堅物侯爵令息から言い渡された婚約破棄を、「では婚約破棄会場で」と受けて立った結果

有沢楓花

文字の大きさ
3 / 6

婚約破棄裁判の開始

しおりを挟む
 一週間後の夕方、婚約破棄会場の外に使用中の札がこっそりとかけられた。
 傍聴席にはカインとその婚約者のふたりだけ。校舎の端にあるため通りがかりに見に来る生徒は他にいなかった――誰も口外しなかったから。人目を集めたい場合には、たいてい本人が宣伝するのだ。

「いやあ、今になって婚約破棄を言い出すと思わなかったよ、テレンス?」

 オリアーナは最奥のまるで裁判官席のような教卓の向こうから、教室中央に立つテレンスに声をかける。命令を待つ騎士のような風情、こんな場所でも絵になる。
 テレンスから1メートルは距離を置いてミルドレッドも立っていたが、彼女は平凡過ぎて距離も遠すぎて、他人にしか見えないなと冷静に考えた。

「……」
「返事は、テレンス?」 

 ミルドレッドは、きっとオリアーナの揶揄では表情を変えないだろうと思っていたが、彼は意外にも柳眉をひそめた。

「もう互いに子供ではない。妻となる人以外にその名で呼ばれたくはない」
「だってさ、ミーちゃん」
「その名で彼女を呼ぶな。……全ての生徒は紳士淑女として扱うべきだ、と校則にある」

 彼の言い分では婚約者も単なる女生徒のひとりの扱いだ。淑女らしい扱いをしてもらったかはなはだ疑問だけど――とミルドレッドは思った。が、一理ある。

「確かに立会人が馴れ馴れしいのは、風紀委員会への信用を損ないます」
「先輩、立会人が煽らないでください」

 ミルドレッドと、傍聴席のカインから指摘が飛ぶと、オリアーナは「ついつい、ごめんね」と笑う。
 
「……じゃあ、二人とも席について」

 オリアーナの言葉で二人は背を向け合って反対方向に動く。
 立っていた中央のスペースを挟んで両側に長机が用意されており、二人はそれを回り込んで向かい合った。
 テレンスの方は学院の制服をピシッと着こなし、騎士見習いらしい無駄のない動きには威厳がある。
 が、ミルドレッドも今日は負けていない。手に、気合を入れるための扇を持っている。少々重いのは、風紀委員会用の骨が鉄でできた特別製だからだ。それを開くと口元を隠した。

「……双方、名乗って」
「テレンス・エインズワース、高等部二年」
「高等部二年のミルドレッド・ファラーと申します。風紀員会で副委員長をしております」

 双方を一瞥してから、オリアーナはテレンスを見た。

「婚約破棄を申し出たのはテレンス・エインズワースさんで間違いないね」
「……ああ」
「ああ、でなくはい、と言ってもらおうかな、エインズワースさん」
「……はい」
「うん、いいね。……まずは婚約破棄をした理由を書類に記載することになっている。聞かせて欲しい」
「婚約破棄したいからだ」

 無表情の即答。ミルドレッドも、傍聴席のカインとその可愛らしい婚約者も秒で無表情になる。
 そしてオリアーナも、即無表情で言葉を返した。

「理由になってないなあ」
「婚約破棄が目的だ」
「知ってると思うけど……婚約は契約、責任が発生するからね? 一方的な要求なら慰謝料も。相手や両家に迷惑かけてまで婚約破棄したいほどの理由が、普通はあるもんなんだよ」
「分かっている……ます」

 テレンスは無表情のまま言い直す。が、

「そこまでして破棄したいとは、不本意な婚約だったということですね」

 ミルドレッドが聞けば、決意を込めて深く頷いた。

「……その通りだ」
「分かりました。では婚約破棄の際に求める条件があれば紙に書いて提示してください。まずそれから検討します」
「話し合いは」
「まどろっこしい言葉のやり取りは不要です。今更何を期待しろと。あくまで私は第三者を通して風紀を守るために受け入れただけです」

 婚約者の体裁を取り繕う必要のなくなったミルドレッドが言い放てば、何故かテレンスは慌てたように口ごもった。

「い……いや、今日わたしが来たのは、第三者を挟んだ上で話し合いをするつもりだからだ」
「ここは条件を整理する場所です」
「君がここを希望したので同意したまでだ。……その、もっと話し合いを」

 まるで彼女が早とちりしたみたいな言い方をする――とミルドレッドは眉をひそめた。テレンスにとっては実際そうなのかもしれないが、そもそも話し合いなどしてこなかったのだから責められるのはお門違いだ。

「あら、エインズワース様ってお話しできるんですね」
「む。……それは、口が付いているからな」
「あまりにお話しなさらないので」
「口の筋肉は確かに衰えがちだが、鍛錬の時は掛け声も出す。……こういった場では仕事と思えば君にも話すことができる」
「仕事」

 ミルドレッドは言い直して、にっこり笑った。
 ついさっき向き合うまではすり減った感情を無にできる、と思っていたが、だんだん腹が立ってきた。

「そんなにお嫌でしたか、気付かず済みません――と言いたいところですが、でしたらもっと早く仰ってくださればいいのに」
「早く、とは。……婚約破棄すれば良いということに思い至ったのは今年に入ってからだ。……君こそ先ほどから雰囲気が違う」

 あのねえ、とオリアーナが口を挟んだ。

「ミルドレッド――こほん、ファラーさんが婚約者に放置されて退屈だろうと、風紀委員会に誘ったのは私だよ。生徒間で何かあったときにきっぱり言えない子なら誘わない」

 口元を扇で隠しながら立つミルドレッドとは逆に、テレンスは長机に手を置いて何かためらうようだった。

「……そうか」
「それで……今年に入って何があったの? 他の人が婚約破棄をしているから? 小説にでも影響された?」
「多いから目立たないだろうという気持ちは多少あったが、それは関係ない」
「婚約者が嫌いになる何かがあった?」

