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第1話 ありのまますぎる夫婦の結婚初夜
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「初夜と呼ぶには早いが、いいだろうか」
夜の帳が落ちた頃、手間取って開けた扉の先には思いがけないひとが立っていた。
「ヴェルク様」
シュネー・グレッチャーは瑞々しい蒼玉色の瞳で、昼間に夫となったばかりの男性に見惚れてしまう。
微笑めば花々が恥じらうとは、単なる比喩だと思っていた。そう錯覚してしまいそうなひと。
シルバーブロンドの髪の一本一本はしなやかな魔法銀を細く紡いだよう。
髪のかかる褐色の額との静かなコントラストに涼しげな顔立ち。輝く意志の強い瞳は彼の秘める魔力と同じく、紅玉を思わせる色をたたえていた。
形の良い鼻も、意志の強そうな薄い唇も、顎から続く首筋から肩にかけての線も何もかもが調和してひとつの美術品のようだ。
「呼び捨てでいい。もう君の夫になったのだから」
「そんな……恐れ多いですわ」
硬質で真っすぐな声は誠実さを表していて、シュネーは名の通り、雪のように白く柔らかい頬を赤らめる。
(何度お会いしても慣れそうにないのに……こんな素敵な方が私の夫だなんて……)
つい昼間に挙げたばかりの結婚式。陽光降り注ぐ中では、まともに顔が見られなかった。式でとてつもなくぎこちなくも、微笑んで口付けをしてくれたのならなおさら。
その後の宴席でも同じようなものだ。おまけにお祝いしてくれた人の名前と顔を一致させ、失礼のないよう挨拶をするだけで精いっぱい。
こんなに近くでまじまじと見られるのは、薄暗がりで視線を追われにくいおかげだ。
一方で、丹念に香油を摺り込んだ自慢の白銀の髪から漂う花の香も、これでは彼の添え物にしかなれないと恥ずかしくなる。
「そうでした……ご用件は?」
「迎えに来た」
「? ……ありがとう、ございますわ。ですけれど……」
結婚初夜。
20歳になる新妻のために用意された自室と、初夜のために整えられた夫婦の部屋の間には扉が一枚あるだけ。
しかし、何故かヴェルクが叩いた扉は廊下へ続くものだった。
後は隣に移動するだけだと思っていたのに、わざわざそこから訪れた理由が分からず問えば、ヴェルクはやはりぎこちなく微笑んだ。
嫌がっているというより慣れていないことが分かる、そんな笑みだった。
「昨晩到着してからすぐに式で、息をつく暇もなかっただろう。少し散歩でもして、話をしようと思ったのだが」
夫の心遣いにシュネーは感謝した。
(やっぱり優しい方なんだわ)
辺境伯ヴェルク・フラム。
当代一の炎の魔術の使い手と言われるばかりでなく、領主としても安定した経営手腕の持ち主として知られている。
今まで何度か顔合わせをしているが、寡黙ながら落ち着いた、気遣いができる印象の人だ――7歳も年上なのだから、当然かもしれないが。
本当にいいのかという確認と質問をあれこれされた時だけはやけに饒舌だったので、さすがに領主だけあって慎重な人だなとも思った。慎重なのは、軽率がドレスを着て歩いている自分には頼もしいのではないか。
しかも何より「訳あり」のシュネーにも「ありのままでいい」と望んでくれた人だ。
「ではぜひ、ご一緒させてくださいませ……」
ぽうっと見とれていたシュネーは頷きかけ――しかしふいに肩のラインを視線で辿り、
「……きゃあっ!?」
小さく悲鳴をあげた。
声が抑えられたのは、曲がりなりにも伯爵令嬢としての教育の賜物だ。
目を疑って視線を上げ、もう一度下げて絶句する。
ヴェルクは――上半身に。
服を。
何故だか。
着ていない。
引き締まって魔術師とは思えない腹筋の割れた筋肉があらわになっており、その下には薄く裾の絞られたブリーチズだけを身にまとっている。
(寒そう。……いえ、初夜って、そういうものですの? でも、これから散歩ですわよね? それよりここまでこの姿で歩いてきたの?)
