてやるんだ――。そう決心しながら、シグはドラゴンに飲み込まれていった。
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