 テレンスはきっぱりと首を振ってから傍聴席のカインに目を向けた。

「ありません。ただ、そこの後輩とはずいぶん親しげに話したのを見たのが、大きなきっかけではありましたが――」
「――異議があります!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

夫に君も愛人を作ればいいと言われましたので

麻麻(あさあさ)
恋愛
「君も愛人を作ればいい」と夫に言われたので売り言葉に買い言葉で出会った愛人候補は自分が魔法使い伯爵と言いました。 全15話。プロローグから4話まで一挙公開。 翌日からは20時に2話ずつ公開。11日は最終話まで3話一挙公開。 登場人物 マーリン・ダグラス 結婚2年目にして夫の不倫を問い詰めたら黒だった令嬢。母に聞かされた結婚は夫となる人を大事にという言葉を守ってるが夫のギルバートにブチギレてこの度愛人を探すと決める。 デミトリアス・ドラモンドまたはアロン マーリンが仮面舞踏会で知り合った自称魔法使い伯爵。次の日にマーリン好みの執事アロンに姿を変えて彼女の屋敷に来る。 ギルバート・ダグラス マーリンの夫で伯爵。ギルと呼ばれている。愛人を作れば発言をした。 シェリー・モーヴ ギルバートの愛人 エミリー マーリンの親友で既婚者。 ララとリリー マーリンの屋敷のメイド達。

元婚約者に冷たく捨てられた令嬢、辺境で出会った無愛想な騎士に溺愛される ~今さら戻ってこないでください~

usako
恋愛
婚約者に「平民の娘と結婚する」と一方的に婚約破棄された名門令嬢レティシア。 心が傷ついた彼女はすべてを捨て、辺境の小領地へと旅立つ。 そこで出会ったのは、無口で不器用だが誰よりも誠実な騎士・エドガー。 彼の優しさに癒され、次第に芽生える信頼と恋心。 けれど元婚約者が後悔とともに彼女を探しに来て――「もう遅い」と彼女は微笑む。 ざまぁと溺愛の王道を詰め込んだ、胸キュン辺境ラブストーリー。

『平民を人間扱いしない公爵令息、あなたも平民です! ~系譜検察官の目は欺けません~

鷹 綾
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令息アドリアン・ジオニックは、平民の少女を連れて現れ、堂々と言い放った。 「身分など関係ない。彼女こそ、私の真実の愛だ」 だがその一方で、彼は平民や下級貴族を露骨に見下し、使用人を人間扱いすらしない傲慢な人物だった。 そんな彼の振る舞いに違和感を抱いたのは、王宮図書室に通う地味な令嬢アウレリア。 古文書や家系記録を研究する彼女の正体は、王国の貴族制度を守るために存在する一族――系譜検察官の家系の娘だった。 「公爵家にしては……家系が妙です」 調査を進めるアウレリアは、やがて驚くべき事実に辿り着く。 ――その公爵家の家系図は、偽造されたものだった。 王宮舞踏会での公開の場。 提出された調査報告書により、王命が下る。 爵位剥奪。 財産没収。 そして貴族身分の完全剥奪。 貴族を名乗り、平民を見下していた男に突きつけられる残酷な真実。 「私は貴族だ!」 叫ぶ元公爵令息に、アウレリアは静かに告げる。 「いいえ。あなたは――ただの平民です」 平民を人間扱いしなかった男が、自らも平民だったと知るとき。 王国史に残る、最も皮肉なざまぁ事件が幕を開ける。

語彙が少ない副団長の溺愛 〜婚約者なのにずっと現場モードです〜

春月もも
恋愛
私の婚約者は、近衛騎士団の副団長。 「下がれ」 「危険だ」 「俺の後ろ」 語彙は主にこの三つ。 街を歩けば警戒。 菓子を選んでも警戒。 なぜか婚約者にも警戒。 どうやら副団長様は、 恋愛でも現場感が抜けないらしい。 語彙が少ない騎士様と、 少しずつ距離が近づいていく婚約生活。 不器用すぎる副団長の、 過保護で静かな溺愛物語。

もう、戻りません。〜「君は強いから」と私を捨てた貴方。ええ、私は強いので貴方は不要です〜

しょくぱん
恋愛
聖王国の至宝と呼ばれた聖騎士エルザは、魔王討伐後、恋人の第一王子から「君は強すぎる。守る甲斐のない女は不要だ」と婚約破棄を宣告される。さらに騎士団からも追放された彼女だが、実はその「強さ」こそが世界の崩壊を食い止めていた。自由を得たエルザが辺境でのんびり無双する傍ら、彼女を捨てた王国は未曾有の危機に直面していく。

捨てられ令嬢は微笑む ——婚約破棄ののち、氷の王太子に独占されるまで——

usako
恋愛
名門侯爵家の令嬢リディアは、婚約者である王太子レオンから突然の婚約破棄を告げられる。理由は「平凡で退屈だから」。 傷心のリディアは領地に引きこもり、静かに暮らすつもりだった。しかし、冷徹と評判の第二王子エリアスが突然現れ、「俺がおまえをもらう」と告げる。 心を閉ざした令嬢と、他人に興味を示さなかった王子――二人の絆が深まるほど、氷の王国に亀裂が走る。 そして、あの婚約破棄の裏に潜む陰謀が暴かれるとき、かつての恋人たちの立場は逆転する。 「退屈? 本当にそう思うなら、見ていればいい」 ──捨てられた令嬢が、王国一の寵愛を手にするまでの物語。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

処理中です...