初めて見た男性の半裸に、疑問がぽんぽんと湧き出て頭の中を占領する。
彼女の生家、冷涼な伯爵家の領地から見て、ここヴェスト辺境伯領は王都を挟んで南西に当たる。
もしかしたら随分文化が違うのかもしれないと思ったが、領主の城は勿論馬車の上から見かけた人々にも、半裸の人はいなかった。
(いいえ、辺境伯領は国境。もしや隣国のマナーに準拠されていらっしゃる……?)
おろおろとシュネーが再び視線を上げれば、そこにはやはり戸惑うようなヴェルクの赤い目。
「何かおかしいところが……」
「……ありのままでいいとは、はだか……いえっ」
咄嗟に、飛び出した言葉に口を抑える。
どうか聞き逃してくれればいいと思ったが、ヴェルクの眉間に皺が寄った気がする。
シュネーは「創世神以下あまたの神々、故郷のお母様お父様お許しください」と心中で祈りつつ言葉を繕う。
「……私にありのままでいいと仰ったのは、『お互いさま』という意味ですの?」
「城の中では普段からこの格好で過ごしている」
疑問を挟む余地もないというような、至極当然という顔で首を傾げられて、シュネーは絶句した。
――そう、疑うべきだったのである。
早期に娘息子の政略結婚を決めようと、国内の貴族たちは王都までこぞって社交に出る。
辺境とはいえ、国防の要のひとつでもある辺境伯という国王陛下からも一目置かれる高い地位。おまけに魔術師としての実力を国内に轟かせ、更には寛容な夫が、27歳までふつうは売れ残っているはずがないのだ、と。
つまりヴェルクにはふつうのご令嬢には許容し難い欠点が――ほぼ半裸族という特徴が、あるからだったと思うのが自然だ。
「まさか伝わっていなかったのだろうか。
君のご両親には何度も確認を取った上でのことで、当然君も了解してくれているものだと思っていた」
それはそうでしょうね、とまだ硬直しながらもシュネーは内心でこくこく頷く。
同時に、あの狸夫婦めと先ほどの祈りを撤回した。そんなこと聞いていない。聞いていたら申し込みから結婚の承諾をするまで、流石に3日くらいは考えていたはずだ。実際に選択権がなくとも。
「説明が足りなかったのは済まないと思う。
ただ、こちらも毛皮の襟巻とマント5着、顔を覆う帽子や着ぐるみその他の城内での着用を認めた。顔を隠しては賊の進入を許すことになると思ったが。
その意味では確かにお互い様だろう」
咎める響きのない真面目な口調。
シュネーは良かったと安心すると同時に目の前から動かぬ裸体に、頬がかっと熱くなる。
記憶にある限り、男性の半裸を見たことはない。
「で、ですがっ。顔を合わせた時には、ふ、ふ……」
「ふ?」
「服を! お召しになっておられましたよね!? どのような基準で」
「立場上、外に行くには仕方ない。ここは城だ」
「家の範囲が広すぎますわっ……!?」
視線を逸らそうと俯けば、ヴェルクのサンダルの足元と、それから毛皮のブーツから続く自身の足が――ふわふわの白い着ぐるみが目に入った。
「君こそ、それは猫だろうか?」
「ええ、頭部は球体だと怖いからと、侍女が耳を付けてくれましたの……あ、尻尾は邪魔になるのでないのですけれど」
シュネーは着ぐるみの指先を胸元で握り締める。
そう、今夜のために侍女が磨き上げた肌も初夜の寝間着も、すっかり白い毛皮でできた着ぐるみで首まで包まれていた。
顔のところだけ少しくりぬかれている丸い帽子には猫耳が付いている。その上からマフラーで鼻の上まで覆っていた。
零れた銀色の髪は美しく良い香りを漂わせ、おとがいも見事なラインを描いているのだが、それに気付く者もいないだろう。
俯いたままのシュネーの前で、ヴェルクが静かに息を吐く。
「寒がりだと聞いてはいたが、これでは散歩どころか部屋からも出られそうもない」
「……申し訳ありません」
