とある王国の執事ですが男装しているのがバレ、好色侯爵からアプローチされました?!

曼珠沙華

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一章

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丁度建物の陰になっていたせいで見えなかった男の容姿。

ふと、男がくつくつと笑いながら一歩、また一歩と近づいてくる。


「…っ!」


陰から姿を現した男に、執事は驚愕する。

桃色の切れ長の瞳。
首元まで伸びたまっすぐな黒髪。

頭には山高帽。
首元には口元まで巻いてある紫色のストール、それが足元までなびいている。


「…ジール・ダルク…!」


「博識だな。」


感心したかのように目の前の男、ジール・ダルクはうんうんと頷いた。


ダルク一族はとある王国の貴族だ。
それもモンスターたちの王国、いや、大帝国といっても過言ではないほど勢力の強い国。

彼らの王国は『夜ノ眷属』によって統治されている。

そしてその『夜ノ眷属』こそ、ダルク一族だ。


『夜ノ眷属』は夜の闇のような黒髪と、桃色の瞳が特徴のモンスター。
瞬間移動という固有能力を持ち、殺傷力が異常に強く背の高い個体が多い。

もともと自身の王国から出て来ることは無いはずだが…。


「あぁ、ここの貴族はよいメイドを贈ってくれるところだったのだが…」

ケラケラとせせら笑いながら、ジール・ダルクは執事を見据えた。

執事はどうにかこの場から剣と共に抜け出したかった。
しかし、執事は『夜ノ眷属』に出会ったことが無かった。
彼らは何に弱く、どんな討伐法なのかも執事には分からなかった。

それは、彼らが人に知られず生きていた故だ。



「だったら…、その仇として俺を殺せばいいじゃねぇか。」


冷や汗が頬をつたう。

被り物があったからこそ、そんな彼の表情は男には見えない。



「ククッ…、安心しろ。吾輩はお前を殺そうなどとは思っていない。」



ゴクリ…、執事の喉が小さく鳴る。

桃色の眼光が、執事を突き刺す。
品定めするかのように。



ふと、ジール・ダルクが一歩踏み出したと同時に、執事は一か八か男へと突っ込んだ。

手にはスペアとして懐に仕舞い込んでいた短剣。



確実な一撃だった。

ほんの僅か数秒で男の首元に届くはずだった短剣は空を切る。


そして、呆気にとられる暇もなく、執事の首元には輝くダイヤの剣。



「それで…だ。ここからどう動く?」



わざとらしく挑発の言葉を吐くジール・ダルク。

下手に動くと首が危うい。そんな状態で執事が動けるはずがないと分かっているのに。


執事は屈辱に震えるまま、両手を上げた。
短剣は足元に落とし、遠くへと蹴り飛ばす。



そんな執事の様子に男はますます笑みを深めた。


「さて、どうしてやろうか?お前の噂は裏界隈では有名だ。」


全く反応を示さない執事。
しかし、男は続ける。


「どうだ?吾輩の頼みを聞いてくれさせえすれば、お前の剣を返してやろう。」


執事の耳元でそう囁く。
まるで悪魔のように冷たく、甘美な響きだ。


「…お前の言葉を信じろと?」


鼻で笑いながら、執事はそう吐き捨てた。

執事にとってジール・ダルクという男は未知数であり、かつ標的暗殺対象に等しい人物だ。
だからこそ「はい、そうですか。」と簡単には頷けない。
たとえ、自分の命を犠牲にしようとも。


「信用など、今は関係ないということにお前は気付いているであろう?」


執事は押し黙った。

図星だったからだ。


抵抗のできない今、この男に従うしかないのだから。

今、自分が死ねば剣は王国から消え去り、王や大臣に自分が背負っている物、全てを丸投げすることになる。
それだけは避けたかった。

国や王、大臣の為。

そして自分が今まで積み上げてきたものを崩すわけにはいかない。



「…言ってみろ。」



覚悟は固まった。

どんな屈辱や苦痛だろうが耐えて見せよう。








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