「謝ることはないが、今夜は冷えそうだからな。それから……脱がせられそうもない」
突然の言葉に耳を疑ったシュネーが顔を上げれば、美貌が心底困ったように首を傾げているので、彼女は何故か同情したい気分になりつつ変なことを言った。
「旦那様こそ脱ぐ余地がありませんわ」
シュネーの背後では、初夏には季節外れの炎が暖炉で赤々と燃え盛っている。
……そういえば、ヴェルクは少々暑がりだとご両親から聞いていたなと思い出す。
――そう、これは政略結婚。
それも家同士の因縁や駆け引きなどではなく、互いの家から引き継いでしまった厄介な体質を――お互いの強大な魔力を中和する目的で婚姻が結ばれたことを、彼女は忘れかけていたのだ。
ヴェルクは深く頷くと、
「そうだな、見知らぬ土地に嫁いできたのだ。無理せず、徐々に慣れるといい。大層緊張しているのだろう? 今日はゆっくり休んだ方がいい」
「で、ですが、それでは妻の務めが――」
咄嗟に言い返すシュネーだったが、廊下からの寒気で、着ぐるみと絹の手袋で覆われた指先が冷えていくのを感じていた。
「顔も赤い、末端が冷えているのだろう」
「ち、ちがいま――」
直視できないのはそんな男性の裸などに馴れていないせいだと、言い返そうとして。
「……くしゅん」
タイミングの悪いくしゃみにしまったと思ったが後の祭りで、ヴェルクは優しく微笑んだ――ひどくいたたまれない。
「これからずっとこの城にいるのだから機会などいくらでもある。気にしないで欲しい」
「でもお義母様が」
「あの人の機嫌を常時取っておく必要などない。何かあれば守るから」
気にしないなんて無理ですわ、と言おうとしてシュネーがもう一度くしゃみをすると、ヴェルクの手が伸びて来てそっと肩の上に触れた。
「それではまた明日。良い夢を」
そしてそのままぱたん、と扉は閉まり――辺境伯夫人となったシュネーの初夜は、盛大な失敗に終わった。
夜の帳が落ちた頃、手間取って開けた扉の先には思いがけないひとが立っていた。
「ヴェルク様」
シュネー・グレッチャーは瑞々しい蒼玉色の瞳で、昼間に夫となったばかりの男性に見惚れてしまう。
微笑めば花々が恥じらうとは、単なる比喩だと思っていた。そう錯覚してしまいそうなひと。
シルバーブロンドの髪の一本一本はしなやかな魔法銀を細く紡いだよう。
髪のかかる褐色の額との静かなコントラストに涼しげな顔立ち。輝く意志の強い瞳は彼の秘める魔力と同じく、紅玉を思わせる色をたたえていた。
形の良い鼻も、意志の強そうな薄い唇も、顎から続く首筋から肩にかけての線も何もかもが調和してひとつの美術品のようだ。
「呼び捨てでいい。もう君の夫になったのだから」
「そんな……恐れ多いですわ」
硬質で真っすぐな声は誠実さを表していて、シュネーは名の通り、雪のように白く柔らかい頬を赤らめる。
(何度お会いしても慣れそうにないのに……こんな素敵な方が私の夫だなんて……)
つい昼間に挙げたばかりの結婚式。陽光降り注ぐ中では、まともに顔が見られなかった。式でとてつもなくぎこちなくも、微笑んで口付けをしてくれたのならなおさら。
その後の宴席でも同じようなものだ。おまけにお祝いしてくれた人の名前と顔を一致させ、失礼のないよう挨拶をするだけで精いっぱい。
こんなに近くでまじまじと見られるのは、薄暗がりで視線を追われにくいおかげだ。
一方で、丹念に香油を摺り込んだ自慢の白銀の髪から漂う花の香も、これでは彼の添え物にしかなれないと恥ずかしくなる。
「そうでした……ご用件は?」
「迎えに来た」
「? ……ありがとう、ございますわ。ですけれど……」
結婚初夜。
20歳になる新妻のために用意された自室と、初夜のために整えられた夫婦の部屋の間には扉が一枚あるだけ。
しかし、何故かヴェルクが叩いた扉は廊下へ続くものだった。
後は隣に移動するだけだと思っていたのに、わざわざそこから訪れた理由が分からず問えば、ヴェルクはやはりぎこちなく微笑んだ。
嫌がっているというより慣れていないことが分かる、そんな笑みだった。
「昨晩到着してからすぐに式で、息をつく暇もなかっただろう。少し散歩でもして、話をしようと思ったのだが」
夫の心遣いにシュネーは感謝した。
(やっぱり優しい方なんだわ)
辺境伯ヴェルク・フラム。
当代一の炎の魔術の使い手と言われるばかりでなく、領主としても安定した経営手腕の持ち主として知られている。
今まで何度か顔合わせをしているが、寡黙ながら落ち着いた、気遣いができる印象の人だ――7歳も年上なのだから、当然かもしれないが。
本当にいいのかという確認と質問をあれこれされた時だけはやけに饒舌だったので、さすがに領主だけあって慎重な人だなとも思った。慎重なのは、軽率がドレスを着て歩いている自分には頼もしいのではないか。
しかも何より「訳あり」のシュネーにも「ありのままでいい」と望んでくれた人だ。
「ではぜひ、ご一緒させてくださいませ……」
ぽうっと見とれていたシュネーは頷きかけ――しかしふいに肩のラインを視線で辿り、
「……きゃあっ!?」
小さく悲鳴をあげた。
声が抑えられたのは、曲がりなりにも伯爵令嬢としての教育の賜物だ。
目を疑って視線を上げ、もう一度下げて絶句する。
ヴェルクは――上半身に。
服を。
何故だか。
着ていない。
引き締まって魔術師とは思えない腹筋の割れた筋肉があらわになっており、その下には薄く裾の絞られたブリーチズだけを身にまとっている。
(寒そう。……いえ、初夜って、そういうものですの? でも、これから散歩ですわよね? それよりここまでこの姿で歩いてきたの?)
初めて見た男性の半裸に、疑問がぽんぽんと湧き出て頭の中を占領する。
彼女の生家、冷涼な伯爵家の領地から見て、ここヴェスト辺境伯領は王都を挟んで南西に当たる。
もしかしたら随分文化が違うのかもしれないと思ったが、領主の城は勿論馬車の上から見かけた人々にも、半裸の人はいなかった。
(いいえ、辺境伯領は国境。もしや隣国のマナーに準拠されていらっしゃる……?)
おろおろとシュネーが再び視線を上げれば、そこにはやはり戸惑うようなヴェルクの赤い目。
「何かおかしいところが……」
「……ありのままでいいとは、はだか……いえっ」
咄嗟に、飛び出した言葉に口を抑える。
どうか聞き逃してくれればいいと思ったが、ヴェルクの眉間に皺が寄った気がする。
シュネーは「創世神以下あまたの神々、故郷のお母様お父様お許しください」と心中で祈りつつ言葉を繕う。
「……私にありのままでいいと仰ったのは、『お互いさま』という意味ですの?」
「城の中では普段からこの格好で過ごしている」
疑問を挟む余地もないというような、至極当然という顔で首を傾げられて、シュネーは絶句した。
――そう、疑うべきだったのである。
早期に娘息子の政略結婚を決めようと、国内の貴族たちは王都までこぞって社交に出る。
辺境とはいえ、国防の要のひとつでもある辺境伯という国王陛下からも一目置かれる高い地位。おまけに魔術師としての実力を国内に轟かせ、更には寛容な夫が、27歳までふつうは売れ残っているはずがないのだ、と。
つまりヴェルクにはふつうのご令嬢には許容し難い欠点が――ほぼ半裸族という特徴が、あるからだったと思うのが自然だ。
「まさか伝わっていなかったのだろうか。
君のご両親には何度も確認を取った上でのことで、当然君も了解してくれているものだと思っていた」
それはそうでしょうね、とまだ硬直しながらもシュネーは内心でこくこく頷く。
同時に、あの狸夫婦めと先ほどの祈りを撤回した。そんなこと聞いていない。聞いていたら申し込みから結婚の承諾をするまで、流石に3日くらいは考えていたはずだ。実際に選択権がなくとも。
「説明が足りなかったのは済まないと思う。
ただ、こちらも毛皮の襟巻とマント5着、顔を覆う帽子や着ぐるみその他の城内での着用を認めた。顔を隠しては賊の進入を許すことになると思ったが。
その意味では確かにお互い様だろう」
咎める響きのない真面目な口調。
シュネーは良かったと安心すると同時に目の前から動かぬ裸体に、頬がかっと熱くなる。
記憶にある限り、男性の半裸を見たことはない。
「で、ですがっ。顔を合わせた時には、ふ、ふ……」
「ふ?」
「服を! お召しになっておられましたよね!? どのような基準で」
「立場上、外に行くには仕方ない。ここは城だ」
「家の範囲が広すぎますわっ……!?」
視線を逸らそうと俯けば、ヴェルクのサンダルの足元と、それから毛皮のブーツから続く自身の足が――ふわふわの白い着ぐるみが目に入った。
「君こそ、それは猫だろうか?」
「ええ、頭部は球体だと怖いからと、侍女が耳を付けてくれましたの……あ、尻尾は邪魔になるのでないのですけれど」
シュネーは着ぐるみの指先を胸元で握り締める。
そう、今夜のために侍女が磨き上げた肌も初夜の寝間着も、すっかり白い毛皮でできた着ぐるみで首まで包まれていた。
顔のところだけ少しくりぬかれている丸い帽子には猫耳が付いている。その上からマフラーで鼻の上まで覆っていた。
零れた銀色の髪は美しく良い香りを漂わせ、おとがいも見事なラインを描いているのだが、それに気付く者もいないだろう。
俯いたままのシュネーの前で、ヴェルクが静かに息を吐く。
「寒がりだと聞いてはいたが、これでは散歩どころか部屋からも出られそうもない」
「……申し訳ありません」
「謝ることはないが、今夜は冷えそうだからな。それから……脱がせられそうもない」
突然の言葉に耳を疑ったシュネーが顔を上げれば、美貌が心底困ったように首を傾げているので、彼女は何故か同情したい気分になりつつ変なことを言った。
「旦那様こそ脱ぐ余地がありませんわ」
シュネーの背後では、初夏には季節外れの炎が暖炉で赤々と燃え盛っている。
……そういえば、ヴェルクは少々暑がりだとご両親から聞いていたなと思い出す。
――そう、これは政略結婚。
それも家同士の因縁や駆け引きなどではなく、互いの家から引き継いでしまった厄介な体質を――お互いの強大な魔力を中和する目的で婚姻が結ばれたことを、彼女は忘れかけていたのだ。
ヴェルクは深く頷くと、
「そうだな、見知らぬ土地に嫁いできたのだ。無理せず、徐々に慣れるといい。大層緊張しているのだろう? 今日はゆっくり休んだ方がいい」
「で、ですが、それでは妻の務めが――」
咄嗟に言い返すシュネーだったが、廊下からの寒気で、着ぐるみと絹の手袋で覆われた指先が冷えていくのを感じていた。
「顔も赤い、末端が冷えているのだろう」
「ち、ちがいま――」
直視できないのはそんな男性の裸などに馴れていないせいだと、言い返そうとして。
「……くしゅん」
タイミングの悪いくしゃみにしまったと思ったが後の祭りで、ヴェルクは優しく微笑んだ――ひどくいたたまれない。
「これからずっとこの城にいるのだから機会などいくらでもある。気にしないで欲しい」
「でもお義母様が」
「あの人の機嫌を常時取っておく必要などない。何かあれば守るから」
気にしないなんて無理ですわ、と言おうとしてシュネーがもう一度くしゃみをすると、ヴェルクの手が伸びて来てそっと肩の上に触れた。
「それではまた明日。良い夢を」
そしてそのままぱたん、と扉は閉まり――辺境伯夫人となったシュネーの初夜は、盛大な失敗に終わった。
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